第三十九話「三大王国すべてで指名手配された大量殺人鬼です」
ヒハナは蝶マスクをした動く死体、パラフライを難なく追い払う。
「フルール」
フルールというスキルを唱えると、彼女の周りに花が舞い散る。
ヒハナの手には刀身のない柄だけがある刀を持っていた。
刃がないその穴から、花弁が吹き荒れて引っ付くと斬撃があるようだ。
「ブランカ、二人をちゃんと見ておいて。私は前を開くから」
「へいへい――あれ綺麗だろ、見栄えのいい技はうらやましいねぇ」
ブランカは早打ちで敵を追い払いながら雑談をする余裕を見せる。
俺とアヤメは、二人で何とか一体を追い払いつつという感じだ。
「ヒハナ姉さんは攻撃防御回復のすべてをあの花びらで叶えます。ブランカに私たちが付けた傷を見てください」
「花びらで塞がってる……」
「そういうこと、ここじゃサボれないぜぇ――」
花の魔法ってことは土属性あたりだろうか。
ブランカが多種の魔法を早打ちで使い分け。
ヒハナは万能の花びらで敵を追い払う。
俺の鞭とアヤメの剣ではあまり役に立っている感じはない。
「来てくれたことはうれしいのよ。頑張ってね」
「ブランカ、あなたパラフライと戦ったことはありませんか?」
「――なんでぇお嬢サマ」
「ただの寄生モンスターにしては強すぎると思われます」
俺の鞭で動きを止めて、アヤメの細剣が綺麗に蝶を両断する。
死体だけになれば、その場に倒れて動きは止まった。
ブランカは死体を器用に蹴り上げて生命石をこっちに飛ばしてくる。
「生命石見てみ。お嬢サマはまだ見てなかったか」
パラフライ Lv32 ババフライに隷属
俺も触れたが、アヤメはその情報に一度固まる。
「俺たちが戦ってきたのと比べるとレベルが高い気はする。あとはボスの名前があるっていうのが気になるな」
「……ご主人様、これの主は真チュート教老師ババフライです」
「ん、老師ってこれ人間なのか?」
俺はてっきりパラフライのボスモンスターを妄想していた。
名前モンスターでしょこれ。
「そうです。チュート教に伝わる三つの龍については話しましたね」
「ああ、力とかこの大陸が龍でできてるってやつだろ」
「そうです、それに敬意を払うのがチュート教の教え。真チュート教と名乗る集団の考えは違います。龍でできた大陸は、元に戻すべきじゃないかという考えです」
「真とそうじゃないのは違うのか、しかも戻すって」
「そうです、この大地を龍に戻し、人は産まれた役割を終えるという考えの元生きる破滅主義に近い思想が真チュート教です」
「んな無茶苦茶な」
全員死ねって言う宗教があるのかよ。邪教じゃん。
「ん、じゃあこのババフライって」
「真チュート教の四老師、三大王国すべてで指名手配された大量殺人鬼です」
「――五十年以上捕まってないおとぎ話みたいなやべぇ奴だよ」
話だけ聞くと今回の騒動かなりやばいのではないか。
世界トップクラスの犯罪者に狙われた魔列車という。
俺は前にいる実力者のブランカ、ヒハナの背中を見る。
「少年、ここまで頼もしそうな背中にも、今回は波乱万丈をしょってるわけ」
「いや……はい」
ちょっとこの先に進むのが怖くなる。
アヤメはそんな俺を見て、手を強く引っ張られた。
「ご主人様、私たちだって魔奥の森を抜けました。怖気づいても構いませんが、冷静でいてください。頼りにしていますよ」
「……そうだな!」
俺は痛いくらいにアヤメの手を握り返して、気合を入れる。
とはいえ、二人でパラフライ一体ずつが精一杯なのだが。
「案外、お嬢サマも変わったんかねぇ」
「三人とも、次で二両目だからね、そろそろ何かあると思っても……」
ヒハナが次の車両に続く扉を開こうとして、弾かれるように下がった。
「まー! まー!」
「さぁて遅いよ」
三両目の外側全体に、突然鎖が巻き付いてきた。
「俺たちを閉じ込め」
「フルール! 走って!」
ヒハナは冷静に前の扉に花びらを固めてドリル状にする。
鎖が突き破られ、そのまま四人で二両目に駆け込んでいく。
「やたら胆力あると思えば、ここまでやるたね。ま、あんたらだけだろうさ」
二両目に蝶マスクの人間はいなかった。
代わりに一人、おそらく老婆がいた。
というのも、しわ顔なのにモデルのように全身の筋肉が引き締まっている。
「蝶の模様とか、ラフな格好のお婆ちゃんがいたもんだな……」
「婆なら一番弱そうなあんたでもやれるかい?」
つい口走った俺が一番に竦む。
老婆、ババフライは不敵に笑い二両目の車両にも鎖を巻き付け始める。
ブランカは既に頭を狙ったが弾丸を鎖ではじかれ。
ヒハナの花びらもババフライが振り回す鎖に阻まれる。
「ヴィジョン!」
「ファイアロウ!」
「魔法使い系が二人、戦士系が一人、貴族の特殊型が一人。まあ放っても問題ないさね」
ババフライは俺たちの攻撃は見もせずに鎖で弾いた。
これ俺たちがいる意味ある?
「あの鎖術? けっこう厄介ね」
「ヒハナさんさっき突き破ってたよ」
「あれは単純な動きだからね。ババフライが近くならそんな単調じゃないと思うの」
「下手に動いちゃ駄目なんだな少年――」
鎖術だとすれば、俺の鞭術に似たタイプの戦闘能力だろうか。
確かにそう考えると動きはもっと柔軟に考えないといけない。
だが、この二人なら何とかなりそうな気もする。
「なんとかすっさ、少年とお嬢サマは周りを頼むぜ――」
「ブランカ、私前に出るから」
ブランカは口では答えず杖を振り回す。
ヒハナは弾けるように飛び出した。
姿勢を低くして、鎖の隙間を縫って接近する。
「ご主人様、おそらく周りの鎖に何かあります!」
「あ、ああ……」
ヒハナは風に揺られる花びらのように鎖をいなし、目の前にまで接近する。
ババフライは鼻先にまで肉薄したヒハナを見て、笑っていた。
「青いねぇ」
ババフライがめぐらせた鎖を球状にしてヒハナの身体にまとわりつく。
が、ブランカの弾丸がそのうちの一本を打ち抜く。
ヒハナがその隙間から花びらを滑り込ませ、ババフライへと、
「ご主人様!」
「わかってる!」
その瞬間を狙ったように、三人の新手が鎖の影から現れる。
冷たい目をしたそいつらは、ずっと機を狙っていたのだ。
一人はババフライをかばい。
もう一人はブランカの妨害。
そして最後の一人が俺たちへ。
「シャドウ!」
流石に実力者とはいえ、俺とアヤメを一人でいなすことなど不可能だ。
だが硬直状態になったことで、ババフライは叫んだ。
「チェーンソー!」
スキルだ。
それを唱えたとたんに鎖が棘を出し高速で空回りを始める。
「お、俺たち全員を巻き込んで!」
外側にいた新手の三人がチェーンソーに巻き込まれて肌を傷つける。
なのに誰一人として表情を変えないまま、俺たちをここから逃がさない。
そして一瞬怯んだ俺たち二人は、狙われた。
「きゃっ!」
「う、うぉおおっ!」
「少年!」
「アヤメ! ユイくん!」
鎖がうねり、俺たちをはじいた。
列車の壁面には、一面のチェーンソーが敷き詰められている。
俺はとっさにアヤメをかばおうとして、
「アヤメ!」
アヤメに体を抱きしめ返されてしまう。
「……お互い様ですね」
自嘲した笑みを浮かべているが、全身が震えていた。
俺たち二人はそのまま、チェーンソーの壁面が目の前に迫る。
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