第九十四話「それ言われたらもう何も言えないじゃん」
ブランカが片手を振ると、周りにいた男たちが離れていった。
「何してんの? うちのダンナに何か用でもあんのか」
「挨拶」
「やめとけ」
ブランカがついて来いと目くばせしながら歩き出した。
俺たちもそれに従って大使館から離れる。
「お嬢サマはよ、クルスの兄貴になんて言うんだよ。悪かったって謝るのか?」
「それは……」
「やめとけやめとけ。前にもあったぞ、敵対した領主がクルス様に謝りに来てな。そいつになんて言ったと思う?」
「……」
「『本当に申し訳ないと思っているのなら、なぜお前はまだ生きている』だってさ」
「それ言われたらもう何も言えないじゃん」
俺は相手というか分の悪さに苦笑いしてしまう。
アヤメは薄々わかっていたようだが、ちょっとショックを受けている。
「お兄様は……私を……」
「相当嫌ってるね。じゃなきゃ殺さないっしょよ」
ブランカは遠慮のない物言いをする。わざとだろう。
俺としては分かりやすくて助かるが、人によっては嫌いそうだ。
もちろんアヤメはそのタイプなので、話題を変える。
「どこに向かってるんだ?」
「ん、特に決めてねぇよ。場所よりも情報だよ、今必要なのは。だからこうやって出向いてやったんでしょうが。ただでさえピリピリしてんだ。キナワ関係者との戦闘なんてシャレになんねぇからな」
「情報?」
ブランカは片目を閉じてこちらに探りを入れる。
「キナワの方でも何か掴んでないのか? 今回の三国会議がきな臭いってのは」
「いや……きな臭いのか?」
「心当たりあるんじゃねぇか」
ブランカが俺の思考を見抜いて笑う。
たしかにメドゥが嫌な予感をぬぐうために俺たちは連れてこられた。
「正直に言うと何か起きる気はみんなしているが、気がしているだけだ」
「なんだよそれ」
「すまない。そっちの情報があるなら聞きたいくらいなんだ」
「……しょうがねぇな」
ブランカは頭をかいて苦い顔をする。そういう奴だったな。
「まずひとつ、キナワが今回の会議に聖器を持ってきているという話がある」
「初耳だよ。千種眼は持ってきてないぞ」
「まあ持ってきちゃいけないなんて盟約はねぇからそこまででもないんだけどよ、その聖器の情報がなんもねぇってのが気がかりだ」
「それがひとつめか。ウキョウがピリピリするにしてはちょっと大げさなんじゃないか?」
「マジでなんも教えられてないくちか……」
ブランカはそこで頭をがくりとうなだれる。
「ふたつめ、オレたちが何の問題もなくカイドウに着いたことだ……」
「ん、どういう――」
「まさか、来ているのですか」
アヤメはすぐに思い立ったようだ、険しい顔をして俺の前に出た。
俺はよくわからなかったが、
「あら、偶然ね」
その声を聴いてはっとなった。
鈴の様に穏やかな声は、何かの始まりを告げていた。
「ヒハナ姉さん」
「ええ、お久しぶりねアヤメ。再会できてうれしい」
ヒハナが両手を合わせて喜びの声を鳴らす。
そのあとで、隣にいる男二人に映る。
「ユイくんもこんにちは。ブランカは迎えに来てくれたのかしら?」
「迎えられたことが恐ろしいですよ」
「正直に言うのね、失礼にもほどがあるけど」
ヒハナはアヤメの姉であり、優しく危険な人だ。
波乱万丈のギフトスキルという、彼女の周りにトラブルが絶えない特性。
「ヒハナ姉さんはウキョウからこちらに?」
「ええ、魔列車って便利なのね。初めて駅にまで乗ったわ。ここ数日はとっても穏やかに観光できているし、クルスお兄様についてきて正解だったの」
ヒハナは機嫌がいいのか、肩がウキウキに揺れる。
「ヒハナ様が、数日間何もなくカイドウの聖地に近づいている。つまりそういう事だよ。予感だけしている。こっちがあんたらにあれ話すわけにもいかねぇし……」
ウキョウがどうしてピリピリしているのかこれで分かった。
俺がふーんと聞き流していたら、アヤメに肩を掴まれた。
「ヒハナ姉さんが一度だけ屋敷に一か月もの間何もなく暮らしていた時がありました」
「あ、アヤメ?」
「後に悪辣革命と呼ばれるそれは、モンスターが城内からも沸き出しウキョウ全土を巻き込んだ厄災とまで言われています。犯人の宰相は処刑されましたが、ウキョウの貴族が何人も死にました。私の幼馴染もその時に……」
「まぁそれがあったからクルス様が若くして重役を背負わされてるわけで」
「あなたたち、私を何だと思っているの」
ヒハナは慣れているのか、二人の雰囲気で傷つきはしない。
「私が長く安定しているとね、それだけ大きなことが起きる前兆みたいに言われるの」
「でも、ヒハナさんは助けてくれるんですよね」
「ええもちろん。アヤメとユイくんのお姉さんですから」
ヒハナは頼られてにっこり微笑む。
いやブランカもアヤメも流石にちょっと酷いでしょ。
「で、酷いブランカは私を探しに来たの?」
「ええはいそうですとも。何処に行ってたんですかい?」
ヒハナは雪の付いた道を落ち着いた様子で歩き出す。
俺としては、アヤメを責める空気自体は払えたので従う。
「学校よ、会いたい人は可愛い妹」
「あぁ、そういえばいましたね」
「会えなかったけれどね」
アヤメが言われて思い出したみたいに口を開く。
俺は記憶をたどるが、ちょっと曖昧だ。
「ヒハナさんの妹ってことは、アヤメの他に」
「はい、もう一人だけいます。キャンという名前の妹が」
クルス、ヒハナ、アヤメ、キャン、イルカ。
アヤメの五人兄妹の中で俺の知らない最後の一人だった。
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