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第131話 「何を始めるつもりじゃ!?」皇女は戸惑った

「なんと……。無惨な姿じゃのう……」


 東の荒れ地にて、焼け焦げた大株(おおかぶ)を目にした皇女は痛ましそうな顔付きで呟いた。


「伐り倒されていなければ、天を突かんばかりの大樹であったじゃろうに……」


「私の魔術の師は正にそうだったと言っていました」


 皇女の言葉にミナも続く。


「根元にあった大岩を貫き、天高く幹を伸ばし、四方に枝葉を広げる様に、神聖さすら感じたそうです」


「だねぇ。お祖母ちゃん、そんなこと言ってたねぇ」


「なんじゃ? クリスの祖母がヴィルヘルミナの師匠じゃったのか?」


「はい。幼い頃、クリスと一緒にここまで連れて来てもらったのです。実に惜しいことをしてしまった。悔やんでも悔やみきれないと」


「お祖母ちゃん、大株が伐られらた時にその場にいたらしいんですよぇ」


「そうなのか? もしや、ここの開発に関わっておったのか?」


「そうですよぉ。お祖母ちゃんも魔法師兼魔道具師だったんですけどぉ、森を切り開くために駆り出されたらしいんですよぉ。一度は拒否したけどぉ、時の皇帝陛下の命令だって言われて拒み切れなかったらしいですねぇ」


「そうじゃったか……。では、魔法で開発を手伝ったのか? 風魔法を上手く使えば木は切れるじゃろうし、火魔法ならばこの大株のように森を焼き尽くせるのじゃ」


「最初はそうしてたって聞きましたねぇ。でもぉ、ここって荒れ地になる前はすごく深い森だったじゃないですかぁ? だからキリがなかったんですってぇ。それで、魔道具を使った方法に切り替えたんですぅ」


「魔道具じゃと? はて? 木を伐る魔道具なぞ聞いたこともないが……。ヘレンよ。主はどうじゃ?」


「わたくしもございません。そんな都合の良いものがあるとは思えませんが……」


「そうそう! そうなんですよぉ! だからぁ、結局使われたのは毒魔法を展開できる魔道具なんですねぇ。葉を枯らしたりぃ、根を腐らせたりする類のぉ。お祖母ちゃん、その魔道具の開発までやらされたんですよぉ。めっちゃ嫌だったって言ってましたねぇ」


「その結果がこれ、か……」


 皇女は大株の元から荒れ地を見渡しながら唇を噛む。


「効き目は抜群のようじゃな。三十年経っても森は再生されておらん。草木がまばらに生えるだけの不毛の荒野じゃ」


「でしょお? お祖母ちゃん、腕だけは間違いなく良かったからぁ。めっちゃ後悔してましたけどぉ。そりゃもう亡くなるその日までぇ。お祖母ちゃん一人なら断れたんですよぉ? どっかに逃げればいいだけですしぃ。でもぉ、ママはまだ小さかったしぃ、将来が閉ざされても困るからぁ、渋々受けたんですよねぇ? ただそのせいでぇ、ママと不仲になっちゃいましたけどぉ。二人共、森が大好きだったのは一緒だったんですけどねぇ? ママは魔道具をこんなことに使ったのが許せなかったみたいなんですよぉ。おかげで未だにお祖母ちゃんのお墓参りに行こうとしない有り様でぇ――」


 おや?


 クリスの奴……。


 口調はいつもと変わらんのだが、「めっちゃ嫌だった」だの、「めっちゃ後悔していた」だの「渋々」だのと、それを命じた先帝の孫を相手に、チクチクと嫌味のように繰り返しておる。


 挙句、祖母と母の不仲まで口にし始めた。


 左様になったのも先帝のせいだと言わんばかりにな。


 斯様にしつこい性格ではないと思っていたが……。


 ミュンスター殿やヘスラッハ殿らもそのことには気付いている。


 咎め立てはせぬが、決して良い顔もしておらぬ。


 左様な気配を察したのか、ミナが庇うように口を開いた。


「シャルロッテ殿下、お許しください。師匠はかつてここにあった森を深く愛していたのです。そのため先帝陛下の御命令とは言え――――」


「よい。先帝陛下の御命令とあれば、断ろうにも断ることなぞ出来んはずじゃ」


 鷹揚に頷く皇女。


 左様に見せておるだけかと思うたが、どうやら嘘ではないらしい。


 口振りや態度に怒気も不快の念も一切感じないのだ。


 如何なるつもりであろうか?


 度量が広いのか、それとも腹の底で別のことを考えておるのか……。


 ただ、皇女の様子を見てクリスも嫌味を口にするのを止めてしまった。


 毒気を抜かれてしまったような顔をしておる。


 皇女がアルテンブルクへ参って以来、いつか申してやろうと思うていたのやもしれんが、斯様(かよう)な態度を取られては勢いも続くまい。


「クリスよ、主の祖母には気の毒なことをしてしもうた。先帝陛下に代わって妾が詫びるのじゃ」


 皇女がわずかに頭を下げた。


 只人ならばとても謝っておるような頭の下げ方ではないが、帝室に名を連ねる者がしておるのだと見れば、この上なき謝罪と申せよう。


 ミュンスター殿が止めるかと思うたが、何を思うてか止めなかった。


 むしろ、何か申そうとしたヘスラッハ殿らを制しておる。


 この女子もなかなか懐が深いのやもしれん。


 まさか斯様な反応が返って来るとは思いもしなかったのであろう。


 クリスは「も、もういいですからぁ!」と、嫌味を申すことなど忘れて恐縮してしまっている。


 ふむ……。


 クリスが恐縮する姿が見られるとは……。


 明日は槍が降るのではあるまいか?


「――――む? ちょっと待つのじゃ」


「な、なんですかぁ!? もしかしてやっぱり許さない! とか……?」


「違うのじゃ。どうして主やヴィルヘルミナは、カヤノに何もされておらんのじゃ?」


「へ?」


「ようよう考えてみればおかしいのじゃ。妾もヴィルヘルミナもクリスも、祖父母が開発に関わっておることは同じじゃ。だのに主らはカヤノと普通に付き合ってたんじゃろう?」


「あっ……! そう言えばぁ……」


「言われてみれば、私達がカヤノ様に何かをされたことはありません。開発のことで文句一つ言われた覚えも……」


「この違いは一体何じゃ? 何が違うと言うんじゃ?」


「答えはすぐに分かりましょうぞ」


「サイトー……。主、心当たりがあるのか?」


「多少は……。最後はカヤノ本人を問い質さねば分からぬ事でござりますが。とりあえず、一度呼び掛けてみると致しましょうぞ」


 大株に歩み寄り、手を当ててみる。


 辺境伯屋敷や三野城と同じ。


 ここでも何も感じることは出来ぬ。


「お――――いっ! カヤノっ!」


 しばし待ってみても、カヤノは姿を表す気配もない。


「う~む……。ここも結局ダメなのじゃ。サイトーよ、主の当ても外れたか?」


「いいえ。まだに、ござります。ここからが本番にて……。おいっ! 丹波っ!」


「ほっほっほ! 準備万端整っておりますぞ!」


「準備じゃと? それは何の――――な、何じゃ!? この者らは!?」


 後ろを振り返った皇女が驚く。


 そこには、大坂屋敷からぞろぞろと、着飾った者達が列を成して大株の丘へと登って参るところであった。


 着飾っているだけでない。


 挟箱(はさみばこ)を担ぐ者。


 笛に(しょう)、法螺貝や琵琶を持つ者、背負い太鼓を負うた者。


 野点傘(のだてがさ)毛氈(もうせん)を抱える者。


 樽やら甕やらを背に載せた馬の手綱を引く者。


 僧や神主の姿まである。


 斯様な場所に似つかわしくない者達が、続々とこちらへ向かって来るのだ。


 列の中には母上と弟妹達、利暁の伯父上、そして大坂屋敷で養生している父上の姿まであった。


「何を始めるつもりじゃ!?」


「引き籠った神の前で、人が集まって成すことにござりますぞ? たった一つしかござりませぬ」


 異界の衆には斯様に言われても分かるまい。


 皇女も御側付きらも首を捻る。


 あらかじめ伝えておいたミナだけは「本当にどうにかなるんだろうな?」と疑わしそうな目で俺を見つめていた。


「さあ、宴にござります!」

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引きこもりの神にはこれが一番効く古事記にも書いてある
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