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第二十一話「あなた人を見る目がないんですよ」


 アヤメはもう俺の手を引いてここから逃げようとしていた。

 俺は自分でも信用ならないが逃げる判断はしなかった。


「たぶん大丈夫だよ、この人から敵対の意思は感じない。心配してくれている」

「ん、あぁ~怖いよなそりゃ。おれたちはまーだアンデットじゃねぇんだ。その辺複雑でな」

「まぁー」


 マーチャンは警戒していいのかしなくていいのか微妙な反応している。

 一応油断しちゃダメな感じなのかな。


「もういいバケ。そいつらはオレが相手する」

「あーソビンさん。たのんます」


 バケと呼ばれた村人は霧の中へ消えていってしまった。

 その代わりに出てきた男はかなりの巨躯をした、骨だった。

 育ちのよさそうな服を着こなしているから身体は違和感ない。

 が、顔がもうしゃれこうべになっている。


「この村に生きたままたどり着く方々がいるとはな。どうやったんだか知らねぇがまあここにいる方が安心だろうよ」

「事情を説明していただけますか。私はアヤメと申します。こちらはユイ」


 あれ、俺呼び捨てされた。

 アヤメはまだ顔が引きつってはいるが口調はいつも通りに戻っている。

 巨漢の骨は瞳のない空洞を光らせてうなずく。


「オレはソビン。さっき話してたのはバケ。オレの隣にいるのは護衛のリッカだ。まあオレ以外を覚えるのはあとでいい。ここですんのも何だし部屋に案内する」


 ソビンはコートを翻して堂々と歩き出す。

 アヤメはとんと俺の背中を押して先に歩いてほしそうだ。


「気になるから歩きながら聞いていいかな。ここは村?」

「ずっと前に滅んだ村だよ。トットって名前だったが、他からくる人間はいない。死体ならたまに来るんだがな」

「ここにいる人たちはみんな死体なのか?」

「そうだ」


 しばらく歩くと、それなりに大きな屋敷の中へ通される。

 食器はほこりをかぶっているのに、椅子や部屋の中は掃除されている。

 ソビンがソファーに座る。

 俺とアヤメは向かい側に腰を下ろした。


「順を追って話す。トット村は原因不明の森の浸食によって霧に包まれた。この霧は死んだ人間をアンデットに変える効果を持っている。ただ特殊で、オレたちは死んだあと目を覚ましたんだが、まだアンデットになっちゃいねぇんだ」

「どういうことですか?」

「ああ、そりゃ――」

「生きてる……綺麗な肌をして……なんで、おれはこいつらは……」

「まー!」


 突然のことだ。

 付いてきた護衛の男が、頭を抱えてうめきだした。

 頭にはアンデットと同じ生命石が輝き、頭を抱えた男の肉が崩れ落ちた。


「あ……あぁ……」

「っち! リッカ、おめぇはよ!」


 ソビンは腰につけていた細剣を抜くと、すぐさまそいつの首を切り裂いた。

 とても早く。俺たちに向けられたらよけられたか怪しい速度だった。

 アンデットになりかけた男は霧散して、生命石だけを残す。


「……すまねぇ。オレがしっかりしてれば」

「えっと、何が起きたんですか?」

「……オレたちは死んだあと、なぜか動ける死体になった。この霧の影響だ。ただ、この姿でいても理性を失ったり、嫉妬や欲望に支配されるとアンデットになっちまうんだ」


 ソビンは落ちた生命石を悔しそうに握りしめた。


「こいつは我慢強くてな、こいつなら生きた人間見たところで嫉妬なんてしねぇと思ったんだが、オレの見通しが甘かった。ここに生きた人間が来たのも初めてなんだよ」

「…………」


 アヤメは何か思うところがあるのか、腕を組んで沈黙を守っている。

 俺はこれやばいことになったんじゃないかと気が気じゃない。

 ソビンに俺の意図は読まれたらしい。


「あんたたちのせいじゃねぇよ。ここはそういうアンデットになりかけの人間たちが、何とか理性を保って生活している村だ」

「私たちはあとどれくらい持つのですか?」


 アヤメがようやく口を開くと、不穏な空気が漂う。

 ソビンは気にせず背もたれに寄りかかる。


「二日だ。この霧を吸うだけでも毒が回って二日後には死ぬ。大体は村の外にいる大量のアンデットに殺されてからこの村に来る。実力があっても二日後に死んでアンデットに襲われなくなってここに流れ着く。生きてここに来たのはあんたたちが初めてだよ」

「生きてここを出る方法は?」

「知らねぇ。誰もそうなったやつがいない」


 え、これ詰んだのか。

 俺たちは死体の動く村に来たというのはわかったけど、出られない。

 ここに二日もいたら死ぬ。

 

「オレの願いは。あんたらがあと二日の命だからって変な気を起こさないでほしいことだ。ここにいるやつらは穏やかに余死を暮らしている。ただでさえ肉が腐り始めたらほとんどの奴が理性を失うからな。静かに暮らすなら歓迎する」

「私たちは諦めて死ねと?」

「他にどういえばいい」

「いえ」


 アヤメが立ち上がって、ここを出ようと俺に促す。

 俺もとくに反対する気はないので立ち上がった。


「何かあったらオレに聞いてくれ。お嬢様とその従者さんよ」

「あなた、元はそれなりの実力者とお見受けします」

「あっ」


 アヤメの表情が冷たく見下し始めた。良くない兆候だ。


「人をまとめる統率力にその実力、落ち着きもあり肝も据わっている。なのにあなたはこんな場所でアンデット暮らし。少し疑問でしたが、理由がわかりました。あなた人を見る目がないんですよ」

「…………」


 いや挑発するなって。

 あれだけ静かに暮らしてくれ言われているのに波を立てるなっちゅうに。

 ソビンはピクリと眉を動かすが、すぐ冷静になって笑った。


「はははは! そうだな、オレは人を見る目がないかもしれん。何せここで死んだのもそれだ」


 ソビンはアヤメの挑発に乗ることなく笑い飛ばしてくれた。


「オレも生前は貴族の生まれでな、側近に裏切られて謀反の罪を着せられ山賊落ち。そんで森の浸食に巻き込まれて霧に包まれたモンスターに出会ったが、一緒に戦ってた部下が真っ先に逃げてオレ一人残されてこのざまよ」

「えっと、なんていえばいいか」

「笑ってくれてかまわねぇよ。なんだかんだで死んでからのほうが安らかに暮らしてるって寸法よ。逃げた仲間は真っ先にアンデットになったからな」


 ソビンは落ち着いている。ちょっとやそっとじゃ怒らないか。

 アヤメはつまらなそうに息を吐くと、部屋の扉を開いた。


「あ、そうだそうだ。アンデットになる前に教会にはできれば近づかないでくれないか。あそこにいるイノリはちょっと感情を抑えられないタイプでな」

「あ、はい」


 ソビンは座ったまま手を振って俺たちを見送ってくれた。

 俺だけが返事をして、この場を去ることとなる。

 アヤメは、トット村を目的を持って歩きだした。


「アヤメさ、あのタイプの話兄にもしてた?」

「ええもちろん。何度も言いました。それがどうかしました?」

「いや……そういえば俺のことユイって――」

「申し訳ありません。でも他人の前ではそうしたほうがいいと判断しました」


 アヤメははっとなって、俺に頭を下げる。


「理由は?」

「舐められないためです。冴えない男性に美女の奴隷が付いているのと、美女に冴えない従者が付いている二組なら、どちらの方が強い印象を受けますか?」

「……後者」

「はい。人の半分以上は他人を見た目と第一印象で判断します。トラブルを避けたり、話を有利に進めるためにそういった見栄を張ることは重要ですよ」

「冴えない従者……俺が燕尾服なのってそういうこと」

「ご主人様がプライドに拘らず柔軟に考えてくださる方だからできることです。その代わりと言っては何ですが、私があなたのことをご主人様と呼んでいるのは忠義の証です」


 アヤメが要所要所で従順なのはそういうこともあるのか。

 教えてもらうことが多すぎてこういうのはアドリブでやられるのが困るが。


「じゃあ今はどこに向かってる」

「教会ですね」

「だと思った。ソビンが近づくなって言ってたぞ」

「ご主人様もわかっているでしょう。生きている私たちを見つけて真っ先に声をかけてくれた方ですよ。もちろんまずそうなら離れます」


 アヤメは自分で見るまで信じないタイプなのだろう。自信満々だ。

 村の入り口付近にあったそれなりに大きな建物、教会だ。

 あの窓から、俺たちを見つけてこっちだと叫んでくれた人がいる。


「失礼します」

「あぁああああああ゛あぁああ!」


 扉を開けると、つんざく大声に耳がつんとなる。

 教会の内部は礼拝堂と言えばいいのだろうか。

 長椅子がいくつも並び、中央が開けている。


 そのど真ん中で頭を抱えて叫んでる女の子がいた。


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