第八十話「あとは万全な状況で挑めるかどうかだが」
俺たちはグラビラドンの戦闘映像を見ていた。
タキムのパーティは敵の一斉照射に巻き込まれて時間が止まる。
「サトー、英雄キルトの記録にこの攻撃はあったか?」
「いえ、キルト殿はそもそも速攻型でモンスターの記録自体が稀になります。グラビラドンの記録はこれでも多い方でした」
「なんだよそれ、じゃあ参考にならないじゃん」
俺は苦い顔をして映像から目を離さない。
戦いはまだ続いているのだ。
映像内のキーリは周りを帯電させて重力の雨から身を守っていた。
『カリィ!」』
タキムが仲間の賢者に向かって叫んでいる。
賢者は動かない。重戦士も神官をかばい重傷を負っている。
グラビラドンはまだ攻撃してこなかった。
「グラビラドンが喉を震わせているのか? もしかして重力波と同時の咆哮で反動が来ている?」
映像だけだから推測にしかならないし、間違っているかもしれない。
俺が意見を求めて声を出したのに、誰も応えなかった。
『キーリ!』
タキムが体勢を立て直そうと、キーリと共にグラビラドンに肉薄する。
グラビラドンは顎を下ろして迎え撃った。
キーリの鋭利な角が、グラビラドンの下あごをしゃくりあげる。
「なるほど、ワニと一緒で口は開ける力が弱いと踏んだのか」
グラビラドンを硬直させたと思ったが、それはすぐに終わった。
口の中でグラビラドンが重力の塊を形成し、角を潰した。
口内でプレッシャーが溢れ、顎が割れてもそのまま押し通す。
「あ」
キーリの角が折れた。
グラビラドンは代わりに顎をやられだらんと垂れ下がる。
相手も無傷でいられないことを覚悟で反撃してきた。
わずかな光明を砕かれて、それでもタキムは折れなかった。
『っ! マラク……っ! ぁあああっ!』
グラビラドンも油断しなかった。
残った上顎を振り下ろして、伸ばしてきたタキムの右肩ごと切断する。
かみ砕くことはできなかったが、上を向いて剣ごと腕を飲み込んだ。
『か……ぁ……!』
『キーリ!』
叫んだのは重戦士の男だった。
タキムは腕周りをごっそりと持っていかれて気絶している。
キーリは素早く踵を返して距離を取った。
「撤退か」
キーリは気絶したタキムを乗せたまま天幕に衝突する。
雷魔法を漏れ出しながら、足ががくついても倒れず押し続けた。
重戦士が立ち上がり、仁王立ちでグラビラドンの攻撃を受ける。
しばらくして重戦士の生命石が落ちた。
「…………」
その後は残った神官が重戦士の死体を盾にしてキーリたちを庇い。
賢者が最後の力を振り絞って気を引いて、
キーリとタキムはグラビラドンから逃げられた。
「これで終わりか?」
俺はサトーに聞くが、返事はない。
映像の中のキーリは一度も振り返ることなく走り続ける。
タキムは宝剣を無くし、放電するキーリの身体に焼かれて、
『…………』
ふとキーリが立ち止まると、そこからタキムの身体がずり落ちた。
生命石が地面に転がって、
「もういいですね」
「ああ」
サトーが映像を切る。
俺以外の全員が強張った顔をして黙り込んでいた。
「戦闘の感想会をしても大丈夫か?」
「ご主人様は……いえ、そうです。このために集まったのですから話をしなくては始まりません」
意見交換が始まる。
とはいえ俺とアヤメが二人でしゃべるくらいだ。
サトーとイチは青ざめている。サトー何度も見たんじゃないのか。
「グラビラドンの模擬戦として有用なモンスターがいればよかったのですが」
「大きさだけならカウベロスとかよさそうなんだけどな。レベル上げも並行してやらなきゃだから、やっぱり九層に籠るか……」
「主様……」
イチが不安そうな顔で俺を見ていた。
悪い方の想像をしてしまったのだろう。
「俺たちが全滅する想像をしたのか?」
「えっと」
「それは良いと思うぞ。最悪の場合を想定しておくとそうならないようどうすればいいか考えられる。自分が怖いと思ったら、そこからどうすればいいのか考えるといい。イチにはとりあえずその辺を求めてる」
俺がふわふわとした危機感なのでそういう奴は必要だ。
アヤメなんて目が血走って熱くなるタイプだからな。
「あとは万全な状況で挑めるかどうかだが……」
「ユイ殿、あの。その辺に関して、ダンジョンギルドで交渉できそうな方に心当たりがあります故、少し話をされてはいかかでしょうか?」
サトーも気を取り直して口を開いた。
「ダンジョンギルドで支援してくれるのか?」
「はい、攻略専用のサポーターを雇うことができます。もちろん拙僧も参加し、支援者を募れば規模も大きくなります。大きくなれば、ダンジョン内でも万全なまま挑めるよう探索もできます」
「エリアボスまでサポーターに戦ってもらったりするってことか」
たしかに迷宮探索した後にグラビラドンというのは少し辛い。
「さらに戦闘後の後処理を信頼できるものに任せ、回復魔法で危篤たる仲間をすぐに助けることなども」
「とりあえず分かった。話をしなくちゃいけないってことだ」
俺はふと、この部屋の中で感じていた視線に目を合わせる。
千種眼だ。
「ね、必要になるときが来るって言っただろ?」
メドゥが部屋の中に入ってきていた。
格好つけて壁に寄りかかっているが、部屋の外で待っていたのだろうか。
「助けてくれるのか?」
「だてに君の家で朝食を頂いていないさ。お風呂もお掃除していてほしいからね」
メドゥが首をかしげて、前髪がヴェールのように揺れ笑顔を彩る。
俺は初めてこいつが頼もしいと思ったかもしれない。
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