第13話 「黙れ。見れば分かる」新九郎は腕試しに勝利した
「さあさあさあ! これで九十九回目の失敗だ! もう挑戦者はいないか? いないのかっ!?」
この腕試しを仕掛けた小柄な行商人は、銀貨で一杯になったザルを両手で抱え、笑いが止まらない様子で挑戦者たちを煽り立てている。
「クソっ! どうして案山子ごときを斬れねぇんだ?」
「イカサマでもしてるんじゃないか?」
「それはねぇよ。あの行商人が何度か案山子を変えるのを見てだろ?」
「しっかり見張っていたが何か仕掛けた様子はなかったぜ」
「そう言えばワラが濡れてなかったか?」
「水くらいでどうなるってんだよ! もっと真面目に考えろ!」
「もうやめとけ。証拠もないのに難癖つけりゃあ、こっちが役人に訴えられちまう」
冒険者たちが尻込みし始めた。
それを見て、行商人がこんなことを言い出した。
「よし! それならさらに特典を付けるぞ! 成功者には金貨一枚に加えて……これまで失敗した者が支払った参加料も付けよう!」
冒険者たちがどよめく。
既に九十九回失敗しているから、支払われた銀貨も九十九枚。ほとんど金貨一枚分に相当する。
腕試しに成功すれば、金貨二枚の大儲け。
向こう二年近く生活は安泰だ。
「もう一回挑戦させろっ!」
冒険者達を押しのけて、身の丈九尺はあろうかという大男が前に出た。
筋肉の塊のような身体をしており、服ははち切れんばかり。
己の頑丈さに自信があるのか、肩当て以外には大した防具を身に付けていなかった。
ミナの目つきが険しくなる。
「デニスか……」
「知っておるのか?」
「この町では名前の知られた冒険者だ。巨大な体躯と腕っぷしの強さ、そして粗暴な性格で……」
そんなデニスが手にするのは、巨大な両刃の剣。
長さは他の長剣と変わらないが、幅や厚みが倍近くある。
分厚い鉄の板を握っている様にしか見えない。
デニスは剣を大きく振りかぶり、
「うおりゃあああああああああああああああ!!!!!」
周囲の歓声を打ち消すような雄叫びと共に振り下ろしたのだが――――結果は無惨。
案山子は土台ごと宙に浮いたがそれで終わり。
真っ二つになることなく派手に倒れただけだった。
「なんでだ!? さっきもこうだった!」
「残念でしたねお客さん。おっと……気に入らないからって暴力はなしですよ? そこに辺境伯様のご令嬢もいらっしゃっていますからね」
視線が一斉にこちらへ向く。
冒険者達はようやく俺達に気付いたようだが、行商人はとっくの昔に見つけていたらしい。
油断のならない男だ。
さて、野次馬で終わるつもりだったがどうしてくれよう?
この行商人、捨て置いてよいものか――――。
「ミナ、頼みがある」
「何だ?」
「銀貨を一枚貸してくれ」
「ま、まさか挑戦するつもりか!?」
「そのまさかよ。まあ、見ていろ。我に勝算あり、だ」
望月に目配せすると大きく頷いた。
無礼者共に目に物見せてやれと訴えている。
ミナは逡巡していたが、左馬助にも止める様子がないと見て、仕方なさそうな顔で銀貨を出した。
銀貨を受け取った俺は行商人に歩み寄った。
「辺境伯様のご家中の方に挑んでいただけるとは手前も鼻が高うございます!」
「俺は家中の者ではない。客人だ」
「お客人? 珍しい服をお召しになっておられますが……辺境伯様のお客人ならば、さぞかし名のあるお方なのでしょうな」
「世辞はよい」
「とんでもございません! 全身から漂う風格にあてられたのでございます!」
「よく舌の回る奴だ。それはともかく条件を確かめておきたい」
「案山子を上下真っ二つにしていただければ結構です。使う道具も自由。ただし、魔法や魔道具の使用は禁止でございます」
「分かった」
商人に挑戦料の銀貨一枚を手渡す。
すると冒険者達から歓声が上がった。
「妙な格好だな。腰の剣も見た事がねぇ」
「あんな細い剣じゃ切れねぇよ。デニスだって無理だったんだ」
勝手な予想が始まる。
「ちょっと待て。あいつは確か……」
「そうだ! ポニーだか、ロバだかに乗っていた奴だぜ!」
「辺境伯様も落ち目だな! あんな情けない奴がお客人かい!」
先刻、俺達の馬を馬鹿にした連中も残っていたらしい。
左馬助は相変わらず冷たい目で連中を見据えている。
今度は辺境伯まで侮辱されたとあって、ミナの目付きも険しい。
一方、俺は無視した。
斯様な連中は、力の差と言うものを見せつけねば収まらぬ。
目に物を見せて、ぐうの音も出ないようにせねばならんのだ。
案山子に近付こうとすると別の方向から声が飛んだ。
「よしきた! 賭けだ賭け! 一口銀貨一枚だぞ! お客人! 賭け終わるまで待ってくんな!」
冒険者の一人がザルを片手に胴元を買って出ると、瞬く間に銀貨が投げ入れられていく。
「ここで締切だ! 『斬れない』に十三口、『表面だけ斬れる』に十六口、『四分の一斬れる』に五十七口、『半分斬れる』に三十四口、『倒れる』にも十四口だ!」
腕試しが進むうちに経験が蓄積されたのだろう。
単純に斬れるか否かではなく、買い目は細かく分かれているようだ。
「『斬れる』はどうした?」
「残念だなお客人。『斬れる』は……なんと『なし』だ! 悪く思わねぇでくれよ? あんたの細い剣じゃ仕方ねぇ!」
胴元の冒険者は、俺の腰の刀を見て笑った。
「そうか。ではミナ。銀貨をもう一枚貸してくれ」
「え?」
「俺は俺自身に賭けよう。『斬れる』に銀貨一枚だ」
ミナに借りた銀貨を胴元の冒険者に渡すと、正気を疑っているような目で見られた。
誰かが「格好をつけやがって!」と野次を飛ばす。
「いいのかい、お客人?」
「構わん。お主らこそ、俺の得物を見ずに判断したことを後悔するかもしれんぞ?」
「へ? いやだって、あんたの得物は腰の――」
「左馬助」
「はっ!」
左馬助が細長い包みを手に駆けつける。
紫色の包みを解くと、中から現れたのは身の丈を超える長さの太刀だった。
「なんだよこいつは……」
「知らぬか? 大太刀と申すものだ」
冒険者達が唖然とする中、行商人が思わずといった体で呟いた
「刃だけでも尋常ではない長さですが……」
「刃渡りが五尺。柄も合わせれば六尺程度にはなろうか」
「尺という単位は分かりませんが、二メートル……より多少は短いくらいでしょうか?」
目を丸くする行商人。
一方、冒険者達からは嘲る様な言葉が聞こえ始めた。
「けっ! なんだよあの剣! あんな長いものがまともに振れるのかよ!」
「そもそも抜けないんじゃねぇのか!?」
「違いねぇ!」
ドッと笑い声が起こる。
ミナが心配そうに声を掛けた。
「冒険者達に同調したくはないが、本当にこの剣で挑むのか?」
「我に勝算ありと言っただろう? 左馬助、大太刀を貸せ」
「抜刀のお手伝いは?」
「不要だ。少し驚かせてやろう」
左手を鞘に、右手を柄に添える。
「――――ッ!」
「お、おい! 抜きやがったぜ!」
「マジかよ!? どうやったんだ!?」
この抜き放ちの技は曲抜きという。
芸人が見せ物にするために編み出した芸の一つだ。
柄の握り方、鞘の位置、腰の使い方――――タネも仕掛けもある抜き方だが、親切に教えてやることもあるまい。
かつて太閤殿下に披露するため身に付けたものだが、まさか異界で役に立つとはな。
大いに度肝を抜けたようだが、連中の驚きはまだ続く。
「な、なんだあの剣? 刃が光り輝いてるぜ……」
「どうやったらあんな刃になるんだよ……」
「ちょ……お、お客様? その剣は一体……」
「黙れ。見れば分かる」
睨みつけると、ようやく雑音が途絶えた。
大太刀を担ぐように構えを取る。
力は不要。
静かに振り下ろせばそれでよい。
「――――――――ふっ!」
バシュ! …………ボトッ
短い呼吸と共に振り下ろした大太刀は、案山子を袈裟掛けに両断した。
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