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第120話 「戦とは恐いもんじゃのう」皇女はしみじみ呟いた

「これが全て墓……じゃと?」


 皇女来訪の翌日のこと。


 ビーナウ近く――先日の戦でブルームハルト子爵の本陣が置かれた場所。


 所狭しと林立する木の墓標を前に、シャルロッテ皇女は誰に問うでもない呟きと共に、息を飲んだ。


 ヘスラッハ殿らお側付き騎士や侍女達も似たような様子だ。


 唯一、女官長のミュンスラー殿だけは、顔色一つ変えずに眼鏡の位置を直しただけだった。


 用があるのでミナと共にビーナウへ向かうと申したところ、皇女が「是非戦場の跡を見てみたいのじゃ!」と言い出した。


 故に馬揃えの行列よろしく、騎馬やら、馬車やらを並べてここまで参ったのだが、せめて侍女達は置いてきても良かったかもしれぬ。


 宮仕えの身に、戦場の匂いが残る墓場は辛かろう。


 ただでさえ、異界の女子(おなご)は戦に慣れておらぬ者が多いようだからのう。


 女子らの気を紛らわすため、皇女の発した問うでもない問いに答えた。


「こちらでは石に死者の名を刻み、墓標とするのでござりましたな? 生憎(あいにく)、墓石までは用意出来ませなんだ。故に、陣の囲いに使われておった木柵を墓標代わりとしてござります」


「一体……一体いくつの墓があるのじゃ?」


「千五百ばかりにござります」


「両軍合わせてそこまで死んだか……」


「こちらにあるのは逆徒の墓のみにござります」


「何? では、味方の墓は如何したのじゃ?」


「逆徒に比べて討ち死にした者が少なかったため、ビーナウ近くの墓地に埋葬致しました」


「……このような町から離れた何もない場所に埋葬したのは逆徒だからか?」


「いいえ。単純に場所が足りぬからにござります。町の周囲を墓だらけにする訳にもいきませぬし、悪い虫や獣が湧けば民の迷惑この上なし。腹を空かせた魔物を呼び寄せても厄介にござります」


 皇女がわずかに眉をしかめた。


 虫や獣、魔物が(むくろ)に群がる様でも思い浮かべたのやもしれぬ。


「ネッカー川や海に流れてしもうた(むくろ)も出来得る限りに集め申したが、集め切れなんだ骸がまだまだあるやもしれませぬな。それから、我が領知に押し入った奴原(やつばら)の墓はここにはござりませぬ」


 皇女はネッカー川の向こうに目を移した。


 そこには三野の山々が広がっている。


「主の領地でも、ここと同じように墓を作ったのか?」


「骸の始末は民に任せておりますのでな。一人一人の墓を作ることもあれば、塚を作って一まとめに埋葬こともありましょう」


「数は分かっておるのか?」


「我が領知で討ち死にした逆徒は千ばかり、といったところにござります」


「千? 主の領地を侵した敵は二千という話ではなかったか? どうして半分も死んだんじゃ?」


「戦での討死は精々三、四百ばかりにござりますな。残りは散り散りになって落ち延びるところを、追い討ちされたのでござります。民も落人狩りに精を出し申した。二千の逆徒に襲い掛かったのは、地の利を得た我が民数万。逆徒は逃げ場を失い、はかなく討ち取られるほかござりませぬ」


「民が武器を持って立ち上がったのか? それでは民に犠牲も出るじゃろう?」


 どこか気遣わし気な顔付きで尋ねる皇女に、首を横に振って答えた。


「ご案じ召されることはありませぬ。日ノ本の民は落人(おちうど)()りの作法や加減を心得ておりますし、なにより今は魔法がござります。我が兵と言わず、民と言わず、手傷を負った者は魔法で治すことが出来申す。これにて討死にが手負いに、手負いが無傷となり、数多の者が生き残ったのでござります」


「そうか……。辺境伯の軍勢に戦死者が少ないのはそういう事情なんじゃな?」


「御意」


「じゃが、負けた敵軍にはそのような余裕もないわけか……」


「魔法士を他に先んじて討ち取ったことも効いておりましょう。生き残った者もおりましたが、何より先に我が手勢の治癒を手伝わせました」


 最初に逆徒の軍勢と槍を合せたのは、ビーナウで逆徒を迎え撃った藤佐(とうざ)(そなえ)と、敵本陣に討ち入った九州衆の備だ。


 両備は俺が命じた通り、他に先んじて魔法士を狙った。


 ビーナウでは、鉄炮にて魔法士を狙い撃ちにした。


 敵本陣では、九州衆は魔法士と見るや否や正否を問わず片端から撫で斬りにした。


 ビーナウの一件だけでも敵魔法士を恐怖させるに十分であったが、敵本陣の有様は凄絶の一語に尽きる。


 九州衆を率いた長井隼人曰く、まさに悪鬼羅刹も避けて通るが如し。


 敵の恐怖は如何ばかりであったであろうか?


 その後は、戦う前に(こう)()う魔法士が続出。


 すぐさま魔法での治癒を手伝わせた。


 当然、救うのは味方が先。


 魔法による治癒を受けられないまま、死した敵兵は数え切れぬほど。


 一方、魔法の恩恵に与った我が手勢は二十人ばかりが討ち死にしたに過ぎぬ。


「一方的に過ぎる損害じゃのう? 治癒魔法だけでこうはなるまい?」


「逆徒共の数は多うござりました。されど思惑を違える者共の寄り合い所帯に過ぎませぬ。さらには大将連中の采配振りは拙く、おまけに手前共を侮っておったのでござります。勝機は存分にござりました。ただ――――」


「ん? 何じゃ?」


此度(こたび)は我らが武運を得てござります。さりながら、常に武運に恵まれるとは限りませぬ。明日は我が身。手際なる戦にて勝ちを得た後こそ、兜の緒を締めねばなりませぬ」


「兜の緒? そりゃあ異世界の格言か?」


「そのようなものにござります」


「そうか……。そうじゃのう……。妾は戦場に初めて立ったが、戦とは恐いもんじゃのう……。本に、恐いもんじゃ……」


 皇女は「恐い、恐い……」と何度も繰り返した。


 討死が多いことを申しておるのか?


 戦そのものを申しておるのか? 


 あるいは武運久しからぬことを申しておるのか?


「お――い! シンクロー!」


 ミナが手を振りながら俺を呼ぶ。


「用意が出来た! シャルロッテ皇女殿下をご案内してくれ!」


「分かった! すぐに参る!」


 皇女と側付きを促し、ミナの元に向かう。


 そこにはミナと左馬助、そして利暁(りぎょう)の叔父上を始めとする坊主衆が二十人ばかり集まっていた。


 そして、身体全体を包むような白い衣をまとい、白い頭巾を被った男女の姿もあった。


 皇女が怪訝な顔をする。


「あれは聖堂の司祭達ではないか? こんな場所で何をするんじゃ?」


 聖堂とは、異界の神々を祀る社のことだ。


 司祭は神主や仏僧のようなものらしい。


「ネッカーとビーナウ、それから周辺の聖堂から集めた者達にござります。これより供養を行いまする」


「供養じゃと?」


 ミナの合図で司祭達が異界の弔いを始めた。


 冥府を統べる神に同胞(はらから)が赴くことをお伝えし、死者の魂を冥府へ導いて下さるよう、お願い申し上げるのだという。


 弔いの儀をせねば、魂はあらぬ場所を彷徨い、永劫に苦悶するらしい。


 平生の弔いの儀はこれだけだが、戦があった時は、冥府の神に加えて軍神にも祈りを捧げねばならぬそうだ。


 討死した者の内、特に武勇に秀でた者は、戦乙女と申す軍神の御使いに導かれ、冥府ではなく軍神の宮殿に招かれ、軍神率いる軍勢の列に加えられる。


 故に軍神への祈りを怠れば、軍神の加護を失うのだ。


 異界の神もなかなかに厄介よな。


 異界の弔いが終わった後は、仏僧らによる読経だ。


 読経なぞ異界の者には縁なき話であろうが、手に掛けたのは俺達だ。


 討死した者が御仏の救いを得られるよう、願っておくべきであろう。


「味方だけでなく、敵をも弔うか……。騎士道の発露かのう?」


「シャルロッテ皇女殿下。失礼ですが、騎士道とは違うものと思われます」


「何じゃと? ヴィルヘルミナよ。そりゃ一体どういうことじゃ?」


「私も完全に分かっている訳ではないのですが……」


と、俺の顔を見るミナ。


 どのように申せば分かるかのう、と思いつつ話を始めた。


「そうでござりますな……。死者の為でもあり、殺生を行った手前共の罪を雪ぐためでもある、と申すべきでしょうな」


「殺生の罪を雪ぐじゃと? そんなことを気にしておるのか? 話に聞く限り、主らは情け容赦のない凄まじい戦をしたんじゃろ? なのにどうしてじゃ?」


「戦に情けは無用にござる。されど死者には情けを施さねばなりませぬ。死者は迷うことなく冥途に送り、御仏の慈悲に縋れるようにしてやるのです。さもなくば、生者に害をなしまする」


「生者に害じゃと? アンデッド……のようなものか?」


「いいえ。祟るのでござります」


「うむ? うむむむ……よう分からんのじゃが……」


 首を捻る皇女。


ミナが「そう言えば……」と口を開いた。


「東の荒れ地では、魔物の弔いまでしていたな?」


「害ある連中だが、人の都合で狩ったのもまた事実よ。粗末にすれば祟ろうぞ」


 左様に答えると、皇女はますます首を捻る。


 側付き騎士や侍女達も「さっぱり分からん」と言いたげな顔をしておる。


 唯一、やはりミュンスラー殿だけが「興味深いですね……」と眼鏡を光らせていた。


 皇女らが首を捻ったまま、読経が終わる。


「結局最後までよう分からんかったのじゃ……。異世界の習慣は難しいのう……」


「たった一度ですべて分かるというものでもありますまい」


「うむ。それもそうじゃな。それではネッカーへ――――」


「まだ帰りませんぞ」


「何じゃと? 用はまだ終わっておらんのか?」


「はっ。ただし、この後はちと血生臭い用にござります故、先にお戻りになられても――――」


「こんな(おびただ)しい数の墓を見せられて、血生臭いもへったくれもないのじゃ。そっちの用も同道させい」


「承知致しました」


 ミナが顔をしかめた。


 目が「いいのか?」と問うておる


 構わぬと、小さく頷いた。


 皇女が如何なる態度を示すか、見てみたいのでな。

読者のみなさまへ


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 連載は続きます。

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