第九十五話「ご主人様、そろそろ龍の角に入ります」
聖地へ向かうには龍の角を登る必要がある。
ひとたび中に入ればモンスターが生息するダンジョンみたいな危険地帯だ。
ヒハナやブランカと別れ、キナワ大使館で一晩を過ごす。
カイドウに着いた翌日には、聖地に向かう事となった。
「龍の内部ってことだし、そう言うことだよな」
既に龍の角の前まできている。
「今日からよろしく頼むよ」
メドゥに期待されるが、あまりうれしくない。
キナワ側の聖地遠征組はざっと三十人程度だろうか。
キナワ盟主のギリというおっさんを中心に二十人くらい。
副盟主メドゥには俺たち含めて十人というメンツだ。
「少なくない?」
「だから君たちを補充したんだろ」
俺たちはもちろんメドゥ側の護衛だ。
メドゥには直属兵がレウス含めて三人で、残りは迷宮探索者だ。
「だいたい、龍の角を渡るだけでこれだけの護衛を連れてくることはないからね。ギリおじさんに直属兵はほとんど渡してしまったよ」
キナワで一番偉いらしい盟主ギリは筋肉モリモリのおっさんだ。
元はダンジョン攻略に精を出していた男だとか。
ダンジョン攻略で功績を残した奴が聖器を使用しやすく、そうなりやすい。
「ギリおじさんも聖器に選ばれているけど、用途がダンジョン探索のためだからここまでもってこれない。キナワはダンジョンから国力をつけ成り立つ国なわけだけど、こういう時に困るよね」
「元々持っていた聖職者の意向に沿うときに力を貸してくれる装備なんだろ。キナワの聖職者がダンジョン大好きな奴ばっかりっていう」
「ウキョウはそういう意味では融通の利く聖器を持っているだろうね。相対したら勝てないよ」
俺たちが今いる龍の角入口にウキョウの人達はいない。
龍の角は複数の入り口があって、当然バッティングしないようにしている。
「私としては交流を深めたかったんだけど断られてね」
「やな予感がしたんじゃないんですか?」
「はてさて」
「答えたくないならいいんですけど、聖器こっちももってるんですよね?」
「…………まぁ、使えはしないけどね」
メドゥはあると答えた。
とはいえこの話し方だと隠したいものというのは本当らしい。
不安材料そのものではあるが。
「まー!」
「ご主人様、そろそろ龍の角に入ります」
アヤメが話題を逸らす。
龍の角の入り口はツタの隙間といえばいいだろうか。
近づくと角の表面に模様が刻まれているが、何かの文字だろうか。
「反転するよ」
メドゥが先に入っていってしまう。護衛対象なのに。
俺たちも急いで龍の角に入って、一瞬目が回った。
「うぉっ……」
だがそれもすぐ終わる。
俺の目の前に広がったのは森と、壁の森と、空の森だった。
円形の筒の内側にいるみたいだ。
「龍の角はその内部表面が引力を持ちます。故に登るという表現をしますがまっすぐ前へ歩いていくことで聖地へとたどり着く構造をしているのですね」
「壁も天井も歩ける超大型トンネルって感じだな……」
龍の角の中は大きな空洞で、内側の面が重力を持ち地面となる。
SFでたまに見る筒状のコロニーといえばいいか。
なんにしても、目の前のずっと先にしか空がないのだ。
横を歩けばそのまま角の裏側をぐるぐるする。
「そして後ろには入ってきた穴と……」
背後地面を見ると俺たちが通った穴が足元にぽっかり空いている。
後ろは逆にどんどんと暗くなって先が見えなくなっていた。
メドゥが驚いている俺を見てうれしそうに笑っていた。
「聖地の反対は何処に続いているのかわからない。凶悪なモンスターがいたりと色々理由はあるけれど、好奇心で進むにはリスクが高すぎるのさ」
「まあ好き好んでいくつもりはないよ。そういうのは魔奥の森で飽きた」
キナワの遠征隊は驚きに立ち止まっているのが半分くらい。
盟主ギリに至っては護衛を連れてとっとと歩き出している。
「さて、ユイくんたちはこの龍の角の予習は済ませてきたかね」
「……聖地には修道士がジョブを昇華させるために龍の角を通る儀式があって、そこまでの道はいくつも整備されている。特に龍の角には専用の宝珠が三つ常に置かれていて、それぞれが巡礼地となっているんだろ」
俺はサンが持っていたカイドウの観光目録をある程度呼んでいた。
龍の角はダンジョンの構造をしているが、一般の人が通っていける。
道は整備され、休憩所の宝珠まであるからだ。
「聞く分にはそこまで危険な場所には見えないな」
「もちろん迷ったらその限りじゃないけどね。道を外れなきゃそう悪いことは起きないはずだよ」
「モンスターだ!」
キナワ兵の誰かが叫んだ。
「まー……」
マーチャンが欠伸をしているので脅威ではないはず。
ただちょっと大人数のためごたつき、遅れて情報が届く。
「モンスターが出現したようですが斥候が対処したとのことです」
「アルミラとゴブリンとのこと」
アルミラはカイドウ観光目録にもあった。
絵からして角の生えたウサギのモンスターだ。
レベルはそこまで高くないがすばしっこく戦うこともせず逃げるとか。
メドゥは顎に手を当てて眉をひそめた。
「ゴブリンなんて珍しいね……」
「モンスターが出るんならゴブリンはメジャーじゃないのか?」
「まあ出ないわけじゃないんだけど、そもそも龍の角はモンスターと出くわすことが稀なんだ。ゴブリンなんて出現報告自体ない。だから彼らも驚いたんだろうね」
間が悪かったという事だろうか。
アヤメに視線を渡すが肩をすくめられる。
「まー」
マーチャンの意思を受け取って、考えを後回しにする。
索敵範囲にモンスターが引っ掛かったらしい。
ゴブリンたちのような脅威じゃなく、マーチャンが反応するだけの気配。
「ご主人様」
「あれか……?」
アヤメもマーチャンの事がわかってきたのか周りを探していたようだ。
そして上空の、天井にある木々の隙間から見えるモンスターに目を凝らす。
俺は一度見間違いをして瞬きをしてしまった。
「キーリ……ではないよな」
というのも森の中に隠れていたモンスターが、キーリそっくりだったのだ。
キリン種といったか。
珍しいらしいが、出くわすこともあるんだな。
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