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第109話 「良い法度が出来れば良いのですが!」商人は胡散臭く告げた

「……御事情は理解しました」


 三野における魔物退治の話を一通り聞き終えると、ジンデルは厳めしい顔をさらに厳めしく歪めながら答えた。


 『威圧的』であること以外にほとんど感情らしい感情を見せなかった男が見せた、今日一番の困り切った姿にも思える。


 左馬助や近習衆は事も無げに魔物退治の様子を語ったが、こ奴にとっては度肝(どぎも)を抜かれるが如き話がいくつも含まれていたらしい。


 よくよく考えてみれば、ミナやクリス、ハンナ達冒険者も、俺達の魔物退治を目にするたび、聞くたびに、驚くやら慌てるやら呆れるやら……。


 二言目には「普通じゃない!」などと言い張られた。


 俺達は「また始まった……」とか、「大袈裟な……」などと考え相手にもしていなかった。


 だがしかし、組合(ギルド)の親玉が斯様な反応を見せるのならば――――。


「――――ミナよ。其方ら案外、真っ当な反応をしておったようだな?」


「待てシンクロー。案外とは何だ? 案外とは? 私達は至極真っ当で常識的だぞ!? 魔物を娯楽感覚で退治しようとするお前達の方が絶対におかしい!」


「御令嬢様に同感です……」


 ジンデルが少し掠れた声で、ミナに賛意を示した。


 やつれた気がするのは気のせいか?


 もはや話を聞く意欲も尽き果てたのか、それ以上は深掘りすることなく話題を変えた。


「通行許可に関するご見解は分かりました。ですが、魔物討伐は冒険者にとって貴重な収入源でもあります。簡単に諦める事は出来ません」


「貴重な収入源? ちょっと待って欲しい」


 ジンデルの言葉に、ミナが即座に食い付いた。


 思うところがあるのであろう。


「当家は数多くの魔物討伐依頼を出してきた。だが、このネッカーでも依頼の成約率は決して高くない。時期にもよるが、せいぜい二、三割。高くても五割を切る。こんな状態で本当に貴重な収入源だと言うのか?」


「ネッカー川東岸の荒れ地は広大です。魔物の生息数も多ければ、種類も多い。従って、魔物討伐の依頼数も他の地域に比べて大変多い傾向にあります。一方、ネッカー周辺の魔物討伐の報酬額は、ここ数年、低い水準にありました」


「当家の提示した報酬額が安過ぎると?」


「魔物討伐よりも高額の報酬を得られる依頼が他にも多数あったことは事実なのです。ただし、成約率が低い原因は単純ではありません。様々な要因が複合的に重なった結果でしょう。組合としましては、成約率の低さと冒険者にとって貴重な収入源である事に矛盾はないと考えます」


「そうかな? 『貴重な』と言う割に、ネッカーへ来た冒険者は魔物討伐に熱心ではなかったぞ?」 


 ミナが挑むような口調で冒険者の非を鳴らす。


 神隠しに遭った直後、ネッカーの街中で案山子(かかし)を斬る腕試しと博打に興じる冒険者連中を目にした。


 俺に絡んできたデニスもそうだが、腕っ節に物を言わせる事にのみ熱心で、真面目に働いているとはとても思えぬ連中であった事は間違いない。


「自堕落で享楽的。依頼の報酬よりも、博打や強請(ゆす)(たか)りの収入が多いような連中だ。騒ぎを起こした冒険者を検挙した事も数え切れない」


「愚かな行為に及んだ者がいたことは、組合(ギルド)としても遺憾に思います。ですが、冒険者は決して少なくないのです。中には不心得者もいるでしょう」


「こちらは街の治安維持に気を揉んでいたのだが?」


組合(ギルド)は冒険者の互助組織です。個々の冒険者を組合(ギルド)が雇用している訳ではありません。罪を犯しても、それは冒険者個人の問題です」


「口が上手い事だな――――」


 二人の応酬は続く。


 ミナは現実に見聞した出来事を挙げて攻め立てるが、組合長(ギルドマスター)は逐一反論して隙を見せようとしない。


 これまでのところ、ミナの言い分にも理はあろうし、ジンデルの言い分にも理はあろう。


 例えば、魔物討伐の報酬額については当の冒険者の中でも見方は割れておる。


 クリスが「安くてやる気にならない」と申し、ハンナが「それなりに稼げる」と申したようにな。


 真逆の意見となった原因は、二人の実力の差なのかもしれぬ。


 あるいは、二人の職の違いが原因かもしれん。


 クリスは魔法士にして魔道具士。


 容易に真似出来ぬ技芸を備えた職業であり、故にこそ稼ぎも良い。


 一方、ハンナは剣士。


 冒険者の中では数が多い職であり、得意とする技芸がない者がとりあえず就く職でもある。


 故にこそ、稼ぎが良いとは言い切れん。


 では、依頼した側に目を転じてみると如何か?


 辺境伯御自身は川向こうの魔物共を決して軽視してはおられなかった。


 ゲルトの専横故に辺境伯家の台所が困窮する中にあっても魔物討伐の依頼を出し続けていた。


 ハンナの如き意見のあるところを見れば、決して安過ぎる報酬という訳でもなかったのであろう。


 これではいつまで経っても水掛け論。


 ミナも左様な事は理解しておるはず。


 分かった上で、敢えて話題に出したとすれば――――。


「ミナ。この際だ。はっきり言ってやれ」


 ミナは「我が意を得たり」とばかり、わずかに口の端を上げた。


「陣代殿もこう言うからな。組合長(ギルドマスター)殿、無礼を承知で申し上げる」


「何でしょうか?」


「あなたは『貴重な収入源』という言葉を使ったが、為にする言い分としか思えない」


「……私が虚偽を並べ立てていると?」


 ジンデルの威圧感が増す。


 だが、ミナは平然と受け流した。


「そこまでは言わない。ただ、そちらの要求を飲ませる為に『貴重な収入源』を人質のように利用しているのではないか?」


「とんでもない誤解……いえ、曲解です」


「そうかな? 私にはあなたがこう言っている様に聞こえる。『冒険者が生活出来なくなったらどうする? 食い詰めて犯罪に手を染めるかもしれないぞ?』と……」


 くっくっく……。


 ミナの奴め、よう言うようになったわ。


 言葉戦(ことばいくさ)に備えて鍛え上げたのがこんな所で役に立つとはな。


 相手の言い分に不信や不満があるならば、それをしっかと申し、拒むべきは拒まねばならぬ。


 でなければ、相手は図に乗り要求を吊り上げていくであろう。


 このジンデルのように、談判の相手を威圧するような(やから)には特にな。


 そろそろこ奴も分かったかのう?


 俺達が与し易い相手ではない、ということが――――。


「――――この辺りで良かろう?」


「シンクロー?」


「…………」


「ジンデルよ。二つ目の要望も聞き入れる事は出来ぬ。そちらの言い分は認めがたい。諦める事だ」


「……この件も持ち帰り――」


「――それからのう。生活の糧とするために、魔物退治の依頼を熱心に請けておった者達は俺が直接雇い入れている。よって冒険者の暮らし振りを気に掛ける必要はない」


 魔物退治を熱心にやっておった者共――もちろんハンナ達の事だ。


 今では百人近くに増えたが、魔物退治以外にも、軍勢の道案内から物見まで、各々の得意を活かしてよく働いておる。


「良かったな。『貴重な収入源』とやらを案ずる必要はなさそうだぞ?」


「最初から、仰っていただければ……」


「それでは詰まらん。其方が如何なる言い分を並べ立てるか聞いてみねばのう。でなければ、腹の内を探れんではないか?」


 ミナが「全部言わなくても……」と眉根を寄せた。


 確かに、真っ向から敵するならばこちらの腹の内は隠し通さねばならぬであろう。


 ただ、こ奴からは威圧感は感じても、敵意や悪意の類はまるで感じないのだ。


 ついでに申せば、相手を下に見、軽んじ、小馬鹿にするような態度もない。


 そこがゲルトやカスパル、ブルームハルト子爵、モーザーとは違うところよ。


 どこかで手を結べる瞬間が訪れるのではないかと、何とはなしに思えた。


 そして腹の内を隠すより、大っぴらに見せてやった方が、こちらになびくのではあるまいか? とな……。


「さて、二つ目はこれで終いだ。三つめは如何なる要望だ?」


「……冒険者への依頼は組合(ギルド)を通すのが原則です。直接雇用は止めていただきたい、というのが三つ目の要望です」


「今更になって依頼を出し直し、その上で雇い直せと申すか?」


「組合が仲介する事で、冒険者にとって不利な条件の依頼を防止することが目的です」


「加えて組合(ギルド)が仲介料を()りっ(ぱぐ)れないための、であろう?」


「……御見込みの通りです」


「原則と申すならば例外もあろう? 例えば、冒険者にとって有利な条件の依頼である……どうだ?」


「…………それも、御見込み通りです」


「当家では、向こう一年間の年季で金貨一枚。働きに応じた加算もある。多い者なら金貨四、五枚程度は稼げるかもしれん。我が領内におる間は衣食住も与えるぞ」


「サイトー家は太っ腹だな。普通の冒険者なら余裕を持って暮らした上に、家族への仕送りも出来る。装備の新調も出来るかもしれない」


 組合長(ギルドマスター)が口を開く前に、ミナがすかさず言い添えた。


「さて、何か言い分はあるか?」


「……不利とは言えないようです」


「はっはっは。左様か」


「今回は様々なお話を伺うことが出来ました。一旦すべて持ち帰らせていただき、後日改めて伺います」


 ジンデルはまだ諦めていないらしい。


 腹の奥に何らかの思惑を潜ませておるのか?


 それとも、こ奴が度々気にする素振りを見せておる『近隣の冒険者組合』とやらに理由があるのか?


 辺境伯領内にしても、三野領内にしても、戦後の仕置が済んでおらぬし、例の糾問使の件も頭に入れておかねばならぬ。


 正直なところ、組合(ギルド)のために余計な時間を使いたくないのだがな……。


 ジンデルが「それでは……」と立ち上がりかけたところで、あ奴がようやく声を上げた。


「お待ち下さい。手前から一つ御提案がございます」


「今更何を申すつもりだ?」


「この談判を早急に終わらせる妙案にございます」


 自信有り気な笑みを浮かべるのは津島屋。


 ジンデルが『妙案』という言葉に反応を示した。


「……そちら様は?」


「御挨拶が遅れました。手前は三野にて津島屋なる店を開いております、堀田(ほった)孫大夫(まごだゆう)と申します。以後お見知り置き下さい」


 津島屋が深々と腰を折る。


「双方の言い分は真逆にございます。若殿様と御令嬢様は『冒険者はこの地に必要ない』と仰せになり、組合長(ギルドマスター)殿は『冒険者はこの地に必要だ』と申しておられます」


「必要か、不必要か、か。言い得て妙であるな」


「私も間違ってはいないと思う」


「……組合(ギルド)も異存はありません」


「ならば話は簡単。各々の言い分の正しさを証明する機会を設ければよろしいのでございます」


 津島屋が左様に申すと、ミナは「おい……。まさか……」と腰を浮かした。


 一方のジンデルは分かっていないらしく「何に驚いているのか」とミナに目を向けた。


 津島屋は人が良さそうに見える笑顔を浮かべて続けた。


「双方から腕利きを選び出し、衆目の前で勝負するのでございます。さすれば優劣は誰の目にも明らか。談判は瞬く間に終わりましょうぞ」


 ミナが「言うと思った……」と溜息をつき、ジンデルは不満があるのか「承服出来かね――」と口を開きかけた。


 だが、津島屋はここぞとばかりに畳み掛けた。


「そうでした。申しておりませんでしたが、手前は斎藤家の商人司(しょうにんつかさ)にございましてな。先程も異界における商いの法度(はっと)を定めるにつき、若殿様から御相談を受けていたのです。どうやらこちらには、冒険者以外にも様々な組合(ギルド)があるとか。組合(ギルド)は日ノ本にはござりませぬ故、適当な法度を作れるか気を揉んでおります。いやぁ、良い法度が出来れば良いのですが!」


「――…………」


「ところで組合長(ギルドマスター)殿? 手前のご提案、もちろんお受けいただけますね?」


 多分に脅しを含んだ説得に、ジンデルは首を縦に振るしかなかった。

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