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第18話 「調べ上げよ。全てだ」新九郎は命じた

「……気配はありませぬ」


 その夜、用意された客間で左馬助(さまのすけ)が口を開いた。


 この場には俺達二人きりだが、これから始めるのは余人(よじん)に聞かれてよい話ではない。


 警戒してもし過ぎることはないだろう。


 もっとも、クリスのように魔法を使って探りを入れる者がいれば俺達にはお手上げなのだがな。


 左馬助が「念のためです。ご無礼致します」と膝が触れ合うほどに椅子を寄せた。


「今日はご苦労だったな。あちこち駆けずり回らせてしまった」


「あの程度は朝飯前。むしろ異界の町に心躍り、ここぞとばかりに目に焼き付けた次第にござります」


「存分に見られたか?」


「はっ。十分に検分致しました。若のご意思に沿うものかと存じます」


「ならば聞かせよ。忍び衆の頭領として、辺境伯とこの町を如何(いか)に見る?」


 左馬助を供に連れた最大の目的がこれだ。


 若くして斎藤家の忍びを率いる観察眼は家中随一。


 俺が申し付けるまでもなく、勝手に何でもかんでも調べてしまうに決まっている。


 動き回れた時間は半日にも満たないが、それなりに考えをまとめていよう。


 左馬助はさらに身体を寄せると、声を潜めて話し始めた。


「……ネッカーの町の規模から見て住人の数は千五百から二千。この町以外にどの程度の領地があるのか判然とはしませんが、辺境伯領は一万石から二万石程度と推測されます」


「我が領地の半分以下。下手をすると五分の一以下か。だが奇妙だな」


「はっ。東の荒れ地は、当家の領地が完全に収まってもなお余りある広さです」


「荒れ地でなければ二十万石や三十万石あってもおかしくないはず。にもかかわらず残った領地が一万石から二万石だと? あまりにも極端だ」


「辺境伯の立場にも相応しくございません。ミナ様や奥方様から、辺境伯とは要地の押さえを任された家が賜る地位なのだと伺いました」


「左様。一、二万石で要地の押さえなどあり得ぬ。帝国が余程小さくない限りは」


「小さいと申せば、家臣団も小さ過ぎまする。森から出て以降、目に入った兵の数は二十程度。辺境伯の屋敷に仕える者は、女や年寄りを含めてようやく三十程度でござります」


「腑に落ちん話だ。この地は異変に見舞われていたんだぞ? 何が起こるか分からぬ時に、そんな数の兵で何が出来る?」


「辺境伯のお膝元とは思えませぬな」


「間者の存在と何か関係があるかもしれんな」


「どなたも間者を放つ者に心当たりがないと申しておられましたが、それがしは言葉を濁しておられるように感じました」


「出会ってまだ二日だ。信を置くには時が短い。客人として歓待はしても、それとこれとは別なのだろう」


「尋ねてもお答えにはならぬでしょうな」


「致し方ない。俺達が同じ立場なら、同じことをした」


「しかし、クリス殿まで言を左右にされたのは意外でござりました。あのお方ならばアッサリと口にするのではないかと思いましたが……」


「ミナを思いやる気持ちは本心なのであろう。軽々に口にはせんよ」


「我らが考える以上に深刻な話なのかもしれませぬな」


「そうだ。そして俺達にとって決して他人事(ひとごと)ではない。寄る()なき異界で、今のところ頼りになるのは辺境伯のみ。倒れるようなことがあっては困る」


如何(いかが)致しましょう」


「調べ上げよ。全てだ。何一つ隠し立て出来ぬようにしてしまえ」


 異界に引きずり込まれてしまった領地と領民を守るには、辺境伯を頼り、徹底的に利用させてもらうしか道はない。


 今後の判断を誤らぬためにも辺境伯の事を知り尽くさねばならん。


 左馬助は小さく頭を下げた後、おもむろ立ち上がった。


 足音を立てずに窓へと近寄り鍵を開ける。


 次の瞬間、窓は音もなく開き、黒い人影が滑るように入り込んだ。


 全身を黒い装束で覆い、目元や口元も隠れているせいで、小柄であること以外は男か女かも分からない。


 そ奴は小さな布切れを片手に持っていた。


 そこには撫子(なでしこ)の紋――斎藤家の家紋が染め出されている。


 左馬助配下の忍びに違いない。


 首尾よく付いて来たようだ。


 『左馬助が供をせよ』と言ったが、『左馬助だけ』とは申しておらぬ。


 必ず意味は伝わると思っておったわ。


「今の話、聞いておったな?」


「…………」


 左馬助の問いに忍びは無言で頷く。


「辺境伯家の事、何もかも調べ尽くせ。どんな些細(ささい)なことでも構わん」


「…………」


 再び無言で頷き立ち去ろうとする忍びを「待て」と呼び止めた。


「命じたことに不足がござりましたか?」


「いや、これを渡しておこうと思ってな」


 忍びの手を取り小さな袋を渡した。


「こちらの銭で銀貨が七十枚ばかり入っておる。好きに使え」


「…………」


 忍びは深く頭を下げると、今度こそ窓の外へと消えた。


 瞬く間に夜の闇に溶けてしまい、まだ近くにいるのか、遠くへ離れたのかも分からない。


「よろしゅうございましたか?」


「賭けで得た金なぞ、あぶく銭に過ぎん。それに本来はミナへ全額渡すつもりだったのだ。今更惜しむ必要はない」


 腕試しで得た金のうち、金貨二枚は翻訳魔法の指輪の代金となった。


 今は望月がその指輪を付けている。


 そして残った金は賭けで得た銀貨百三十五枚。


 こちらについては銀貨を貸してくれたことを含め、諸々の礼代わりとしてミナに渡そうとした。


 だが、ミナは自分が貸した金は銀貨二枚だけだと言って譲らない。


 最後には、礼銭(れいせん)を渋るのは侍の恥なのだとか、ベンノの目を気にせず本が買えるぞとか言って説得し、なんとか半分だけ受け取ってもらえたのだった。


 実に生真面目な女子(おなご)だ。恐れ入る。


 やましい銭ではないのだから素直に受け取って欲しい。


 もう少し頭を柔らかくしても良いと思うのだが……。


 …………俺達の動きを知った時、ミナは如何(いか)に思おうか?


「若」


「ん?」


「気に病む必要はござりませんぞ」


「唐突にどうした?」


「若はお優しくていらっしゃいます。ミナ様に悪いことをなさったとお思いではないかと」


「……そんなことはない」


「言い淀まれましたな」


「しつこいぞ」


「手前の老婆心(ろうばしん)が過ぎましたかな?」


「過ぎる! これだから守役(もりやく)は困るのだ! 幼少の頃を知っているせいで、いつまで経っても過保護なのだ。お主と言い、藤佐(とうざ)と言い……」


「藤佐殿ならば『過保護で結構! 心配で何が悪うござりますか!?』と開き直るでしょうな。若の腰に泣き付いて離さぬかもしれませぬ」


「……で、あろうな。光景が目に浮かぶわ。だが、今のお主らは若いと言っても家老に評定衆(ひょうじょうしゅう)。俺の心中を案ずる事はもはや仕事ではあるまい。御家を守ることを先に考えよ」


「出来ぬ相談です。それがしにとっても、藤佐殿にとっても、若はいつまでも泣き虫の弟分にござります」


「……お主に口では勝てそうにないな。弱味を知っているだけに分が悪い」


「左様にお考えならば有難く心配されてくだされ」


「ふん…………しかし、藤佐か」


「如何なさいましたか?」


「いや、あ奴がどうしておるかと思ってな。名前が出たから気になってしまったわ」


「藤佐殿はしぶとい。きっと無事にござりましょう」


「命は助かっておるかもしれん。だが領地が丸ごと異界に来てしまったのだぞ? 京や大坂……他の地にいた者達は帰る家を失ったも同然ではないか。良い仕官の口が有れば良いのだがな……。岐阜の織田秀信卿あたりは如何(いかが)であろうか?」


「そういうところでござります」


「何だと?」


「御身を差し置かれて家臣の身をご案じになり、あまつさえ仕官先までご案じになられるのですからな」


「家臣の身を案ずるのは当然ではないか」


「当然と仰せになるあたり、お優しき主君と存じます。実に担ぎ甲斐(がい)のある神輿(みこし)でいらっしゃる」


「口が減らぬ奴め……」


 その後、如何(いか)に反論しようとも左馬助に敵うことはなかった。

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 連載は続きます。

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