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第89話 「大将首は何処か!?」敵は恐怖に涙した

「九州衆っ! 鉄砲を放ち始め――――いえ、放ちながら進んでござりますっ! 敵本陣まで一町ばかりっ!」


 竹梯子の上から忍衆が叫ぶ。


 さて始まった。


 日ノ本において鉄砲に長けた者共は数あれど、鉄砲を放ちつつ、足を止めることなく軍勢の歩を進める業においては、九州衆の右に出る者はおらぬ。


 鉄砲と言わず、弓と言わず、また石と言わず、飛び道具を使えば足を止めて狙いを定めるが定石(じょうせき)


 加えて鉄砲には玉込めの手間もある。


 だがしかし、九州衆は定石を破っておる。


 玉を込めつつ、鉄砲を放ちつつ、歩を止めずに前へ前へと進むのだ。


 敵を撃つばかりが鉄砲の使い方ではない。


 九州衆は敵の動きを制し、敵へと近寄るために鉄砲を用いておる。


 次から次へと絶え間なく放たれる鉄砲に、敵は頭を下げ、身を隠さざるを得なくなる。


 この隙を奇貨(きか)とし九州衆はひたひたと迫り来る。


 思いも寄らぬ内に間を詰め、気付いた時にはもう遅い。


 取り付かれ、組み付かれ、あっと言う間に陣を破られよう。


 ドォンッ!


「九州衆の手前で魔法が弾けてござります!」


 このまま進めばミナが案じた通り、魔法が九州衆に当たるであろう。


 隼人(はやと)戸次(べっき)は如何にするつもりかのう?


 クリストフが申したように、手負いを覚悟で進むか?


 九州衆ならば手負いなど恐れはすまい。


 ただ、戦が始まったばかりで手負いを出すのも馬鹿馬鹿しい――――。


 うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!


「くうっ……!」


「こ、これは……!?」


「始まりました……!」


 腹の底を揺らすかの如き大音声(だいおんじょう)


 離れておるのに、まるで耳の真横で叫ばれているようだ。


 驚くミナやヨハンに対し、クリストフは「来るべきものが来ただけだ」と訳知り顔だ。


 この凄まじき音の響きに馬達が落ち着きを失う。


 黒金(くろがね)は慣れたものよと涼しい顔をしておるが、ミナやヨハンの馬は激しく(いなな)いておる。


 口取(くちとり)が慌てて宥めに掛かった。


「どうどうどうっ! な、何だこの音は!?」


「さ、叫び声だと思いまいますが……。これが人間の出す声なのですか?」


「そうです。九州の方々が突撃の前に気合を入れたのでしょう」


「気合い? 気合いだと言ったか!? 何が気合いだ! これがそんな生易しいものか!?」


「まるで殺意の塊です! 殺意が音となって襲い掛かって来たような……」


「これもまた武器よな」


「シンクロー?」


「ミナは言葉戦いを経験したであろう? あれは悪口(あっこう)雑言(ぞうごん)を並べ立てて相手を言い負かすもの。こちらは蛮声(ばんせい)を張り上げ相手を圧し、恐れを抱かせる。いずれにしても敵方の士気は地に墜ちようぞ」


「て、敵本陣に残った者達は、カヤノ様曰く『帰り支度』をしていたと……」


「要は戦う前に逃げようとしておった訳だ。左様に腰が引けた奴原(やつばら)、九州衆の蛮声を前にして、まともに立っておられるかな?」


「ちょっと」


 カヤノが宙から俺を呼ぶ。


「魔法や矢の数が減ったわ。なんか逆方向に走り出したのもいる。あれって逃げているのかしら?」


「で、あろうな」


 間もなくして、大音声が少し変わった。


 敵を叩き潰さんばかりの蛮声が、敵を目掛けて進む喊声(かんせい)に変わったのだ。


「九州衆が掻楯(かいだて)を並べたまま()っと押し出してござります! 魔法も矢も物ともしておりませぬ!」


 一町を駆け抜けるのに時はいらぬ。


 喊声が轟いてから幾許(いくばく)もせぬ内に、九州衆は敵本陣に達した。


 掻楯(かいだて)を足場代わりに柵を乗り越え、あるいは鉤縄(かぎなわ)で柵を引き倒し、敵陣へと雪崩れ込む。


「もはや敵方に九州衆を防ぐ術はあるまい」


「何てことだ……。九州衆が布陣を終えてから半時間も経っていないんだぞ!?」


「じ、時間にも驚きですが、キューシューは六百、敵は二千でしょう? キューシューが強い事は分かっていましたが、三倍の敵をこんなあっさりと……」


「九州の方々ですから。それも当然です」


 驚き呆れるしかないミナとヨハンに、クリストフはやはり当たり前だと言いたげに答えた。


 竹梯子の上にある忍衆は敵陣を眺めたまま何も言わなくなった。


 もはや仔細(しさい)を申さずとも、敵陣が崩れ去るのは誰の目にも明らかであった。


「シンクロー……。訊いていいか?」


 ミナが訝し気な顔で尋ねた。


「味方が勝っているのに、どうしてこんなに静かなんだ?」


 ミナの言葉にヨハンが「はっ」と気が付く。


「確かに……。あちらの騒ぎで気が付きませんでしたが、私達以外で誰も口を開いていません……。皆、押し黙って……」


「陣中においては故無く高声(こうせい)を発してはならぬと、法度(はっと)で取り決めておる。あらかじめ申し伝えたであろう?」


「聞くことは聞いたが……」


「味方が勝っているのに、ここまで静かとは……」


 当家の静けさに気圧されたのか、異界の衆で立てた(そなえ)も静かなものだ。


 一時は声が上がったようだが、既にそれも収まっている。


「秩序なく高声が上がっては大将の命が聞こえぬ。時として味方が乱れる元ともなる。間者(かんじゃ)(はかりごと)も防げぬであろう? 風説を叫ばれては厄介だからな。下知(げち)なく叫んだ者が間者だ」


「あの蛮声もすべて命じた通り……」


「然り。兵たる者、蛮声であろうと、喊声であろうと、自在に発してこそである」


「秩序立って蛮声を叫ぶ、か……。矛盾した話に聞こえるが、秩序立ってこそ敵を圧倒し得るんだな?」


「なんと強固な軍紀でしょうか。兵の上げる声一つさえ操るとは……。ここまでのものとは思っていませんでした……」


 やがて、敵陣の南や東から、算を乱した敵兵が、もはや兵の体をなさずに逃げ散りだした。


 ある者は西に山県勢あるを見て、慌てふためき(きびす)を返し。


 またある者は北に俺が率いる馬廻衆あるを見て、腰を抜かして地を這った。


「ねえちょっと。一体何が起こったの?」


 カヤノが俺の元まで下りて来た。


 何か腑に落ちない事でもあったのか、不思議そうな顔をしておる。


「見ての通り九州衆が敵を崩したのだ」


「それは分かるけど……逃げる奴らがちょっとおかしいのよ」


「何?」


「どうしてあんなに泣いているの? そんなに怖い目にあったの?」


「泣いている、だと? ……ふむ、カヤノよ」


「何?」


「どんな声が聞こえる? 九州衆や敵方は如何なる事を申しておる?」


「声? えっとね……」


 カヤノが次々と言葉を並べ始めた。



『掛かれ掛かれっ!』

『今ぞっ! 敵を追い崩せっ!』

『手柄は思いのままぞ! 大将格を探し出せっ! 首を獲れっ!』

『大将首は何処(いずこ)か!?』

『魔法師はおらんか!? 見付け次第に討ち取れ!』

『面倒じゃ! 悉く首を落としてしまえ!』

『雑兵も小者も撫で斬りじゃ!』

『斎藤の御家に弓引いた報いを思い知らせよ!』

『おおっ! あの豪奢(ごうしゃ)(かぶと)を見よっ!』

『あれこそ大将首ぞっ!』

『すわ掛かれっ!』

『馬から落とせっ!』

『く、来るな! 来るなぁ!!!』

『何か申しておるぞ!?』

『何と申しておるのだっ!?』

『異界の言葉は分からん!』

『構わん討ち取れ!』

『や、止めてくれ――――』

『敵大将討ち取ったり!』

『こちらにも敵大将じゃ!』

『討てっ! 討ち取れっ!』

『ま、待てっ! 待て待てっ! 金をやる! 金をやるから命だけは――――』

『むう!? 何か差し出しておるぞ!?』

『さては異界の魔道具とか申すものではっ!?』

『ただの革袋に見えるがのう?』

『異界には魔法があるのだ! 下手に近付いてはならん!』

『恐れる事はないっ!?』

『おおっ! 戸次(べっき)様じゃ!』 

『御奉行衆は通詞(つうじ)の魔道具をお持ちのはず!』

『あ奴は何と申しておるのでござりますか!?』

『魔法を放つための呪言(じゅごん)ではっ!?』

『違うっ! あれは(ぜに)を差し出す故、命を助けよと申しておるのじゃ!』

『な、何とっ!?』

『で、では生け捕りになさるので!?』

『無用っ! この()に及んで大将が命乞いなぞ武門の恥辱に他ならぬ! 恥を知らぬ者を許さば我らの名も汚辱に(まみ)れようぞ! 聞く耳無用!』

『ならば討つべし!』

『大将首じゃ! 早い者勝ちぞ!』

『銭も分捕りじゃ!』

『ま、待て――――』

『敵大将討ち取ったりっ!』

『次は魔法師じゃ! 早う討ち取れ!』

『魔法を使われては厄介じゃ!』

『杖を持っておる者が魔法師ぞ! おらぬかっ!?』

『おりましたぞ! 杖を持っておりまする!』

『く、来るな! 来るな――――!』

『ふん! 魔法なんぞ当たらなければどうと言う事はないっ!』

『ダァ――――――――ン!』

『む? 流れ玉に当たったようじゃ』

『止めを刺せ! 魔法を使わせてはならん!』

『――――敵魔法師討ち取ったり!』

『こちらでも魔法師を討ち取ったぞ!』

『九州衆聞けい!』

『御大将じゃ! 長井様じゃ!』

下知(げち)した通り、地に伏した者も見逃すな! 必ず止めを刺せ! 魔法師はひとりでに動く大筒(おおづつ)の如きもの! 生かしては厄介ぞ!』

『杖を手にしておらねばどの者が魔法師か分かりませぬ!』

『ならば悉く咽喉(のど)を掻き切れ! 言葉を出せねば魔法は使えんっ!』

『おうっ!!!!!』

『くっ……!』

『こ奴! 死人のふりをしておったか!?』

『魔法師やもしれぬ! 逃がすな討ち取れ!』

『ぎゃあああああああ!!!!!』



「――――って感じね」


「ふむ、ようやっておるわ」


「頼もしき限りにござりますな」


「さすがは九州の方々です」


 俺や左馬助、クリストフが九州衆の働きぶりに感心する横で、異界の衆は脂汗を浮かべておった。

読者のみなさまへ


 今回はお読みいただきありがとうございます! 


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 連載は続きます。

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[一言] 鬼島津と対して変わらんやん九州衆。敵に対してトラウマ植え付け大成功w。
[良い点] 首!首をよこせ、それが無理なら命を出しな!!
[一言] 回りに回って敵が憐れだ(笑)
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