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第124話 「意地悪――!」新九郎は怒りを向けられた

 辺境伯邸の二階まで駆け上がると、皇女の部屋の前の廊下は、既に俺の家臣や辺境伯邸の使用人が十人ばかり集まっていた。


 その全員が開け放たれた扉の中をのぞき込み、一様に呆然としておる。


「うわあっ!」


 ドタドタドタッ! バタンッ! ドシンッ!


 部屋の中からは女の悲鳴と、何かが激しく動き回るような音や重いものが床に叩きつけられたような音が聞こえてくる。


 幼い娘の部屋から聞こえてよい音でないことは明らかだ。


「皆、道を空けよ! 通せ!」


 俺が叫ぶと、「若がいらっしゃったぞ!」と誰かが叫んだ。


「姫様っ!」


 道が開いたのを見たヘスラッハ卿がいの一番に部屋の中に飛び込む。


 中の様子が分からんうちに、脇目も振らずに飛び込むのは感心せんが、皇女への忠心故のことであろう。


 俺と共に来た山県源四郎と十河孫六郎が「我らが先に!」と部屋へ入ったのだが――――。


「「「――――うわああああああっ!!!!!」」」


 バタンッ! ドシンッ!


 ヘスラッハ殿共々、凄まじい勢いて部屋の外へ投げ飛ばされ、壁に打ち付けられて倒れ込む。


「何があった!?」


「ヘスラッハ卿!?」


「ひ、姫様が…………――――」


 ガクリと首を垂れるヘスラッハ殿。


 気を失ってしまったようだ。


 壁に打ち付けられた時に傷付いたのか、額から血が流れ出ていた。


 ミナが慌てて治癒魔法の呪文を唱え始めた。


 左馬助が源四郎と孫六郎の具合も確かめているが、こちらも完全に伸びてしまっているようだ。


其方(そなた)ら、何が起こったのか存じておるか?」


 集まった者達を見回してみると、皇女付きの若い侍女が青い顔をして手を挙げた。


「あ、あ、あの……、み、緑の長い髪の女の人が……」


「緑の髪だと?」


「は、はいっ……!」


 まさかカヤノ?


 何故――――?


 だが、悠長に考えている暇はない。


 背後から左馬助が「若っ! なりませぬ――!」と叫ぶ声を捨て置き、扉をくぐる――――。


「――――何しておる? カヤノ」


 部屋の中央には、皇女の首を片手で鷲掴みにして仁王立ちするカヤノ。


 その足元には、カヤノを止めようとしたのかロール殿や数人の侍女が倒れ伏しており、窓際にはミュンスター殿とフルプ殿がもつれるようにして気を失っていた。


「ぐう……くっ…………!」


 皇女は足をばたつかせ、腕を振り回して抵抗するが、カヤノはどこ吹く風と応じる気配すらない。


 ただひたすらに冷たい視線を皇女に向けていた。


「カヤノ、何しておる?」


「…………」


 問うてもこちらを一瞥することすらない。


 まるで俺の声が聞こえておらぬかのような態度。


 まどろっこしいが、力づくで向かって行ってもカヤノの周囲に倒れた者達の二の舞となるだけだ。


 言葉でどうにかするしかない。


「もう一度問うぞ? 何しておる?」


「…………」


「そのままでは、その童女の息の根が止まってしまうぞ?」


「…………」


「カヤノッ!?」


「…………うるさいわね」


 ようやくこちらへ顔を向けるカヤノ。


 だが、皇女の首は掴んだまま。


 冷え切った視線も変わっていない。


「邪魔するつもり?」


「邪魔だと? 違うな。軽挙を止めるのだ」


「一緒よ。それとね、軽挙って何よ? 軽挙って」


「其方の所業に決まっておる。そこな童女に傷一つでも付けられては困るのだ」


 今はまだ、と続けようとしたが言葉を呑み込んだ。


 この場にいる者共に聞かせるのは不都合な言葉だからな。


 ただし、如何に申したところでカヤノには意味がなかったらしい。


 冷たい目をより一層冷たくして、俺に向けてきた。


「知ったこっちゃないわ。こいつを許す訳にはいかないの」


「許すだと? 皇女が其方に無礼でも働いたか?」


「いいえ」


「ならば何故左様な真似をしておる?」


「……こいつ、気配がよく似ているわ」


「気配? 誰にだ?」


「あの男よ。私の子達を伐り尽くし、私が宿る木も伐って火にかけさせた、あの男……!」


 冷え切った目に熱が宿る。


 唇に八重歯を立て、赤い血が滲み出る。


 一転して、カヤノの形相は憤怒に彩られた。


 カヤノがここまで怒りを向けるあの男……。


 もしや、先帝のことか?


 先代辺境伯に東の荒れ野の開発を強要したのが先帝だ。


 自らこの地を訪れ、陣頭指揮を執ることもあったと聞く。


 その先帝を目にしたことがあるのだろうか?


 俺の疑問は、カヤノの続くセリフで氷解した。


「こいつはあの男から分かれた枝……! よくも私の前に姿を見せられたものだわ……!」


 枝か……。


 面白い言い方をする。


 土地に宿り、草木を司る神からしてみれば、人の子や孫は幹から分かたれた枝に等しいと言う訳か。


「其方がこうしておる理由は分かった。で? その童女を如何にせんとするのだ?」


「今ここで、私の子達の無念を晴らすの……! こんな小さな体でも、(こえ)の足しにはなる……!」


「左様な真似をされると困ると申したではないか。悪いことは言わん。放してやれ」


「出来ないわ」


「俺の頼みでもか?」


「そうよ」


 カヤノが首と掴む手に力を入れた。


 皇女の口から「ひうっ……!」と息が漏れる。


 顔面も次第に紅潮してきた。


 これはいよいよ笑えなくなってきた――――。


「カヤノ、もう一度申すぞ? そこな童女を放してやれ」


「しつこいわ」


「童女を殺さば、如何なる凶事をも招来しようぞ。それでもか?」


「くどい……しつこい……!」


「……分かった。然らば、俺達の約定もここまでだ」


「どういう意味?」


「俺は死んでも、其方の元には埋まってやらん。あちこちに植えた其方の子らも伐り倒す」


「…………」


「如何した? 何故黙る? 如何なる凶事を招来するとも構わぬのであろう?」


「…………」


「さあ、童女の息の根が止まるのは目前だ。一思いにやってしまえ」


「……あんた」


「ん?」


「意地悪……!」


 カヤノは一言そう申すと、「ブンッ!」と皇女を投げて寄越した。


「おっと!」


「きゃう! けほっ! けほけほっ!」


「落ち着かれよ。落ち着いて、ゆっくりと息を吸って……そうだ。次は吐いて……」


 皇女を抱き抱えながら息を整えさせる。


 ふと顔を上げた時には、カヤノの姿は消えていた。

読者のみなさまへ


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 連載は続きます。

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