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第93話 「器量無き者に示す忠義なし」新九郎は吐き捨てた

「テッポーの音が少し違う?」


 ミナが首を傾げる。


 戦場を見回すが、もはや何処で放たれたものか分からない。


 そもそも響いたのは一、二発程度。


 馬上衆の喊声と馬蹄の音、敵勢の悲鳴、あらゆる音に紛れてしまったのだ。


 ダァ――――ンッ!


「まただっ! この音だっ!」


「あれを見て下さい!」


 ヨハンが戦場を指差す。


 それは三十人ばかりの敵勢であった。


 徒歩(かち)の雑兵が数騎の騎士を囲んで陣を組もうとしておったようだ。


 内一人の頭が弾けた。


 遠目で見ても、盛大に血飛沫(ちしぶき)を散らせた事がはっきりと見て取れた。


 大きく()()るようにしてどっと倒れる。


 敵勢がざわつく。


 いくら鉄炮に撃たれたとは申せ、尋常な死に方ではない。


 敵勢から少し離れた所に目を転じてみれば、馬上衆の一人が馬を下り、鉄炮を構えておった。


 放ち終えるや、さっと馬に(またが)って距離を取る。


 さらに――――、


 ダァ――――ンッ!

 ダァ――――ンッ!


 てんで別々の方向から、やはり馬を下りた馬上衆が鉄砲を放っている。


 放ち終えるや、さっさと馬に乗って走り去るのも同じだ。


 そして撃たれた敵が尋常な死に方をせぬ事も同じ。


 異界の全身鎧で身を覆った騎士が、胸から血を噴き出し落馬した。


 片手に盾を構えた兵が、盾ごと後ろに飛ばされるように倒れた。


 鉄炮玉は全身鎧だろうが、盾だろうが、お構いなしに貫いて敵を打ち倒す。


 敵勢から恐怖に満ち満ちた悲鳴が上がった。


 ミナとヨハンが驚きを露わにした。


「何なんだあれは!? い、いくらテッポーでもあの威力……!」


「て、鉄の鎧や盾を貫くなどと……」


其方(そなた)らには士筒(さむらいづつ)を見せておらなかったか?」


 クリストフに九州衆に見せてもらっておらぬかと尋ねたが、首を横に振った。


「鉄炮には散々撃たれましたが、そこまでは……」


其方(そなた)らの知る鉄炮は鉄炮衆が携えておるものであろう? あれは小筒(こづつ)と申す鉄炮だ」


 ミナが首を傾げた。


「『コヅツ』? 『コ』とは小さい……という意味だろうか?」


「左様。小筒は撃てる玉が小さく、火薬の量も少ない。故に取り回しが容易く、誰でも扱いやすい。大勢で息を合わせて鉄砲を扱う鉄炮衆に適しておる」


「ならば『サムライヅツ』は『コヅツ』より大きな玉を撃てる?」


「小筒の玉は、重さが(さん)(もんめ)ほどだ。士筒はその三倍、(じゅう)もんめはある」


「三倍!?」


「その分だけ火薬の量も多くなる。小筒に比べて鉄砲自体も重く、値も張る。故に十分な財を持ち、修練を積んだ者にしか扱えぬ」


 馬上衆には士分(しぶん)の者が多い。


 士筒を(あがな)えるだけの(ろく)()み、幼き時分(じぶん)から武芸の鍛錬を欠かさなかった者達だ。


 数こそ少ないものの、馬上衆の士筒は敵勢に恐怖を植え付けたであろう。


 全身鎧に身を固めても、盾を構えても、士筒に狙われては命がないのだ。


 味方の死に様が何よりの証だ。


 鉄砲を放ち終えた馬上衆は馬で後方へ駆け戻り、供回りから弾込めの終わった別の鉄砲を受け取る。


 短筒(たんづつ)を用意している者もいるらしい。


 馬に乗ったまま片手で撃つつもりなのだろう。


 槍や太刀、弓に持ち替える者もいるし、馬を乗り換える者もいる。


 供の徒武者(かちむしゃ)を引き連れる者もいる。


 こうして再び敵勢へ攻め込んでいく。


 戦い方を変幻自在に変え、敵勢を追い立て続ける。


 斯様(かよう)(せわ)しなくされては、敵勢に心の休まる暇はなかろうな。


 集まる事も抗う事も許さず、西から東へ向けてジワジワと追い詰められていく。


 クリストフが騎馬は一斉突撃するものと申したが、馬上衆は遮二無二突進するような真似は決してせぬ。


 かと申して、複雑な動きを取る事も無く、深追いする事も無い。


 必殺の一太刀浴びせれば、敵に囲まれる前に身を翻す。


 その繰り返しだ。


「――――素晴らしい自制心です」


 ヨハンが呟いた。


「敵に対して有利となれば、どうしても勢い込んで攻め立てたくなるものです。なのに彼らはそれをしようとしない……」


 鉄砲の音を探し求めてキョロキョロしていたミナも「確かに……見事なものだ……」と続いた。


「ほう? 其方(そなた)らには左様に見えるか?」


「は? 違うのですか?」


「馬上衆は何も我慢をしておらん。誰も彼もが大将首を求めて心が(はや)っておろう」


「まさか……」


「シンクロー、冗談は()してくれ」


「いえ、義兄上(あにうえ)の仰ることは御尤(ごもっと)かと」


「クリストフには分かるか?」


「馬上衆の方々は敵大将の孤立を狙っているのです」


「九州衆に預けた甲斐があったな。よく見えておる」


「恐れ入ります」


 合点のいかぬ顔をしているミナとヨハンに、クリストフが説明を始めた。


 今の戦場を一見すると、我が方が優位に敵勢を攻め立てておるようにしか見えぬ。


 だが、九州衆に削られたとは言っても、敵勢は未だに千五百以上の兵があろう。


 いや、もしかすると思ったより手負いが少なく、二千近く残っておるかもしれぬ。


 戦場において、敵勢の数を正確に把握し切る事ほど難しいものもないからな。


 これに対する山県の(そなえ)は五百。


 その内、戦場を駆け回っておる馬上衆は百騎だけ。


 いくら敵勢が浮足立っておろうと、大将首を求める余り敵中へ下手に攻め入れば返り討ちになるやもしれぬ。


 では如何にして大将首を獲るか?


 答えは難しくない。


 大将の周りから、邪魔な雑兵共を引き剥がす。


 雑兵共に思い知らせるのだ。


 体勢を立て直そうと群れ集まれば、途端に馬上衆から攻め立てられる。


 馬上衆は群れ集まる者共を狙っておるのだと。


 狙われれば、士筒の餌食(えじき)になるだけだと。


 これを続ければ、雑兵共はきっと斯様(かよう)に考えるであろう。


 集まれば危ない! 散り散りになって退()くしか生き残る道はない! ――――とな。


「ずっと……ずっとそれを狙いながら攻めているのか!?」


「間違いありません。九州の皆様は仰っていました。大将首は雑兵が崩れてこそ獲れるもの、と」


「し、しかし自分の主人や上官を置き去りにして……」


「忠義に厚い者なら自分の命に代えても守ろうとするでしょう。ですが、末端の兵一人一人に至るまで、そんな事が期待出来るでしょうか?」


 ミナは言葉を呑み込み、ヨハンも押し黙る。


「忠義は主君たるべき器量を示してこそ得られるもの。主君だからと申して只で手に入るものではない。器量無き者に示す忠義なぞあるものか」


「……身につまされる話だ」


 ミナが唇を噛む。


「この光景をよく見ておけ。勝ち目無しと悟った雑兵が崩れるのは早いぞ? 一人崩れれば歯止めは利かぬ。雪崩の如く軍勢は崩れ去る。後に残るは討たれるのを待つ首のみ。手柄が畠の瓜の如くに転がっておるわ」


 百人ばかりの敵勢が崩れた。


 雑兵が次々と逃げ散る。


 大将らしき騎士が声を張り上げて何か申しておるだが、誰も聞く耳は持たぬ。


 逃げ散る敵兵には目もくれず、馬上衆は騎乗のままで、あるいは馬を下りて徒歩(かち)にて敵将へ迫る。


 騎乗の者が組討ちせんと敵将に迫った。


 敵将はこれを(かわ)したが、徒歩(かち)の者が馬の足を槍で払った。


 崩れる馬から転がり落ちる敵将。


 馬上衆がすかさず取り囲む。


 間もなく――――、


「敵将討ち取ったり!」


 そこかしこで、功名(こうみょう)を叫ぶ声が響いた。

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