最終話
「となり、いいかな?」
そこは知らない電車の中だった。
車窓からは見たことのない虹色の街灯が輝いて流れている。
俺は眼を開いて、少年と再会した。
「久しぶりって言えばいいのかこれ」
「僕は久しぶりって程でもない気はするよ」
少年は笑いながら俺の隣に座る。
俺がどうしてここにいるのかは疑問だったが、まあいいだろう。
時間はまだある。
「一応僕が頼んでいた魍魎開門の調査おめでとーって感じで」
「そういえばそんな話もあったな」
「そうでしょー何かごほうび希望とかあったりするかな? ある程度は譲歩できるよ」
「んーじゃあワンピが完結したら全巻うちに届けてくれ」
「えー」
少年が眉をハの字にする。面倒だといった感じだろうか。
とはいえお願いをかなえてくれるならそれくらいしてほしい。
「どうせならワートリも……いやそうやっていくと色んなのが欲しくなっちまうな」
「そういうのでいいんだ……まあいいけどさ」
「俺としては現状にそこまで何か言うつもりはないというか。少年に頼むなら地球にしかないものを願った方が良いかなって」
「わからんでもない」
少年と俺は最初にあったときから気が合った。
もしかしたら異世界の神様かもしれないが、そんなことで遠慮しない。
「もちろん今だからそう言えるだけで、もっとやばいときに来たら無茶振りしたかもしれないな」
「まあ君はそれなりに楽しんでそうだからね」
「あれって結局何だったんだ? 魍魎開門ってマムート入れてたくらいしかわかってないけど」
「あの世界で魔王って呼ばれた人はね、あの世界がいつか魔力で飽和して世界が滅ぶって考えたみたいだね。だからマムートを封印して魔を管理統率することでリヴァイアスを起こさないよう目論んだんだ。だから魔王」
「じゃあ今ってやばいのか?」
「んなことない。僕がちゃんと調整しているからね。まあ戦争もいっぱい起きて急成長したモンスターで滅亡の危機はいっぱい起こして遊ぶけど。やっぱある程度人が死んでこその異世界だと思いますので」
「……うーん」
少年が無邪気にこれからの災害を楽しんでいる。
価値観が人間の俺と違う。
今は脅威じゃないからこそ平和に話すが、そんな時代にされるのか。
「うん、呼んでよかったかな」
「ん?」
「普通の人ならそんなことさせないとかやめろとか発狂して言いだすから僕も口には気を付けてるんだ。君のそういう短絡的じゃない感情は好きだよ」
「さいですか」
「どんな世界でも脅威に立ち向かって犠牲を糧にすることが楽しいんだ」
「それは俺の周りが被害に遭わないこと前提だろ。そもそも俺が何言ったって意味あるんか?」
「ないよ」
「だろ」
俺と少年は付き合いが一時間もないのに、どうしてか穏やかな気分だ。
車窓の景色はまだ虹色だ。
「まあ本格的にまずい悲劇は起きないよ。シズにもよく言ってあるからね」
「やっぱりいるんだな、ていうか聖女の事だろ」
「そうそう、彼女はいくらか経つと容姿をリセットして次代としてふるまうんだよね。聖職者はシステム上受け継げないようにしてあるから」
俺は関わらないことを選んだ聖女だが、少し同情する。
「……まてよ、じゃあマーチャン狙ったのはお前の仕業?」
「いや、あれは聖女が勝手に選んだことだよ。彼女は同族に会いたかったのかもね」
「そうか、流石に狙われてたら俺も穏やかじゃないられないというか」
「まあ君に悪趣味な行動はしないことは約束しとくよ。もちろん世界の安全を保証なんてできないけど。それで構わないかな?」
「いいよ。あんたとは気が合うけど線の内側じゃない」
俺は少年の本名や正体だって好奇心以上の感情はない。
「俺たちが何とか出来ることは。俺たちがなんとかする。ほっとけ」
「そうだね。それでいいと思うよ」
『主様ぁ!』
ふと、俺の頭の中に響く声がした。
たぶんイチの声だと思う。ここはやはり現実世界じゃないのか。
「少年はどうする?」
「何が?」
「これからちょっと冠婚葬祭的なのがあるわけだが、参加していったり?」
「ああ僕は見ているだけでいいよ。参加するのはルール違反だ」
「そうか、じゃあ……」
俺は座っていた電車から立ち上がり、
「じゃあ、またな」
「どうぞ行ってらっしゃい」
目の前が光に包まれる。
車輪の金切り音は遠く、俺は離れていった。
*
魔奥の森の、どこか。
そこにはモンスターが不思議と近づかない箱のような建造物がある。
中には不思議と埃の積もらない椅子と、曇らない窓から森が望む。
丁寧に置かれた初心者用のリュックも綺麗だ。
ただ不思議と、そんな中で少し錆びれた荷物が置きっぱなしになっている。
それは誰かが忘れていったものなのか。置いたものなのか。
汚いビジネスバックの中には、少しのお金と地図、手紙が入っている。
『はじめまして! ユイです。
おそらくこれを呼んだあなたも異世界に呼ばれてきたのだと思います。
色々と突然ではありますが少年が最低限の用意をしてくれているはずです。
私も呼ばれたその一人で、
来た時に足りないなと思ったものをここに置いておきます。
少年の与太話についてきた物好き同士ということで。
俺の手紙をここまで読んでくれたあなたの幸運を祈ります』
最後まで読んでいただき、ありがとうございました