第九十七話「一番やる気を感じない場所に走るのは鉄板ですよ」
敵に囲まれている。
おそらく木々の中にも潜んでいて、逃がす気はないだろう。
俺は斥杖ナーガをベルトから握る。
アヤメはそれを見て宝剣マラクの方を構える。
同時に前へ走り出した。
「シルランス!」
敵のスキルだろう。風が吹き荒れた。
「グラビラ!」
俺は杖ナーガのスキルを唱えた。
こいつはグラビラドンの特性を持っていて、重力が使える。
背後に見えない力場が発生して草がつぶれた。
よくある空間を重くするタイプだ。
「ショット!」
「レインズ!」
風の刃を押しつぶしてもすぐに追撃が来る。
単発の衝撃と、上空から矢の雨が降り出した。
「グラビラ!」
「チェスト!」
俺のスキルに合わせて、背後から素早い兵が強襲を仕掛ける。
どれも強力だろう。あえて上から攻撃してきている。
敵はグラビラの特性をある程度把握したみたいだ。
確かに重力で押しつぶされるなら上からそれに乗って攻撃すればいい。
グラビラドン戦でイチがやった戦法だ。
だから効く。
「なっ!」
どの攻撃も当たらなかった。というよりも逸れた。
グラビラは下に押しつぶすだけじゃなくて、方向を選べるタイプだ。
俺は斜め前に方向を定めたグラビラを放ったのだ。
敵が様子見の攻撃をしてきたのであえて下に潰して見せた。
囲っている以上グラビラを超える横方向の攻撃は同士討ちの危険がある。
そうすると有効打の選択肢が上からの攻撃になると誘導できる。
横から来たフェイントも同時に捌いて難を凌いだ。
「へぇ」
「アヤメ合わせろ!」
「はい!」
ブランカのいる方向へ走った。
というのもクルスのちょうど反対側で待機をしていた。
そしてある程度戦い方を知っているからこそ突撃する。
「リバウォル!」
「マラク!」
「グラビラ!」
前方向の敵は防御の構えを取った。
しかもご丁寧に雷魔法を受け止めるための水の壁だ。
アヤメはもとより、敵ではなく地面に雷を放出していた。
俺はアヤメと一緒に足元から上へ向かってグラビラを放つ。
バチリと地面に流れている雷魔法がスパークして稲光を飛ばす。
大量の雷で閃光が溢れ、ウキョウ兵は俺たちを直視できなくなる。
「大ジャンプ」
俺とアヤメはグラビラを使って大きく飛び上がった。
上下斜めの重力発生と、グラビラは本当に便利なスキルだ。
伊達に迷宮攻略品じゃない。
「グラビラ!」
そして空中でもある程度の融通が利く。
俺たちは飛び上がった体をそのまま斜め前に素早く落ちて、
「シャドウ!」
その先にキーリの影を召喚した。
アヤメと一緒に背に着地して、キーリの四つ足が素早く駆け出す。
ブランカに向かったのはこれが理由だ。
「ブランカは移動能力系はないよな流石に」
「一番やる気を感じない場所に走るのは鉄板ですよ」
おそらくウキョウ兵の中にはブランカ並の実力者が他にいた。
俺がボスならそいつらを均等に配置する。だからブランカが穴だ。
ブランカはあの時、夏休み最終日に宿題全部押し付けられた顔をしていた。
「助かったよ」
「速攻勝負ですので。ブランカが情にもろいのも悪いのです」
あくまで初見殺しで行くのならウキョウ兵からも逃げられる。
「他もさすがにアヤメとも顔見知りだからか、即殺すみたいなやつらもいなかったからよかった」
「そんなのお兄様くらいですよ。ブランカ筆頭にあとでお仕置きタイムですね」
心の中でちょっとだけブランカに感謝しておく。
「追撃が来ないな」
「いえ、お兄様は諦めていないかと……っ!」
「さっそくか!」
俺たちを追うように真っ黒な雨雲がのぼってくる。
とぐろを巻くそれは完全に自然現象から離れていた。
「あれやったのウキョウかよ! キナワに攻撃したようなもんだぞ」
「天候杖、抜錨」
「……っキーリ!」
聞こえたのは前方から。
俺は咄嗟にキーリを旋回させたが間に合わなかった。
雨雲から大量の雷が槍のように降り注いだ。
「ご主人様これを!」
「うぉわぁ!」
アヤメがとっさに俺へ宝剣マラクを手渡す。
雷の攻撃で運がよかった。
キーリとアヤメは帯電が、俺は宝剣マラクが吸収してくれる。
「なんだよあれ」
「聖器です! ウキョウに保管されている中でもとびきり汎用性の高い聖帝ウィザの杖です」
「なぜ死なない?」
声は上空から。
クルスが動く雨雲を踏み台にして俺たちの元まで飛んできたようだ。
天候杖何て名前からして天気を操るタイプだ。
「さぁ、お兄様がへたくそなのではありませんか? 運動があまり得意ではありませんでしたものね」
アヤメが煽る。修羅場も慣れたもので汗もかかない。
たまたま雷で助かった形だが、あそこで雷を選んだことで推察できる。
雷は早く便利だが、俺たちに有効じゃないことは前の行動で知れたはず。
つまり戦力こそ上等だが経験のなさからくる安易な行動でミスをしている。
あれ、これだけ聞くとすごい間抜けだな。
「ほら、ご主人様もそんなだからあなたは私たちを逃すって」
「思ってない」
「…………」
クルスの眼は静かに見下しているが、口端がつり上がりそうだ。
俺にはわかる。アヤメもあんな感じに切れる時がある。
アヤメは分かって、完全にブチギレない程度の挑発を続けた。
「なにが俺のやりたいことですか。ルールも守れない子供の理屈です」
ここからどうするかだ。
おそらく敵の雷以外の攻撃は竜巻やら暴風雨やら汎用性は高いやつだろう。
キーリを走らせないと後続が追い付いてくる。
だが走らせればクルスは攻撃を焦る。
現状一番簡単な解決方法を模索して、
「なぁアヤメ。お兄ちゃん捕まえちゃうか」
俺が挑発のとどめを刺してしまったかもしれない。
クルスが手に持っていた杖を持ち上げた。
天候杖は見た目そこらへんに落ちていそうな葉の付いた木の枝だった。
「ご主人様!」
「すまん!」
「いいとおもいます!」
アヤメのテンションがおかしい。兄に会って舞い上がっているのかも。
俺としてはオリジナルスキル以上にやばそうな相手を本気にさせたくない。
クルスは、杖の矛先を俺たちに向け――
「ダメダメ、そういうのはよくないんだよお兄さん、お姉ちゃん」
ぴしゃりと、この空気に割り込める声がする。
耳元でささやかれるような、女の声だった。
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