第134.6話 忍ぶ者達 その弐【矜持の巻】
「おいおい組合長! 俺達に帝都の連中の下に付けって言うのか!?」
冒険者組合の組合長執務室にて、三十過ぎの男性冒険者が組合長に詰め寄った。
集まった三十人余りの冒険者達も、口々に不満を爆発させた。
「よそ者に大きな顔をさせる気か!? 真っ平ごめんだぜ!」
「帝都がなんぼのもんだってんだよ!? 俺達だって修羅場は十分経験してる!」
「アルテンブルク冒険者の誇りは失くしたのかい!?」
「組合長よぉ? ふざけるのも大概にして欲しいもんだ。玉を抜かれちまったか?」
「アルテンブルクにその人ありと謳われたS級冒険者も引退したらジジイの息子同然だな!?」
誰が言ったか分からぬが、賛同の声が上がる。
口汚い言葉がとめどなく飛び交う。
受付嬢のレギーナ達が宥めようとするが、怒りに燃える冒険者は聞く耳を持たない。
二日前、十子――ケイと二人呼び出され、重大な依頼があるから今日この時間、この場所に来て欲しいと告げられた時はもしやと思っていたが…………。
「にっひっひ。面白いことになってきたねぇ?」
ケイが含み笑いをしつつ囁いた。
事の起こりは四半刻ほど前のこと。
アルテンブルクでも名うての冒険者達が、組合長の執務室に集められ、ある依頼を持ち掛けられた。
それは、パーティーを組んで斎藤家の選りすぐりと仕合をするというものだった。
これに参加すれば報酬として一人当たり金貨五枚。
勝てば金貨十枚が追加で支払われる。
合わせて最大で金貨十五枚。
全ての装備を新調した上に、向こう一年間贅沢に遊び暮らしても、まだまだお釣りが出る計算だ。
冒険者達は思いもしない破格の依頼に歓喜する一方、あまりの破格さに一抹の不安を覚え、組合長に尋ねた。
一体どんなウラがある依頼なんだ? と……。
組合長の答えは明快だった。
アルテンブルグ辺境伯家陣代の斎藤新九郎は、先日の戦で捕虜になった冒険者を解放する見返りとして、一人当たり金貨十枚の身代金を要求している。
傭兵として戦に参加した冒険者は二千人。
全員が生き残ったと仮定すれば身代金は金貨が二万枚も必要になる。
半分の千人でも金貨一万枚だ。
組合が払える額じゃないのは明らかだ。
おまけにネッカー川東岸の荒れ地への出入りも禁止するという。
捕虜解放のため身代金が必要だと聞かされた時は、戦なんだからそんなこともあるだろうよと聞き流していた連中も、荒れ地の出入り禁止を聞かされた時には目を剥いた。
アルテンブルグ辺境伯領の冒険者にとって、新人時代に冒険者のイロハを学ぶ場所があの荒れ地なのだ。
全ての始まりとなる思い出の場所と言っても過言じゃない。
なにせ、下級から上級まで幅広い魔物が生息している上に、希少な薬草や鉱物も採れる場所だ。
魔物退治や素材採取の力量を磨くのに、あれほど適した場所は他にない。
新人だけでなく、ベテランや中堅も重宝していた土地なのだ。
ここ一、二年くらいは、辺境伯家から出される魔物退治の報酬が渋かったせいで冒険者の足が遠のいていたようだが、そうじゃなければ荒れ地を周回するだけで十分に食べて行くことが出来た。
そんな場所が出入り禁止になると聞かされれば、心中穏やかではいられない。
冒険者の権利侵害だと、息巻く者もいるほどだ。
誰もが一も二もなく、仕合への参加を引き受けた。
――――帝都の冒険者と組めと、組合長から言われるまではな。
「試合には帝都の組合からやって来た冒険者二十人も参加する」
ほとんどの冒険者が、その言葉に耳を疑った。
「今回は先方の指定により、五十対五十の集団戦が行われる。これに参加するのはアルテンブルグの冒険者三十人、帝都の冒険者二十人、合計五十人だ」
冒険者のパーティーは、平均四、五人。
多くてもせいぜい十人。
五十名と言えば、ちょっとした傭兵団に匹敵する規模だ。
人数の多さに「戦でもするつもりかよ……?」と驚く者もいる。
ジンデル組合長は淡々と説明を続けようとしたが、冒険者の間から起こった怒声に遮られた。
「待てよっ!」
「何だ?」
「これはアルテンブルグ冒険者組合の問題だろっ!? どうして帝都の連中が介入するんだ!?」
「そうだ! よそ者の手を借りるなんて……俺達をコケにしてんのか!?」
「冒険者はな! 自分のケツは自分で拭くもんだろうが!」
「仲間が大勢捕虜になってるんだぞ! 俺達の手で助けなくてどうするんだ!?」
冒険者には一つの特徴がある。
それは、良きにせよ、悪しきにせよ、仲間を大切にすることだ。
依頼の現場では、時に生死の危機に晒されることもある。
安心して背中を預けられる仲間がいてこそ、危険な依頼も達成出来るというものだ。
だからこそ、仲間を大切にし、仲間の身に危険が及べば全力で助けようとする。
故に、仲間を見捨てないことは冒険者の掟。
己が手で仲間を救うことは冒険者の矜持。
他人任せにすることなど出来ようはずがない。
この傾向は、腕の良い者や経験の深い者であればあるほど強いと言える。
逆に、冒険者としての評価が低い者や、経験の浅い者は弱い。
そしてこの場に集められた者はアルテンブルグ冒険者組合でも名うての冒険者――――要は、腕が良く、経験の長い者達なのだ。
自分達が失敗したのなら恥も忍べようが、最初から他人の手を借りるなど、納得出来ようはずがない。
こうして冒頭の騒ぎへと至るのである。
「帝都から来た者達は、全員がA級以上だ。能力に心配はない」
怒りをぶつけられた組合長だったが、いつもと変わらぬ口調で淡々と説明を始めた。
「帝都の組合からの紹介状もある。身分も確かだ」
「俺達はそんなこと言ってんじゃねぇ!」
「冒険者の誇りを問題にしてんだよ!」
「って言うかおかしくないか? どうしてこんなに早く帝都の冒険者が来るんだよ!?」
「そうだぜ! サイトーから試合の話が出て来たのは数日前だろ!? 帝都まで片道一ヶ月以上はかかるんだぞ!」
「おいおい! こりゃどういうことだ!? よそ者を呼び込んで……あんた、何をしようとしてたんだよ!?」
「彼らを呼んだのは私ではない」
「じゃあ誰なんだ!?」
「ゲルト卿やブルームハルト子爵だ」
「ど、どういうこった? もう死んだ奴らじゃないか!?」
「お歴々が戦死なさる前に、帝都の伝手を頼って腕利きの冒険者を派遣するよう要請していたようだ。おそらく戦力を少しでも増強したかったんだろう」
「だからって……だからって、そいつらを今回の試合に加える理由にはなんねぇよ!」
「…………人が、いないのだ」
「は?」
「諸君らも気付いているだろう? 今のアルテンブルグ冒険者組合には人材が払底している。先の戦で根こそぎとも呼べるほど、多数の冒険者が募兵に応じてしまった。破格の報酬が提示されたのだから無理もないが、その結果、今の窮状がある。私の目から見て、今回の試合に相応しい実力を備えているのは諸君らだけなのだ」
「それはそうかもしれねぇが……!」
「だけどよ組合長!」
「やる前に諦めちまうのか!?」
「私とて、かつては冒険者の端くれだった。よそ者任せになどしたくはない。だが、贅沢は言っていられない。サイトー卿の家臣は強い。それは先の戦を見ても明らかだ。試合に勝利するには、外の力を借りねばならない。失敗すれば仲間は帰って来ない。荒れ地も失う。そんな事態は、冒険者組合の組合長として絶対に容認できない。如何なる非難を受けようとも、断じて実行する」
「「「「「……………………」」」」」
「……諸君らは、冒険者として十二分の実力と経験を有している。先の戦で募兵にも応じなかった。甘く危険な依頼を見抜く冷静な目を持っているのだ。今回のことも、どうか冒険者として冷静な目で見て欲しい。納得できぬと言うなら、私を好きなように罵ってくれて構わない。殴りたければ殴れ。甘んじて受けるつもりだ」
いつも間にか、冒険者達は黙って聞き入っていた。
誰の顔つきも渋いままだ。
納得は出来ないが、さりとて組合長の言い分に反発することも出来ない。
重い沈黙が執務室を支配した。
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