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第122.5話 ヴィルヘルミナの独白 その拾弐【前編】

「カロリーネ様はようやくお休みになりました……」


 ヤチヨ殿が微笑を浮かべながら扉を開けた。


 クリスとヘスラッハ卿が「ほっ……」と息をつく。


 ネッカー川の河畔にて、父と兄の公開処刑を見届けたカロリーネは憔悴し切っていた。


 顔からは血の気は引き、唇は色を失い、立てるかどうかも怪しい状況。


 見ていられなくなった私達は、今日はビーナウに宿を取って休もうと提案した。


 だが、「明日からのお仕事に支障がありますから……」と、本人がネッカーへ戻ると言い張り、頑として聞き入れない。


 仕方なく、ヤチヨ殿、クリス、ハンナが付き添い、馬車をゆっくり走らせて、ネッカーまで戻ることになった。


 だが、カロリーネの気力もそこまでだった。


 屋敷に到着するや否や、目まいを起こして立てなくなってしまったのだ。


 私達の手でベッドに寝かせたものの、意識を失ってもなおうなされ続けていた。


 屋敷に帰り着いたのが夕方の少し前。


 今はもう、夕食の時間もとっくに過ぎ去り、夜警の兵が町の中を巡回するような刻限だ。


 この間、ヤチヨ殿は休むことなく看病していたが、微笑を浮かべる顔を見る限り、もう心配する必要はなさそうだ。


「付き添いはハンナ様に代わっていただきました。わたくしも一休み致します……」


「すまないな。ヤチヨ殿に任せきりにしてしまって……」


「やると申したのはわたくしです。皆様にはお役目もあるのですから、お気になさらず。それに……」


「ん?」


「カロリーネ様をこちらに引き込んだのはわたくしです。一度抱えると決めたからには、途中で投げ出すような真似は出来ませぬ」


 穏やかな口調ながらも、固い意志が感じられる話しぶり。


 怪しげな言動で、たびたび私達を惑わせる女性だが、冗談や嘘を口にしている気配はない。


 新九郎も、その家臣達も、一度身内と見定めた者は決して見捨てない。


 ヤチヨ殿も例外ではないのだ。


「カロリーネ様は今後どうするおつもりなんでしょうか?」


 ヘスラッハ卿が心配そうな顔付きで口を開いた。


「サイトー家にお仕えする予定だったって聞きましたけど、ご家族の処刑を命じた相手にそのまま――あっ! すいませんっ……! し、失礼な物言いを……」


 慌てて謝罪するヘスラッハ卿だったが、ヤチヨ殿は気にした様子もなく首を振った。


「構いませんよ。此度(こたび)(はりつけ)は正当な(とが)にござりますが、親兄弟を殺したことに変わりはござりませぬ。心にわだかまりを抱えたとて止む無きこと。致仕(ちし)を願い出る者がいても、不思議はないかと」


「ふうん……。ヤチヨちゃんって達観してるわねぇ……」


「乱世においては、掃いて捨てる程にありふれた出来事にござりますから」


「乱世ねぇ……。アタシやヴィルヘルミナはぁ、もう慣れちゃった……と言うかぁ、いちいちツッコミ入れるのも馬鹿馬鹿しくなってきたんだけどぉ、ヘスラッハ卿が『こんなことがありふれてる異世界ってどんな異世界だっ!?』ってお顔になってるよぉ?」


 クリスに話を振られたヘスラッハ卿は「えっ!?」と慌てて手を振る。


「そ、そんなツッコミを入れる気はありませんよっ!」


「でもぉ、お顔が変な風に歪んでるよぉ!?」


「か、勘弁して下さいよ……。あの……ヤチヨさん? 他意はないんですよ?」


「承知しております。帝国は三十年に渡って天下静謐であったのでしょう? 対して日ノ本は百有余年の乱世にござります。皆様は戦の少なき世をお過ごしになられましたが、わたくし共は戦に溢れた世を生きて参りました。話が合わぬことも当然にござりますよ」


「そ、そう言ってもらえると助かります……。正直に言って、あの磔刑(たっけい)が衝撃的過ぎてですね……。知識では知ってったんですよ? でも見るのは初めてで……」


「異界では死罪は縛り首が大半だと伺いました。貴人には毒をあおらせると」


「そうなんですよ! ああいう血がダラダラ流れる系の刑もない訳じゃないんですけど、よっぽどの重罪じゃないと行われないし……」


「重罪にござりますか? 例えばどのような?」


「やっぱり何件も殺人を起こすとかですね。二、三ヶ月くらい前に、帝都で久しぶりに斬首刑が行われたんです。あの時は何十件も押し込み強盗をやって、十人以上を殺した重罪人でしたね。二年前に火刑が行われた時は連続放火魔でした。焼け死んだ人が五、六人は出たはずです」


「左様でしたか……。日ノ本では、盗みでも一銭切(いっせんぎり)にござりますが……」


 私とクリスは息を飲んだ。


 異世界の住人が『イッセンギリ』と口にする時、それは、単に厳罰を意味しない。


 文字通り、銅貨一枚盗んだだけでも『ウチクビ』にされる――――。


 そうとは知らないヘスラッハ卿が「イッセンギリって何ですか?」と、不思議そうな顔で尋ねた。


 話の流れから重い刑罰であることは理解していたようだが、まさか盗みで首が落とされるとは思っていない。


 ヤチヨ殿の説明を聞き進める内に、表情はドンドン歪んでいった。


「いや……。それはその……。厳し過ぎませんか? 民からはすごく反発されそうな気がしますけど……?」


「?」


「なんで疑問符を浮かべるんですか!?」


「そうは申されても……。盗みをことのほか嫌われておりますので……」


「盗みが好きな民はいないと思いますけど……」


「盗人を打ち殺すことも珍しくありませぬし……」


「はい? 私の聞き間違いですかね? 今、何て?」


「盗人を打ち殺すことも珍しくない、にござります」


「……打ち殺しって?」


「棒や石を使って滅多打ちにするのでござります」


「…………」


「武家は致しませぬよ? 武家は盗人の首を落としますので。検断を任せた百姓が行うものにござります」


 私が「百姓とは一般民衆という意味だ」と補足すると、ヘスラッハ卿は「えっ……」と言葉を失った。


「お疑いでしょうか?」


「う、疑うなんて……。ただ、その……あまりに突飛な話で……。いくらなんでも冗談でしょう? 民が警吏の真似事をするのはまだ分かりますよ? 自警団を結成している村や町は少なくありませんし、自警団が犯人に罰を科すことも、まあ分かります。軽罪の処分を自警団に任せることもありますからね。でも、盗みで死刑ってのはさすがに……。しかも滅多打ちって……」


 ヘスラッハ卿の主張に、私やクリスは頷いた。


 盗み、スリ、置き引き、ゆすり、たかり、ケンカ、物品の破損に痴漢…………。


 帝国では、こういった軽罪の取締りや処罰は、町や村の自警団に委ねられることが多い。


 それなりの規模の都市ならば十分な数の警吏が配置されているだろうが、それ以外の町や村にまで、満遍なく警吏を配置することなど出来ないからな。


 ただ、いくら処罰が委ねられるといっても、科される刑罰は罰金や強制労働がせいぜいだ。


 昔は奴隷身分に落とされることもあったが、これも「野蛮で開明ではない」という理由で公然と行われることはなくなった。


 盗みが悪くないとは言わないが、死罪はあまりに重過ぎる。


 しかも処刑方法が棒や石での滅多打ちとは……。


 異世界の風習を少しは分かったつもりになっていたが、またしても私の中の常識を軽々と超えていく――――。


「ヤチヨ殿? さすがに……その……盗みをしただけで滅多打ちはやりすぎ……ではないだろうか?」


「?」


「ど、どうしてまたそこで首を傾げるんだ!?」


「異界の方々とは(ならい)が大いに異なるとは思うておりましたが、盗みに対する考えも斯様(かよう)に違っているとは思うておりませんでした」


 ヤチヨ殿は「困ったものですね? うふふふ……」と少しも困った様子を見せずに微笑を浮かべている。


 なんとなく、全てを知った上でわざとこんな態度を取っているんじゃないかと思えてきた。


 なにせ、ヤチヨ殿は『シノビシュー』なのだ。


 何を知っていても不思議ではない気がする……。


「異界では他人の物を盗んでも(ぜに)夫役(ぶやく)で事が済むのでしょう?」


「あ、ああ……そうだな……」


「人殺しや付け火に比べ、盗みを軽い(とが)だとお考えだからではござりませんか?」


「え? それはそうだが……何かおかしいだろうか?」


「おかしゅうござります。日ノ本では盗みを極めて重く見ております。故に嫌われておるのでござります」


 ヤチヨ殿は「よろしゅうござりますか?」と一呼吸おいて説明を始めた。

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 連載は続きます。

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