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第125話 「試してみるのも一興よ」コボルト皇女は不敵に笑った

 早朝に起こった皇女の襲撃。


 十人以上の者がカヤノを止めようとし、返り討ちにあって昏倒させられてしまったが、昼頃には全員が気を取り戻していた。


 そして――――。


「この度の不始末、幾重にもお詫び申し上げます」


 皇女と、皇女を守るように取り囲む御側付きらに向かって膝をつき、頭を下げる辺境伯。


 俺とミナ、奥方もその背後で同様に頭を下げた。


「シャルロッテ・コルネーリア皇女殿下に仇なす者の侵入を許したばかりか、あまつさえ殿下の御身に手を掛けさせ――」


 辺境伯の謝罪を、皇女は肘を突き、文字通り見下ろすように聞いている。


 どこかつまらなさそうな雰囲気を漂わせた無表情で、内心で如何なる感情を抱いておるのか悟らせない。


 あのような目に遭ったのだ。


 怒り狂ってもおかしくはあるまいに……。


 これでは謝る方も途方に暮れよう。


 怒るでもなく、恐がるでもなく、さりとて謝罪を受け入れるでもなく、ただただ無表情でいられてみよ。


 身の置き所に窮するは必定。


 結果、焦るあまり申さずともよいことまで申してしまう者もいよう。


 あるいは自ら余計な譲歩をしてしまう者もな。


 この皇女、斯様(かよう)な顔も出来るのか…………。


 秘かに感心していると、ミュンスター殿が口を差し挟んだ。


「辺境伯閣下、謝罪はもう結構です」


「は? ですが……」


「謝罪よりもまず、下手人の捕縛です。そちらはどうなっているのですか?」


 ミュンスター殿が眼鏡を冷たく光らせた。


 皇女を取り囲むヘスラッハ殿、ロール殿、フルプ殿、そして侍女達は、全身から怒気を発散しつつ、無言で辺境伯に答えを迫る。


「どうなさいました? 当然、下手人の捕縛は命じておられるのでしょう? 進展はあったのですか?」


「……命じておりません」


「はい?」


「捕縛は命じておらぬのです」


 辺境伯の答えに、ヘスラッハ殿が「どういうつもりですか!?」と怒鳴り声を上げた。


 今にも飛び出しそうなヘスラッハ殿をロール殿とフルプ殿が止め、ミュンスター殿が改めて問うた。


「皇族たる姫様を手に掛けようとしたのですよ? これは間違いなく大逆罪。数ある罪の中でも最も重いものです。お分りでしょう?」


「重々承知しております」


「では、そのような重罪人をなぜ捕縛しないのですか? 辺境伯たる地位にあるお方の行為とは思えません」


「……捕縛したくとも出来ないのです」


「どういう意味です?」


「文字通りの意味です。あのお方には、人の身では敵わない」


「下手人が凄まじい遣い手だったことは認めましょう。しかし、そのことを言い訳にして――――」


「お待ちくだされ。ミュンスター殿」


「サイトー卿? 何でしょう?」


「辺境伯は言い訳なぞしておりませぬ。あの緑の髪をした娘は、人ならざるものにござります」


「人ならざる? 人の姿をした魔物……ということですか? ですが、あそこまで人と似通った魔物は聞いたことがありません」


「当然にござる。魔物ではござりませぬ故」


「人ではなく、魔物でもない? サイトー卿、私は謎かけでもされているのでしょうか? 不誠実な言い分も大概になさって――――」


「あの娘は神にござります」


「――――何ですって?」


「東の荒れ地を司る鎮守の神。それが人の形を成してこの世に現れたのがあの娘にござります。故に人の身では敵わず、捕えることも出来ぬのでござります」


 ミュンスター殿が眉間にシワを寄せた。


 他の者も「何をふざけたことを」といきり立つ。


「至極真面目に申しておりまする。神では分からぬと申されるなら、如何に申せばよいか……」


「サイトー殿」


「辺境伯?」


「精霊……ならばご理解いただけるかもしれません」


 そう言えば、カヤノは己のことを左様に申しておったな……。


 だが、ミュンスター殿は険しい目付きで首を振る。


「辺境伯閣下、質の悪い冗談ですね?」


「いいえ。私もサイトー殿と同じく至極真面目です」


「精霊はこの世界のどこかに存在するかもしれない……それは認めましょう。しかし、彼らと人との交流は、帝国建国以前に途絶えたとされています。精霊を見たなどという噂が飛ぶこともありますが、そのほとんどが嘘や何かの勘違いであることが証明済み。残りも似たようなものでしょう。あなた方は大逆罪の追及に当たってそのような欺瞞(ぎまん)を口になさるのですか?」


 ミュンスター殿が、最初に「神」と口にした俺をにらみつけた。


 俺を追及しておるつもりなのであろうが、「欺瞞」だと?


 ちと、口が滑ったのではないか?


 その言葉、聞き捨てならぬぞ――?


「――欺瞞とは人聞きが悪うござるな?」


「事実でしょう?」


「事実? 事実と仰せか!? なんたる恥辱! 辺境伯の手前がなければ、斬り捨てるところにござりますぞ? ミュンスター殿……?」


「なっ……!」


 殺意を込めた目でにらみ返してやる。


 ヘスラッハ殿が「無礼ですよ!」と叫んだが、そちらも同じくにらんでやった。


 動きを止め、唇を噛んで押し黙るヘスラッハ殿。


 ミュンスター殿も少し青ざめておる。


 ふむ?


 少し気合を入れ過ぎたかのう?


 すると、横合いから小袖の裾が引っ張られた。


 ミナだ。


 いい加減にしておけと、たしなめるような顔をしている。


「……欺瞞の件はさておき、然らば庭の様子を如何に解するのでござりますか」


 窓の外へ手を向ける。


 庭の姿は、明らかに変わっていた。


 美しく芝が敷かれていたはずの辺境伯邸の庭は、カヤノの樹を中心に鬱蒼たる密林に変貌していた。


 こうなったのはカヤノが姿を消した直後。


 密林の木々には刺々しく鋭い茨が幾重にも絡み付いておる。


 毒草の類も数多生えておるらしい。


 カヤノの怒りを表したかのような光景だ。


「魔法でも斯様な真似は出来ぬのでござりましょう? 如何にござる?」


「私は魔法士ではありませんので――」


「出来んのじゃ」


「姫様?」


「ヘレンよ。主は魔法士ではないが、魔法に疎い訳でもあるまい? こんな魔法はない。そうじゃろ?」


「……はい」


 ミュンスター殿が苦々しい表情でうなずく。


「まあ、妾達が知らぬ魔法なのかもしれんし、魔法ではないからといってそれが精霊であるっちゅう証明にはならんがの」


 皇女は相変わらず片肘を突いたままで俺に問うた。


「あの娘……カヤノ、とか言う名前じゃったか? えらく先帝陛下を恨んでおるようじゃったの? あ奴が言うとった『あの男』とは先帝陛下のことじゃろ?」


 首を掴まれ、息が苦しくとも、俺とカヤノの話を漏らさず聞き取っていたらしい。


 食えぬ童女よ……。


「ネッカー川の東を開発するように命じたのは先帝陛下じゃ。かの土地に宿る精霊は、それを恨みに思うておったか? 妾が先帝陛下の孫と気付き、くびり殺さんとしたか?」


「間違いないかと」


「じゃが解せぬ。開発を命じたは先帝陛下じゃが、命を受けて直接手を下したのは先代のアルテンブルグ辺境伯であろう? 妾が手を出されたのに、どうして辺境伯家の者には手を出さんのじゃ? のう? アルバンよ?」


「……分かりません」


「何じゃと?」


「カヤノ様には、我が父が行った開発をお詫びしたことがあります。ですが、『もういい』とだけ仰せになり……。以降、その話が出たことはありません」


「なぜじゃ? 一体何の違いがあるというんじゃ? ヘレンよ、分かるか?」


「申し訳ございません。私にも見当がつきません――」


「――ほっほっほ。真に不可思議な話にござりますなぁ」


 実に愉快そうな笑い声。


 カツン、カツンと杖を突く音がして、小柄な老爺(ろうや)が姿を見せる。


 ヘスラッハ卿らが皇女を守るように動きを見せるが、皇女が「よい」と下がらせた。


「何者じゃ?」


「ははっ。長山丹波守光頼と申しまする。丹波とお呼び下さりませ」


 丹波がこちらをチラリと見た。


 好きにさせてもらいますぞと、目が申しておる。


 まったくふてぶてしい奴!


 もう十分やってくれたわ! この腹黒の黒幕めっ!


 ここまでやるとは聞いておらんぞ!?


 怒鳴り付けたくなる気持ちを押さえ込む。


 皇女は俺の内心を知ってか知らずか、丹波と話し始めた。


「そこな老爺よ、タンバと申したな? その名前に格好じゃ。サイトーの家臣でよいかの?」


「如何にも」


「で? 何しに出て来たんじゃ?」


「カヤノ様が辺境伯家の方々に手を出されぬ理由、それに心当たりがあるからでござります」


「何じゃと? 真か?」


「真にござります」


「分かった。では言うてみい」


「申し上げたきところでござりますが、それが正しいかどうかはカヤノ様に尋ねなければなりませぬ。如何にござりましょう? カヤノ様の元へ参りませぬか?」


「居場所を知っとるのか?」


「見当はつきまする。上手く事が運べば、カヤノ様は二度と手出しなさることは――」


「馬鹿なことを言わないでください!」


 ヘスラッハ殿が額に青筋を浮かべて丹波に詰め寄った。


「あんな危険人物と姫様を会わせられるわけないじゃないですか!」


「いや、面白いのじゃ」


「姫様!? ダメですって! 危険ですって!」


 ヘスラッハ殿が慌てて止めに入る。


 フルプ殿とロール殿も口々に反対し、ミュンスター殿が「ご再考を」と翻意を促した。


 だが、皇女は意に介する様子はない。


「主らな、危ない危ないとは言うが、妾はあのとんでもない強さの娘に狙われたままなんじゃぞ? さっきは引いたが、あ奴は諦めたとは言うてはおらん。この老爺はの、それに二度と手出しさせんと言うとるのじゃ。試してみるのも一興よ」


「姫様? 酔狂でなさるお話ではありませんよ?」


「そうですよ! ヘレンさんの言う通りです!」


「束になっても敵わんかった相手であろうが。こちらが会いに行こうと行くまいと、危ないことに変わりないのじゃ」


「ですが――――」


 皇女とその主従は俺達をそっちのけで言い争いを始めてしまった。


 丹波が再びこちらを見る。


 やれやれ……。


 俺にも手を貸せということか――。


「手前が同行すればカヤノを押さえることは出来るかと」


「ほれ。サイトーもこう言うておる。行くぞ!」


「姫様!」


 こうして、俺達は姿を消したカヤノに会いに行くこととなった。

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 連載は続きます。

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