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第106話 「坊主の沙汰も銭次第よ」ミナは頭を抱えた

「若殿様も御無事でなによりでございました! はっはっは!」


 八千代の『指南』により別人の如く変容したカロリーネと引見した日の夕刻、時ならぬ来客がネッカー辺境伯邸を訪れた。


「殿様も年来の御不例(ごふれい)が嘘のように御元気な御様子で!」


 目の前で大笑する僧形(そうぎょう)の中年男は、朝方起こった小さな地震により、例によって神隠しに遭った者だ。


「其方が飛ばされたのは荒れ地の大株(おおかぶ)であろう? 俺の元に来るのは明日でも構わなかったのだぞ? 離ればなれであった家人(かじん)もおるであろうに」


「とんでもございません! ここは異国……どころか異界なのでございましょう!? しかも日ノ本に戻る方法がないと伺いました! ならばこの地で生きていく算段を一刻も早く付けねば! 異界にて如何に商いを致すべきか……。もう楽しみで楽しみで仕方がありません! 腕が鳴りますなぁ!」


 僧形の中年男は神隠しで異界に飛ばされた不安など、露とも見せずに笑う。


 と、そこで、部屋の扉が叩かれた。


 入るよう返事をすると、左馬助に案内されてミナがやって来た。


「シンクロー! また異世界から飛ばされた者がやって来たんだって!?」


「うむ。其方に紹介しておこうと思うてな。当家と深い付き合いのある商人(あきんど)だ。三野に店を持っておる」


「お初にお目に掛かります。三野にて津島屋と申す店を構えております、堀田(ほった)孫大夫(まごだゆう)道正(どうせい)にございます」


「アルテンブルク辺境伯アルバンの娘、ヴィルヘルミナだ」


 ミナは津島屋の姿をまじまじと見た後、不思議そうに尋ねた。


「リギョー殿とよく似た御姿なさっているが、異世界の聖職者ではないのか?」


「『セイショクシャ』にございますか?」


「仏僧や神官の事だ」


「左様にございますか。異界では、僧形の商人はおらぬので?」


「俺は見た事がないのう」


「なるほど……。御令嬢様、日ノ本では、商人と言わず、御武家様と言わず、御仏の御加護を得るため僧形(そうぎょう)となる者が多くいるのでございます」


「商売の便宜を図るため寺社の庇護を受けておる商人は多いからのう。いや、寺社の庇護にある者が商売もしておると申した方がよいのか?」


「両方でございます。現世の利得も神仏の御沙汰次第にございます故……」


「商売の為に聖職者の格好を……? その……抗議を受けたりはしないのか……? 聖職者の格好は神聖なもの……では?」


 躊躇いがちに尋ねるミナに、津島屋は笑顔で答えた。


「払うものを払えば良いのでございます」


「坊主の沙汰も銭次第よな」


「異世界の聖職者とは一体…………」


 ミナは頭を抱えてしまった。


「御令嬢様、難しくお考えになる事はありません。慣れればそのうち分かる日も来ましょうぞ」


「うう……そうだろうか……?」


「もうちろんにございます」


 一通り挨拶を終えた後、津島屋は俺に向き直った。


「さて、手前が急ぎ馳せ参じましたのは、御家老の佐藤様や御蔵奉行の松永様より、若殿様が異界での商いについて思案なさっていると伺ったからにございます」


「うむ。日ノ本と異界とでは商いの(ならい)も異なるのでな。(いち)を開くにせよ、往来を認めるにせよ、法度(はっと)を定めぬ訳にはいかぬ。そのためには三野の商人衆から意見を徴さねばならぬが、商人司(しょうにんつかさ)がおらぬでは如何ともし難い」


「ご迷惑をお掛け致しました……」


「気にするな。いつ神隠しに遭うのか、人の身には分からん事よ」


「シンクロー、『ショウニンツカサ』とは何だ? 何かの役職のようだが……」


「異界には『ぎるど』なるものがあろう? 商人司は『ぎるど』の長のようなものよ。商人からの税の取り立てやら、市の差配やらを、力ある商人に任せておるのだ」


「商いの事は、御武家様が事細かに御指示なさるよりも、手前共商人に任せていただいた方が上手く回ると申すもの。その代わりと申しては何ですが、納めるものはきっちり納めさせていただきまする」


「なるほど……商業の自治を認める代わりに税の取り立てを……。確かに組合ギルドとよく似ているな。まあ、組合(ギルド)はどちらかと言うと既得権益を守るための利益集団に近くなっているが。最近は新規参集者を頑なに認めない組合(ギルド)も増えているし……」


「ほうほう……。ならば『ぎるど』は()の如きものやもしれませぬな」


「異世界にも組合(ギルド)と同じような組織があるのか……。世界は変わっても、人間のやる事に大した違いはないんだな……」


「真に。面白き事にございますなぁ」


「でも、税をきちんと納めるとはうらやましい。領主は増収を目論んで頻繁に臨時課税をし、組合(ギルド)は常日頃から税の額を誤魔化そうとする……。制度が正常に働いた(ためし)がない」


「頻繁な臨時課税? それはイカン。商人と喧嘩をするが如き仕置(しおき)は感心せぬ。(ぜに)に嫌われてしまうぞ?」


「左様にございます。銭と上手く付き合えなんだ御大名方は悉く没落されております」


当代(とうだい)にあって、命脈を保った建武(けんむ)以来の名家が如何程あるか。馬鹿の一つ覚えの如く、野放図に関銭(せきせん)段銭(たんせん)を取り立て、濫りに徳政を発した。滅んで当然よな」


「こ、恐い事ばかり言わないで欲しいんだが……」


「恐ろしき話にございます。()れど、銭とよろしく付き合えなんだ者の紛れも無き末路にございます。やはり商人(あきんど)は大切にしていただきませんと。もちろん手前共も約定はしっかと守りまする。それでこそ、仕組みが成り立つのでございます」


「神前にて誓いを立て、起請文も交わす。破れば神仏の罰が下ろうぞ」


「……聖職者を散々都合よく扱っている割に、その信仰心は一体何なんだ……?」


 ミナが疲れた顔で溜息をついた。


「ところで津島屋よ。日ノ本の様子は如何か? たびたび神隠しが起っておると思うが、如何なる騒ぎになっておる?」


「事の次第を正しく掴んでおられる方はいらっしゃらないかと……。手前は三野が消え去ったとの報せを受け、ひとまず岐阜にて様子を窺っておりましたが、『消えた』と申す事以外には何も分からず、途方に暮れておりました」


 三野が神隠しに遭った後、京屋敷と大坂屋敷も神隠しに遭った。


 次いで名護屋の陣屋と九州衆の故地(こち)


 その後は津島屋のように、所用で三野の外へ出ていた者が飛ばされてくる。


 たった一人で飛ばされる事もあれば、十人ばかりが一度に飛ばされる事もある。


「違いと申せば、土地や建物が神隠しに遭う時は大きな地震。人が神隠しに遭う時は小さな地震……くらいだな」


「日ノ本に地震は付き物にございます。地震と神隠しを結び付けるのは難しゅうございますなぁ」


 津島屋の「日ノ本に地震は付き物」の辺りで、ミナは「聞きたくない!」と言いたげに耳を閉じて首を振った。


「他の者の話は聞いておらんか?」


「岐阜や大垣には、手前のように帰る当てを失くした方々が逗留とうりゅうしておられました」


「熱田屋は如何しておる?」


 熱田屋は、津島屋と共に商人司を任せている商人だ。


 二人揃ってこちらへ来てくれればよかったのだが……。


「尾張の常滑にいらっしゃると耳にしておりますが、詳しくは分かりませぬ」


「左様か……。では、此度神隠しに遭ったのは其方だけか?」


「手前と店の者にございます。ただ、よくよく思い出してみれば、共に逗留していた方が前触れなく、不意に姿を消される事がありましたな。急に行く当てが出来て()たれたのかと思っていましたが……。あれも今思えば神隠しなのでしょうな。三野に帰って調べれば見付かるかもしれません」


「ううむ……。これでは如何なる次第で神隠しに遭うのかまるで分からん。まだまだ異界に来ておらぬ家臣がおるのだが……」


「えっ!? そうだったのか!? もう結構な人数だと思っていたが……」


 ミナが目を丸くする。


「人数だけ見れば確かに多い。だが、各地へ遣いにやった者達も来ておらぬし、三野から離れた地に所領を持つ者も来ておらん。のう? 左馬助?」


「家中で重きをなしておられる方もいらっしゃいますので、気掛かりでござりますな」


「家中で重き? では……重臣にあたるような人物が?」


「そうなのだ。佐藤の爺の息子も、藤佐(とうざ)の父親も来ておらん」


「利暁様の御嫡男も、でござります」


「あ奴の所領は河内、和泉、大和に播磨……あちこちに散っておる。本人は大坂城よ。来るにしてもどうなる事やら……」


「サトー殿の子ならシンクローの伯父、リギョー殿の子はシンクローの従兄弟か。サイトー家の親族にも消息の分からない者がいるとは……」


「親族がいないとはな……困ったものよ……」


「心配だな……」


 ミナが気遣わし気に目を伏せたが――――。


「――――あ奴らがおると何かと仕事を押し付けられるんだがな」


「そっちか!」


 ミナの素っ頓狂な声に皆が笑う。


「さて、神隠しの件はここまでにして、商いの話へ戻ると致そう」


「待っておりました!」


「早速だが、神隠しに遭う前に頼んだ件、あれはどうなった?」


 津島屋がチラリとミナを見た。


 申してよいのかと目が問うておる。


「構わん。ミナは身内同然よ」


「……然らば申し上げます。雑賀や根来より、鉄砲鍛冶の心得がある者を招き入れてございます。太閤殿下の御勘気を被り改易された御家の衆からも幾人か。これにて三野でも鉄砲が作れまする」


「でかした! その者らは此度……」


「手前と共に神隠しに遭ってございます」


 唐入りのせいで堺や国友の鉄砲の値が上がってしまった上に、納品されるまで長い時を要するようになってしまった。


 領内でも作れないかと鉄砲鍛冶の引き抜きを命じていたのだ。


 ただし、この時分に引き抜けるとすれば、不遇をかこつ者――要は禿鼠(はげねずみ)に睨まれた者達となる故、危なくはあったが……。


 ここは異界。


 もはや、禿鼠や石田治部めの目を気にする必要もない。


「とは申せ、万事恙無くとは申せません。鉄砲は作れても玉薬を……特に硝石の調達を如何にするか……」


「それなら案ずる事は無い。ネッカー川を下った所にビーナウと申す港があるのだが、そこに良質の硝石を安く扱う商人がおる。既に渡りも付けておるぞ」


「真にござりますか?」


「しかも硝石の量は湯水の如くよ。玉薬は作り放題ぞ?」


「なんと……!」


 津島屋が目を大きく見開いた。


 日ノ本では、硝石の商いは南蛮商人頼み。


 故に値も張り、玉薬は常に不足気味であった。


 作り放題など、あり得ぬ話であったのだ――――。


「――――若、御注進致します」


 春日源五郎が部屋の扉を開けた。


「御目通りを願い出る者が参っております」


「何? もう日暮れではないか? 何者だ?」


「はっ。アルテンブルク冒険者組合の組合長と名乗っております」


「冒険者組合……だと?」


 ミナを見ると、首を横に振った。


 心当たりはないらしい。


 まさか商人司(しょうにんつかさ)と『ぎるど』の話を聞き付けてやって来た……のではあるまいが……。


「……少し待たせておけ」


「はっ」


 ハンナ達はともかく、冒険者に良い印象はない。


 さて、その親玉が何用であろうかのう?

読者のみなさまへ


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 連載は続きます。

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