第114話 「ご存知ありませんでした?」ミナの秘密が明かされた
「糾問使でございますか? いいえ、まったく違います」
辺境伯から来訪の趣旨を尋ねられた皇女付き女官長のミュンスターは、「わたくし共はまったく存じ上げておりません」と言下に否定した。
「推測になりますが、わたくし共と糾問使の派遣を訴える手紙は入れ違いになったのではないかと」
告げられた辺境伯は腕を組んで考え込まれた。
「入れ違い……ですか。ではその後、帝都から何らかの情報が届いた、などということはありませんか?」
「糾問使の件に関してはございません。ただ、いずれにせよ、ゲルトルート皇女殿下の御許に届けば、適切にご対応下さいます。幼稚な讒言が罷り通る道理はございません」
ミュンスターは「差し障りなど一切ない」と言わんばかりの口調だ。
出来物と噂の、ゲルトルート皇女に対する信頼が端々ににじみ出ているのが分かる。
しかし、「幼稚な讒言」か……。
この女子、なかなか言うではないか。
カロリーネがこの場におれば泣き出しておったやもしれんな。
辺境伯は俺の顔を一瞥した後、小さく息を吐いた。
「そうですか。昨日の今日で糾問使が到着したのかと思いましたが、違っていたようですね」
「ご多忙の最中にお心を乱す結果となってしまいました。申し訳ございません」
「いえ、お気になさらず。皇女殿下が糾問使というのもおかしな話だと思っていたのです。皇族が直々に糾問使をお務めになるなど前例がありませんからね。まして成人されていない殿下が糾問使をお務めになるなど、考え難いことです」
「寛容なお心に感謝致します」
「しかし、糾問使でないとすれば当家に如何なるご用件なのでしょうか? この時期に帝都からの客人など、他に心当たりはありません」
「わたくし共が参りましたのは、辺境伯閣下のご令嬢にお会いするためです」
「ヴィルヘルミナに?」
「えっ!? わ、私ですか!?」
「そうです。わたくし共は、あなたをシャルロッテ・コルネーリア皇女殿下お側付き騎士に勧誘するために参ったのです」
ミナが「私が宮廷に出仕……!?」と驚きを隠さない。
辺境伯と奥方も、困惑した御様子で互いの顔を見合わせた。
一方、ミュンスターは顔色一つ変えずに話を続ける。
「姫様のお側付きであった女性騎士が一名、めでたく結婚が決まり、退役することとなったのでございます。そこで欠員を補充する運びと相成ったのですが……。女性騎士の数の少なさは辺境伯閣下も御存知かと……」
「それはもちろん……。騎士の社会は男性優位ですからね。女性騎士も年々増えているとは聞きますが、代わりとなる人材が容易く見つかるほど、人材が潤沢ではないでしょう?」
「仰せの通りにございます。加えまして、皇族方のお側仕えを務めるに足る人材となれば、適任者はさらに限られてしまいます」
「剣術と馬術に秀でれば事足りる訳ではありませんからね。法学、政治学、兵学を始めとした学問を修めていなければなりませんし、詩歌、音楽、絵画、舞踏といった芸術にも通じていなければなりません。宮中における礼儀作法も欠かせません。いかなる身分の出身か、出自も問われるでしょう」
辺境伯の言葉にミュンスターは小さく頷いた。
「ですが、人材の不足を理由に結婚を止めろとも申せません。我々はただちに後任者の選定に入りました。ところがそこで、姫様がこう仰せになったのです。『妾の側近く仕える者であろう? ならば妾が自ら選定するのじゃ!』と……」
皇女の口調を見事に真似るミュンスター。
ヘスラッハ殿が「あははは! 女官長、姫様にそっくりですね!」と大笑いする。
この娘を見ておると、剣やら、馬やら、学問やら、芸術やらを身に付け、礼儀作法も心得ておるとはとても思えんが……まあ、人は見かけによらんのかのう?
ミナならしっかと身に付けておるように思うが、よくよく思い出してみれば、剣と馬はともかく、他については詳しく話したことも、聞いたこともなかった。
チラッと目を向けてみると、まだ驚きは解けていない様子でミュンスターの方を見ている。
尋ねるのはまたの機会とするか……。
さて、口真似を褒められたミュンスターは、怜悧な印象を際立たせる縁なしの眼鏡の一を直しつつ、静かに答えた。
「お褒めいただきありがとうございます。ところでヘスラッハ卿? 話は変わりますが、この度の騒動、如何に始末を付けるおつもりです?」
「へ?」
「姫様が御自らお側付き騎士を選定なさる事、確かにわたくしは同意しました。ですが、それはあくまで帝都で――いえ、あくまで皇城に留まっていただいた上でのこと。帝国の東辺境たるアルテンブルクまで赴くなど、許可した覚えはございません。ヘスラッハ卿は姫様を手助けなさいましたね?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
「騎士たる者が言い訳ですか? 聞く耳持ちません」
「言い訳じゃありません! 正当な弁解です。ほら! これを見て下さいよ!」
「これは……ゲルトルート皇女殿下がお遣いになられている封筒? 封蝋も皇女殿下のものですね……」
「そうなんです! 中にはゲルトルート殿下直筆の手紙が入っています! 姫様がこれを私に見せて仰ったんです! 『よいかドロテア? 姉上からお許しをいただいた。新たな我が騎士を見い出すため、妾は旅に出るのじゃ! そうそう。これはお忍びの旅じゃぞ? 最小限の人数で動く。即ち、妾と主の二人きりじゃ。皇族が動くと知られれば何かと堅苦しい話になるでな? すべては極秘裏に……。秘密の内に動くのじゃ!』って!」
「あら? ヘスラッハ卿も姫様の口真似がお上手ですね?」
「え? あはは……こりゃどうも――じゃなくて!」
「ええ、ええ。分かっております。姫様のご命令とゲルトルート皇女殿下のご許可……。この二つがあったからこそ、ヘスラッハ卿は姫様を手助けなさったのですね?」
「そうなんですよ!」
「ゲルトルート皇女殿下の書状ですが…………殿下の筆跡とは、微妙に異なるようですね?」
「…………へ?」
「紙の色と厚み、手触り、インクの色、封蝋の溝の深さ……極めて巧妙に偽装されていますが、ゲルトルート皇女殿下のものではありません」
「え……? えっ? えええええっ!? そ、そんなっ!?」
「ヘスラッハ卿が気付かないのも無理はありません。この出来であれば、宮廷書記官すら欺くことも可能でしょうから。ですが――――」
ミュンスターは「カッ!」と靴を鳴らし、背後に鞭を「ビシッ!」と向けた。
そこには、椅子に縛り付けられたままの皇女の姿――――。
「このわたくしの目は欺けません」
「おのれ……! もはやこれまでか……!」
『折檻』のせいで一時は腑抜けのようになっていたが、話の間に意識を取り戻したらしい。
鞭を向けられた皇女は悔し気な表情で歯ぎしりする。
ミュンスターは「コツコツ」とわざとらしく足音を立てながら皇女に近付く。
「お側付き騎士探しにかこつけて、自由気ままな物見遊山を楽しまれたようですね? 姫様? お覚悟はよろしゅうございますか?」
「くっ……! 殺せっ……! 辱めを受けるつもりはない!」
「甘いですね? そんな楽な道が選べるとでも?」
「どうするつもりじゃ……!?」
「この後、もう一度『折檻』にございます」
「なん……じゃと……!? 主に人の心はないのか!?」
「姫様を真人間にお育てする為ならば、わたくしは悪神にも魂を売り渡す所存です」
「魔性じゃ! 主は魔性に魅入られてしもうたのじゃ――――」
「あの……ちょっとよろしいでしょうか……?」
激しく対峙する二人の会話に、ミナがおずおずと手を挙げ割って入った。
皇女はこれ幸いと口を開いた。
「おおっ! 何じゃ何じゃ!? ヴィルヘルミナよ!? 何でも尋ねるかがよい!」
「シャルロッテ・コルネーリア皇女殿下が――――」
「それでは長過ぎよう? 許す! シャルロッテで構わんぞ?」
「で、では……お言葉に甘えます……。シャルロッテ殿下がアルテンブルクにいらっしゃった経緯はよく分かりました。ですが、どうして私をお側付き騎士に? 私は宮廷には出仕しておりませんし、帝都で評価されるような功績を挙げたこともありません。もちろんシャルロッテ殿下に拝謁したことも……。そんな私をどうしてお選びに……?」
「おん? 主は自分をそんな風に思うとったのか?」
「え? な、何か至らぬ点があったでしょうか?」
「逆じゃ。主の功績は極めて大である」
ミナは「何のことか分からない」と言いたげに訝し気な顔をする。
辺境伯と奥方も心当たりがないのか、「一体何の話だ」と首を傾げるばかり。
そんな親子の様子を知ってか知らずか、皇女は幾分大仰な口調で話し始めた。
「ヴィルヘルミナ・フォン・アルテンブルク……。宮廷に出仕する女性は上下を問わず、その名を尊敬と憧憬とを以って語る。だがしかし、邪悪にして愚劣なる男共は恐怖と後悔と共に語るであろう。事の起こりは三年前……。顔立ちに幼さを残したかの麗人の勇姿を、我らは決して忘れ得ぬ……」
「三年前……? あっ……! ダメです! その話はいけません――――」
心当たりを思い出したのか、皇女を止めようと駆け寄るミナであったが、ミュンスターが素早く身体を割り込ませ「姫様がお話されております」と足止めする。
ヘスラッハ殿も「恥ずかしがることないですって!」と訳知り顔でミナの腕を掴んだ。
そして、皇女の口から真相が語られた――――。
「かの二つ名こそ『ホーデン・ツェシュトゥーア』! ゴブリンやオーガすら、その名を聞かば遁走するは必定なり!」
「あ……ああ…………」
ガクリと膝を突くミナ。
辺境伯と奥方は顎が外れんばかりに口を開け、呆然としている。
いずれも只ならぬ様子だ。
だが『ホーデン・ツェシュトゥーア』とやらの意味が俺には分からん。
左馬助や近習衆も首を振るだけだ。
「もし? ヘスラッハ殿?」
「はい? どうしました?」
「その……『ホーデン・ツェシュトゥーア』とは如何なる意味で?」
「あれ? ご存知ありませんでした?」
「あっ……! ダメっ――――」
気付いたミナはヘスラッハ殿を止めようと声を出すが、何もかも遅かった。
「古語で『睾丸破壊者』って意味です!」
「ああっ――――!」
ミナが顔を手で覆う。
頬が真っ赤に染まっているのが指の間からはっきり見えた。
俺は俺で、予想だにしない答えに頭がついていかなかった。
「…………は? こ、睾丸? 睾丸とはその……」
「はい! 男性のイチモツとセットのアレですね!」
ヘスラッハ殿は快活に笑いながら答えた。
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