第九十一話「あるじさまの身に着けているものを。ひとつ」
カイドウに行くための準備はほぼ整った。
俺のアイテムの中には携帯職や野宿するための道具を入れてある。
万が一に孤立してサバイバルとなっても生きていくためだ。
「あるじさま!」
そして任務も明日に迫ったころに、奴隷の三人が揃って部屋に来た。
アヤメもベッドの上で明日の準備をしている手を止めた。
サンが三人を代表して俺に話しかける。
「明日はとうとうカイドウに行ってしまうのですね」
「ああちゃんと戻ってくるよ。サンたちだってそのつもりで待っていてくれよ」
「は、はい! あの、そのそうなんですが」
「どうした?」
サンがそわそわしている。変な意味じゃなく初々しさを感じた。
ニィが二人に目配せをしてから、スッと俺にそれを見せた。
「主さま、お受け取りください」
「僕たちが用意しました」
「箱? 開けてみるぞ」
俺はニィから手のひら大の箱を受け取って、中を開く。
入っていたのは、ネックレスだった。
「これは……」
「わたしたち三人が決めて買いました。あるじさまがアイテムの指輪を入れるネックレスを欲しがっていたのを聞いて、ミントさまにお願いしていました」
「俺のために買ってくれたのか?」
思えば、イチはダンジョンでの取り分を三人で使うよう与えている。
ニィとサンにも、不便がない様にお小遣いは渡していた。
そんなちょっとした自分のためのお金を、俺のために使ったのだ。
「あの、そのためにミントさまにあるじさまがネックレスを買ってしまわないよう言伝をしておりました。ご不便をかけて申し訳ございません」
「ニィめが一晩抱きしめ心を込めました」
「僕も頑丈なのが手に入るよう……主様!?」
「わ、わぁぁ……」
泣いてしまった。
三人が驚いて引いてしまっている。
「主さまが泣いてしまいました」
「あ、主様どうしたのですか! 嫌だったのですか!」
「う、うれじい……」
俺がこんないいものをもらえると思ってなかった。
三人が俺のためにネックレスを買ってくれたことが、うれしかった。
アヤメがため息を吐いてわかったような顔をしている。
「あ、アヤメ……」
「私はわかっていましたよ。三人ともありがとうございます」
「は、はい!」
「ご主人様、ここでつけてあげてください。三人が喜びますよ」
「うん……」
俺は金櫃の指輪にもらったネックレスを通して首にかける。
イチもニィもサンも、ネックレスを付けた胸元をのぞき込んでいた。
こっ恥ずかしかったが、甘んじて受ける。
「ありがとう……」
「ご主人様、涙を拭いてください。主として示しがつきませんよ」
「まぁぁぁ」
アヤメが指で涙を掬ってくれる。
残りはマーチャンでごしごしされた。
「今日ほど三人がいてくれてよかったと思う日もないぞ」
「そう思うのでしたら、帰ってきてください。わたしたちはあなたがいないと生きていけませんので」
「わかった、約束する」
サンが俺の胸に飛び込んできた。
三人の中で一歩引く彼女の大胆な行動に少し驚いた。
「サン、どうしたんだ?」
「不安です。キーリが消えてしまったみたいにいなくなってしまうような気がして」
「そうなったら、奴隷であるサンも一緒だよ」
「帰ってきてください。生きているだけじゃダメです。わたしたちの傍にいて」
サンはまだ不安が拭えないのだ。
俺の言葉を信用したくてもそういうのは理屈じゃない。
「じゃあ、望みとかあるか? 帰ってきたらやってほしいこととか、欲しいものとか」
「……あるじさまの身に着けているものを。ひとつ」
「俺の?」
俺は自分の身体を見回してぱっと思いつかない。
「うーん俺が身に付けているものか。服を切るわけにもいかないし、やっぱあげるならちゃんとしたのを……あ」
俺はピンと思いついて、荷物の中にある杖を取り出した。
火矢の杖 *スキル ファイアロウ
「これ、俺の旅の半分以上をずっと一緒にいた杖だ」
「そんな! 戦うための道具を渡してはいけません!」
「今はナーガの杖もあるからそこまで独自の役割がないよ。多く装備して混乱しないようにリュックに入れてばっかりだし、サンにあげるよ」
俺は杖をサンの両手に握らせる。
サンは少しためらったが、強く握りしめて胸に抱いた。
ふと、隣にいたニィがめっちゃこっち見てる。
「あの、主さま」
「ニィにもか……なにか……」
「私の剣がありますよ」
アヤメが部屋に置いてあった剣を持ってきた。
投影の細剣 *スキル ヴィジョン
「主さまのがいいです」
「それは帰ってきてからにしなさい。これだって私の命を守ってきた武器なんですよ」
「お土産はちゃんと買ってくるから、楽しみにしていてくれ」
「畏まりました。主さまのお慈悲とあれば、ニィめは耐えられます」
ニィはアヤメから剣を受け取ると、綺麗にお辞儀をする。
なんだかんだでニィもサンもわがままを言えるのはよかった。
さて、イチがこっちをずっと見ている。
「さて、イチ」
「はい!」
「イチは如意槍があるから大丈夫だよな?」
「……ぅ」
「そんな顔するなって。俺はイチに大事なものを預けるんだ」
「大事なもの、ですか?」
「ああ。この家と、ニィとサン……イチをだ」
俺はイチの肩を叩いて発破をかける。
イチはぐっと唇を強く閉めるが、涙に潤んでいた。
あとはこの場を何とかしてもらいたく、アヤメに割り込んでもらう。
「イチ、私たちが帰ってくるまでにもう一回りは大人になりなさい。ご主人様と私は、ちゃんとあなたの事を見てますから」
「わかりました……我慢します」
「よろしい」
イチはお兄ちゃんなだけあってこういう時に厳しくされる。
アヤメは常にそういう所があるので、ここでもそれで通した。
が、ふいを撃つようにぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫ですよ、私もご主人様もイチを好きですから」
「お土産楽しみにしておけ」
「は、はい!」
アヤメはイチの頭をぽんぽんと叩いて笑う。
なんというか俺より奴隷の扱いが上手い。
とりあえず任務への最善は尽くしてきた。
天命はあまり期待できないから、あとは俺たち次第だろう。
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