表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
193/202

第136話 「二度はございません」女官長は眼鏡を光らせた

「よもや斯様な場所で若にお会い出来ようとは!」


 俺の前に膝をつく三十過ぎの武士。


 少し疲れの色が見えるが、安心したのか顔が綻んでおる。


 すると、その横で膝をつく四十半ばの武士も安堵した顔で応じた。


「神仏の御加護に相違ござりません。我ら、もはや三野へ戻ること叶わずと覚悟を決めておりました故……」


「大儀であったな? 右近(うこん)安宅(あたぎ)


 三十過ぎの武士は佐藤(さとう)右近左衛門(うこんざえもん)忠保(ただやす)


 佐藤の爺の息子で、母上の弟――つまりは俺の叔父に当たる。


 もう一人、四十半ばの武士は安宅(あたぎ)淡路守(あわじのかみ)由康(よしやす)


 近習の安宅(あたぎ)甚太郎(じんたろう)の父親だ。


 二人には次なる唐入(からい)りに向け、ある役目を与えて瀬戸内へ遣わしていたのだが――――、


「こりゃサイトー!」


「皇女殿下? 何でござりましょうか?」


「この者らは主の家臣で間違いなんじゃな?」


「間違いござりません」


「ならば再会を喜ぶ前に、妾に言うべきことがあるのではないか?」


「言うべきこと……にござりますか?」


 殊更にわざとらしく首を傾げてみせる。


 皇女の後ろでミナが「やることをさっさとやってしまえ!」と言いたげに口をパクパク動かしている。


 クリスとハンナは関わり合いになりたくないのかソッポを向き、ヘスラッハ殿ら御側付き騎士は怒りをにじませた顔。


 ミュンスター殿は……皇女が怒り狂っているのも関わらず、特に何を申すでもなく、眼鏡の位置を直しただけだった。


 この御仁は相変わらず内心を察することが出来ぬが……。


 まあ、他の者の様子を見るに、『言うべき事』の見当はつく。


「なるほど……よく分かり申した」


「そうか。ならば早うせい」


「然らば申し上げます。皇女殿下」


「うむ」


「見知らぬ土地へ不用意に動き回ってはなりませぬ。賊と間違われても知りませぬぞ?」


「うおい! 待たんかい!」


 歯ぎしりして地団駄を踏む皇女。


「そうじゃなかろう! 『いきなり撃ってすみませんでした』じゃろうが!?」


「これは異な事をおっしゃる。手前は危険だとお止めしたはず」


「止めたら撃ってよいっちゅう道理にはならんのじゃ!」


「相手が帝国の民であれば左様な道理も通りましょう。されど此度の相手は異界の者にござるぞ? 如何に貴き御方であろうと、知らねばただの怪しげな童女に過ぎませぬ」


「あ……怪しげな童女じゃと!?」


「左様にござります。ならば尋ねてみると致しましょうぞ」


 右近と安宅の後ろに控える五十ばかりの男に目を向けた。


 髭面で肌はよく日焼けし、筋骨隆々の体をしている。


 格好こそ武士のいでたちをしておるが、人相は賊の親玉と申す他ない。


「その方、名は何と申すか?」


「はっ! 河野(こうの)左京亮(さきょうのすけ)通永(みちなが)にござります!」


 見た目通り、低くドスの利いた声で答えた。


「此度は斎藤の若殿様にお目通りかない、恐悦至極に存じ奉りまする!」


「うむ、苦しゅうない。それでだ。鉄炮を放ったは誰か?」


「我が手の者にござります! そこな娘があまりにもけばけばしく怪しげな風体であった故――」


「――誰がけばけばしく怪し気なんじゃ!?」


「皇女殿下……話の腰を折らんで下され」


「折りたくもなるわ! 妾はナチュラルな薄化粧しかしとらんのじゃ!」


「苦情は後程……。河野、続けい」


「はっ! あまりに尋常ならざる風体を怪んだのでござります! 伴天連(バテレン)共が太閤殿下に楯突き、日本を侵さんとしておるとの風聞もござりました! 故に我が領内へ入らせぬよう、警告のために鉄炮を放った由にござります!」


「警告? ならば当てる気はなく、わざと外したと申すのだな? 左様な芸当が出来るのか?」


「この程度の間合いならば造作もござりません!」


「皇女殿下、と言うことにござります。殿下が不用意に進まねば、斯様な次第とはなりませなんだ」


「わ、妾が悪い……じゃと!?」


「我が国には良き言葉がござりましてな? 郷に入りては郷に従え、と申すのでござります。我らも異界では異界の習に従いまするが、皇女殿下も我らの土地にお越しになられたからには、我らの(ならい)に従っていただかなくてはなりませぬ」


「む……むむむ…………」


「そこまで、でございます。姫様、矛をお納めください」


「ヘレン!? な、何を言うのじゃ!?」


 皇女はもとより、ヘスラッハ卿らも声を上げる。


 だが、ミュンスター殿は眼鏡を光らせ、冷たい視線の一睨みして黙らせてしまった。


「サイトー卿のご意見はもっともです。ここは我が帝国でありながら帝国ではない土地。即ち異世界の土地でございます。帝国の法や常識が当然に通用すると考えるべきではありません。そのような考えは油断というものです」


 淡々と申し述べるミュンスター殿。


 皇女もヘスラッハ殿らも唇を噛んで黙ってしまった。


「幸い姫様には傷一つございません。今回ばかりは不幸な行き違いということで、矛を納めるべきと愚考いたします」


「さすがはミュンスター殿。道理を分かっておられる」


「褒めても何も出ません。ところでサイトー卿?」


「何か?」


「二度はございません。よろしいですね?」


「……相分かった。肝に銘じるとしよう……」


 皇女を諫め、そしてこちらに釘を刺すことも忘れておらぬ。


 まったく以って手強き女子よ…………。


 小さく息を吐き、河野に向き直った。


「此度はお咎めなしだ。だが次はない。後程我が家中から異界の習に慣れた者を遣わす故、家中百姓に漏れなく知らしめよ」


「ははっ!」


「さて……。河野がここにこうして礼を取り、別々の場所へ遣わした右近と安宅が顔を揃えておる。問わずとも答えが知れたようなものではあるが、やはりしっかと確かめておかねばなるまい。首尾は如何であった?」


 俺が問うと、右近と安宅は頷き合った後、答えた。


「四国にて仕官を望む海賊衆を引き入れてござります!」


「紀伊と淡路からも仕官を望む者がおりまする!」


 斎藤家海賊衆が誕生した瞬間であった。

読者のみなさまへ


 今回はお読みいただきありがとうございます! 


「面白かった」

「続きが気になる」


と思われた方は、よろしければ、広告の下にある『☆☆☆☆☆』の評価、『ブックマーク』への登録で作品への応援をよろしくお願いします!


 執筆の励みになりますし、なにより嬉しいです!

 連載は続きます。

 またお越しを心よりお待ち申し上げております!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ