第136話 「二度はございません」女官長は眼鏡を光らせた
「よもや斯様な場所で若にお会い出来ようとは!」
俺の前に膝をつく三十過ぎの武士。
少し疲れの色が見えるが、安心したのか顔が綻んでおる。
すると、その横で膝をつく四十半ばの武士も安堵した顔で応じた。
「神仏の御加護に相違ござりません。我ら、もはや三野へ戻ること叶わずと覚悟を決めておりました故……」
「大儀であったな? 右近、安宅」
三十過ぎの武士は佐藤右近左衛門忠保。
佐藤の爺の息子で、母上の弟――つまりは俺の叔父に当たる。
もう一人、四十半ばの武士は安宅淡路守由康。
近習の安宅甚太郎の父親だ。
二人には次なる唐入りに向け、ある役目を与えて瀬戸内へ遣わしていたのだが――――、
「こりゃサイトー!」
「皇女殿下? 何でござりましょうか?」
「この者らは主の家臣で間違いなんじゃな?」
「間違いござりません」
「ならば再会を喜ぶ前に、妾に言うべきことがあるのではないか?」
「言うべきこと……にござりますか?」
殊更にわざとらしく首を傾げてみせる。
皇女の後ろでミナが「やることをさっさとやってしまえ!」と言いたげに口をパクパク動かしている。
クリスとハンナは関わり合いになりたくないのかソッポを向き、ヘスラッハ殿ら御側付き騎士は怒りをにじませた顔。
ミュンスター殿は……皇女が怒り狂っているのも関わらず、特に何を申すでもなく、眼鏡の位置を直しただけだった。
この御仁は相変わらず内心を察することが出来ぬが……。
まあ、他の者の様子を見るに、『言うべき事』の見当はつく。
「なるほど……よく分かり申した」
「そうか。ならば早うせい」
「然らば申し上げます。皇女殿下」
「うむ」
「見知らぬ土地へ不用意に動き回ってはなりませぬ。賊と間違われても知りませぬぞ?」
「うおい! 待たんかい!」
歯ぎしりして地団駄を踏む皇女。
「そうじゃなかろう! 『いきなり撃ってすみませんでした』じゃろうが!?」
「これは異な事をおっしゃる。手前は危険だとお止めしたはず」
「止めたら撃ってよいっちゅう道理にはならんのじゃ!」
「相手が帝国の民であれば左様な道理も通りましょう。されど此度の相手は異界の者にござるぞ? 如何に貴き御方であろうと、知らねばただの怪しげな童女に過ぎませぬ」
「あ……怪しげな童女じゃと!?」
「左様にござります。ならば尋ねてみると致しましょうぞ」
右近と安宅の後ろに控える五十ばかりの男に目を向けた。
髭面で肌はよく日焼けし、筋骨隆々の体をしている。
格好こそ武士のいでたちをしておるが、人相は賊の親玉と申す他ない。
「その方、名は何と申すか?」
「はっ! 河野左京亮通永にござります!」
見た目通り、低くドスの利いた声で答えた。
「此度は斎藤の若殿様にお目通りかない、恐悦至極に存じ奉りまする!」
「うむ、苦しゅうない。それでだ。鉄炮を放ったは誰か?」
「我が手の者にござります! そこな娘があまりにもけばけばしく怪しげな風体であった故――」
「――誰がけばけばしく怪し気なんじゃ!?」
「皇女殿下……話の腰を折らんで下され」
「折りたくもなるわ! 妾はナチュラルな薄化粧しかしとらんのじゃ!」
「苦情は後程……。河野、続けい」
「はっ! あまりに尋常ならざる風体を怪んだのでござります! 伴天連共が太閤殿下に楯突き、日本を侵さんとしておるとの風聞もござりました! 故に我が領内へ入らせぬよう、警告のために鉄炮を放った由にござります!」
「警告? ならば当てる気はなく、わざと外したと申すのだな? 左様な芸当が出来るのか?」
「この程度の間合いならば造作もござりません!」
「皇女殿下、と言うことにござります。殿下が不用意に進まねば、斯様な次第とはなりませなんだ」
「わ、妾が悪い……じゃと!?」
「我が国には良き言葉がござりましてな? 郷に入りては郷に従え、と申すのでござります。我らも異界では異界の習に従いまするが、皇女殿下も我らの土地にお越しになられたからには、我らの習に従っていただかなくてはなりませぬ」
「む……むむむ…………」
「そこまで、でございます。姫様、矛をお納めください」
「ヘレン!? な、何を言うのじゃ!?」
皇女はもとより、ヘスラッハ卿らも声を上げる。
だが、ミュンスター殿は眼鏡を光らせ、冷たい視線の一睨みして黙らせてしまった。
「サイトー卿のご意見はもっともです。ここは我が帝国でありながら帝国ではない土地。即ち異世界の土地でございます。帝国の法や常識が当然に通用すると考えるべきではありません。そのような考えは油断というものです」
淡々と申し述べるミュンスター殿。
皇女もヘスラッハ殿らも唇を噛んで黙ってしまった。
「幸い姫様には傷一つございません。今回ばかりは不幸な行き違いということで、矛を納めるべきと愚考いたします」
「さすがはミュンスター殿。道理を分かっておられる」
「褒めても何も出ません。ところでサイトー卿?」
「何か?」
「二度はございません。よろしいですね?」
「……相分かった。肝に銘じるとしよう……」
皇女を諫め、そしてこちらに釘を刺すことも忘れておらぬ。
まったく以って手強き女子よ…………。
小さく息を吐き、河野に向き直った。
「此度はお咎めなしだ。だが次はない。後程我が家中から異界の習に慣れた者を遣わす故、家中百姓に漏れなく知らしめよ」
「ははっ!」
「さて……。河野がここにこうして礼を取り、別々の場所へ遣わした右近と安宅が顔を揃えておる。問わずとも答えが知れたようなものではあるが、やはりしっかと確かめておかねばなるまい。首尾は如何であった?」
俺が問うと、右近と安宅は頷き合った後、答えた。
「四国にて仕官を望む海賊衆を引き入れてござります!」
「紀伊と淡路からも仕官を望む者がおりまする!」
斎藤家海賊衆が誕生した瞬間であった。
読者のみなさまへ
今回はお読みいただきありがとうございます!
「面白かった」
「続きが気になる」
と思われた方は、よろしければ、広告の下にある『☆☆☆☆☆』の評価、『ブックマーク』への登録で作品への応援をよろしくお願いします!
執筆の励みになりますし、なにより嬉しいです!
連載は続きます。
またお越しを心よりお待ち申し上げております!