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第96話 「母上め……戦の匂いを嗅ぎ付けたか」新九郎は笑った

「左馬助、(かね)を鳴らせ」


「はっ!」


 カーンッ! カーンッ! カーンッ!

 カーンッ! カーンッ! カーンッ!


 甲高く透き通った(かね)の音が響く。


 戦場(いくさば)喧騒(けんそう)を物ともせずに響き渡る。


 法螺貝(ほらがい)陣太鼓(じんだいこ)の音は散々響いておったが、此度の戦で鉦が打ち鳴らされるのは初めてだ。


 斎藤家においては、鉦の音が示す合図はたった一つ。


 全軍挙げた総攻めだ。


 竹梯子の上から忍衆の声が飛ぶ。


「――――山県勢と九州衆、どっと駆け出してござります!」


「左馬助、ヨハンも前に出せ」


「はっ!」


「義兄上! 僕も……」


「良し。大いに励め!」


「はいっ!」


 クリストフが馬に跨り駆け出していく。


 直後、ヨハン率いる異界の衆が喊声と共に駆け出した。


 一塊になって敵勢へ向かって行く。


 ミナも前に出たそうな顔をしていたが――――、


「――――うぐっ……!」


「お父様っ!」


 辺境伯がその場にうずくまる。


 後方から、医師の曲直瀬(まなせ)道玄(どうげん)が「動かしてはなりませぬ!」と叫びながら駆けて来た。


「先生! お父様が!」


「落ち着きなされよ御令嬢」


 曲直瀬先生が脈を計り、辺境伯の呼吸を確かめた。


「……脈がちと速い。呼吸は乱れておるし、嫌な汗もかいておられる。辺境伯、ご無理をなさいましたな?」


「い、いや……。少し疲れが出ただけで……」


「左様な台詞(せりふ)は無理をする者が申すものと相場が決まっておりまする」


 辺境伯は随分と回復なされた。


 だが遠出をするのはまだ難儀。


 ましてや戦場に御出(おい)でいただくなど以ての外だ。


 敵方の掲げた大義を打ち砕く役目はミナとクリストフだけでも良かった。


 だがしかし、辺境伯はそれでは足りぬと申された。


 敵方は、辺境伯は気が触れただの、死の床にあるだのとほざいておる。


 ならば本人が出て行くのが何より。


 ネッカーの戦では一度も姿を現す事が出来なかった。


 この戦は辺境伯領の仕置(しおき)の為のもの。


 己が一度も姿を見せぬ訳にはいかぬ、とな。


「――――辺境伯は見事に御自身の御役目を果たされました」


 膝を突き、うずくまる辺境伯と目線を合わせた。


「この上は御身体を大切になさいませ。戦の後こそ大仕事が待っておりますぞ?」


「……分かりました。サイトー殿にお任せします……」


「承知致しました。ミナ、辺境伯をお守りせよ」


「わ、分かった……」


 辺境伯は駕籠(かご)に乗せられ、ミナと曲直瀬先生の付き添いで後ろに下がられた。


「爺」


「はっ」


「辺境伯をお守りするため、馬廻衆から百ばかり割け」


「ネッカーへお戻りいただかなくともよろしいので?」


「申し上げてもお戻りにはなるまい。戦の始末を見届けると仰せになるはずだ」


「……でござりますか」


「うむ。敵を追い詰めた後、機を見てビーナウへ入っていただく。あちらは――――」


 ドォン! ドォンドォン! ドォォォン!

 ドンドンドンドンドォン! 

 ドォォォン!

 ドォォォン!


 ビーナウに目を転ずると次々と爆発が起こっていた。


 火薬の爆発にしては黒煙の量が少ない気がする。


 おそらく魔法の爆発だ。


 竹梯子の上に「ビーナウは如何か!?」と問うてみるが、「爆発が激しく何も見えませぬ!」と返事があった。


「仕方ない……。カヤノ! ちと下りて参れ!」


「何?」


「お? 機嫌は直ったか?」


「……少しはね。ようやくあいつらを攻めてくれたし」


「それは重畳(ちょうじょう)。ところで一つ頼みがある。ビーナウの様子が知りたいのだ。其方(そなた)の樹から何が見える? 何が聞こえる?」


「仕方ないわね……」


 言いつつカヤノは目を閉じた。


「えっとね……。あの何とかって魔道具師……」


「クリスか?」


「そうそれ。クリスとクリスによく似た女が魔法を撃ちまくっているわ」


 カヤノは樹を通して見聞きした光景を語り始めた。



『おほほほほほっ! 泣きなさい! 叫びなさい! 私の愛するビーナウを攻めた罪、ここで贖ってもらうわよ!』

『ドォン! ドォン! ドォン! ドォォォン!』

『ビ、ビーナウの災厄だ!』

『逃げろ! 炎の魔法で焼かれるぞ!』

『ママずるぅい! 抜け駆けは禁止ってトーザ様が言ってたのにぃ!』

『私は駆けていないわ。魔法を撃っているだけよ!』

『屁理屈よぉ! それならアタシも――――』

『ドンドンドンドンドォン!』

『災厄の娘だ!』

『母娘揃って来た! もうダメだ!』

『あはははははは! 飛び散りなさぁい! 弾け飛びなさぁい!』

『やるわねクリスちゃん……! それならママはもっと……!』

『ドォォォォォォォォォン!!!!!』

『あ、あの……御二方? 魔法を撃つなとは申しませぬが、少し加減をしていただけませぬか? このままだと我らの進む道が……』

『あらトーザ様? ここまで攻撃する事を我慢させておきながら、あの(にっく)き敵に手加減をしろと仰るの?』

『無理無理ぃ! ストレスが溜まり過ぎて手加減なんて出来ないわぁ!』

『左様ですか……。それならクリス殿への礼銭は無かった事に……』

『ちょっとぉ! どうしてそうなるのぉ!?』

『命に従っていただけない方へ払う(ぜに)はござりませぬ』

『ぐぬぬぬぬぅ……』

『残念ねクリスちゃん! ママはサイトー様に雇われた訳じゃないから好きにやってるわ!』

『仕方がありませぬな。クリス殿、ついでに御母上も止めて下され』

『ア、アタシに死ねって言うの!?』

『おほほほ! クリスちゃんがこの私を止めようなんて百年早いわ!』

『そうでした。ハンナ殿もよろしくお願い致す』

『えっ!? う、嘘でしょ!?』

『礼銭……』

『わ、分かりました! 分かりましたよ!』

『あっ! ちょっとあなた達! 何をするの――――』

『今だ! 打って出るぞ! 掛かれ掛かれい!』



「……てな感じ」


「はっはっは! 藤佐(とうざ)も苦労しておるな!」


「――――ビーナウの加治田勢! 町の中から打って出ました!」


 ビーナウからも(かね)の音がけたたましく打ち鳴らされておる。


 北からヨハン率いる異界の衆、北西から九州衆、西から山県、南から藤佐(とうざ)に攻め立てられ、敵勢はいよいよ逃げ場を失った。


 唯一攻撃の無い東へ向かって逃げるしかないが、そこにはネッカー川が流れている。


 浅瀬を探して渡れぬ事もなかろうが、渡った先は三野。


 果たして如何するのかのう?


 えいえいっ!

 おおおおおおおおおおおおおっ!


 東の方から時ならぬ(とき)の声が響いた。


 竹梯子の上から声が飛ぶ。


「ネッカー川の向こう岸に赤備え! 筵旗(むしろばた)を立てた百姓衆の姿もござります! 赤備えは二、三百! 百姓衆は千を下らず! むっ……!?」


「如何した!?」


「赤備えの先頭に女子(おなご)の姿が……御方様では!?」


「母上め……戦の匂いを嗅ぎ付けたか? それとも丹波の入れ知恵か? 百姓まで()()し数を揃えるとは抜け目がない……」


「百姓と言えども槍や弓を持ち、腹巻をして陣を構えれば立派な軍勢にござりますからな」


「敵方はあれがまさか百姓だとは思うまい」


「何で釣りましたかな? 銭か、それとも諸役(しょやく)の免除か……。いずれにせよ、落人(おちうど)の人取り、乱取りは勝手次第でござりますな」


「敵方が憐れよのう。必死に川を泳ぎ渡っても、身ぐるみを剥ぎ取られ、あとは何処へ連れ去られるか分かったものではない」


「敵は如何なる道を選び取るのでござりましょう? 見物(みもの)ですな?」


 再び竹梯子の上から声が飛んだ。


「敵勢がネッカー川に達してございます! 川に飛び入る者は数知れず! ()れど――――」


()れど? 何かっ!?」


「あれは……溺れております! 数多の者が溺れております!」


 忍衆の伝えた川の様子は凄絶(せいぜつ)であった。


 攻め立てられ、浅瀬を確かめる間もなくネッカー川へ飛び込む敵勢。


 だがしかし季節は晩秋。


 川の水は冷え切っている。


 水練が達者な者も、そうでない者も、たちまち身体が冷え切り、溺れる者が続出し、次々と川面(かわも)の下へと消えていく。


 どうにか泳げた者も溺れる者に群がられ、組み付かれ、踏み台とされ、浮くことすら出来なくなり沈んでいく。


 運良く向こう岸に泳ぎ着いたとしても、待っているのは母上率いる赤備えの弓鉄砲。


 そして人取り、乱取りに餓える百姓衆の襲撃だ。


 ネッカー川は数多(あまた)の死体が流れ、流血で赤く染まった。


「憐れ憐れ、憐れよのう。利暁(りぎょう)の伯父上に、経の一つもあげてもらわねばならんな……」


「ねえ。あいつら何だか様子がおかしいわ。騒ぎが起きているみたい」


「ほう? この期に及んで仲違いでもしておるのか?」


「えっとね……」



『ブルームハルト子爵が逃げた! 逃げやがったぞ!』

『畜生めぇ! 俺達は置き去りだ! ふざけやがって!』

『違う! 子爵は戦死なさったんだ!』

『裏切り! 寄騎貴族が裏切ってサイトーに付いた!』

『もうダメだ! 俺達は皆殺しだ!』



「……だって」


「くっくっく……。だ、そうだぞ? 左馬助?」


「流言飛語でござりますかな? 先が思いやられますなぁ」


 しゃあしゃあと(うそぶ)く左馬助。


 流言飛語を()き散らしておるのは忍衆で相違あるまいに。


「――――敵勢に動き有りっ!」


 竹梯子の上からまた声が飛んだ。


「白の四方旗を掲げております!」


「白旗だと? 異界では確か……」


(こう)()う証のはず……!」


「――――御注進っ! 御注進っ!」


 陣中に一騎駆け込んで来た。


 戦場を検分しておるはずの竹腰であった。


「まだ戦の最中であろうが。(いくさ)目付(めつけ)が何用か?」


「白旗を掲げた敵勢が総大将を捕えて差し出しております!」


「何? ブルームハルト子爵か!?」


「左様で! 如何に致しまするか!?御下知おげち下され!」


 俺の心は、直ちに決まった。

読者のみなさまへ


 今回はお読みいただきありがとうございます! 


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 連載は続きます。

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[良い点] 敗軍の将が腹を召すのは誉ぞ。
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