第百二十六話「でも好き」
「罪が消えることはなく、ただここに証を消すことだけを心に留め、互いの繋がりをやめることを誓えますか?」
「はい」
「ではここに、隷属の契は途絶えます」
聖女が目を瞑り、大聖堂の床を輝きで埋め尽くす。
全身に浮遊感が纏わり、へその緒のように生命石からの糸が、切れた。
アヤメはその光景をじっと見つめたまま、俺に聞いては来なかった。
「綺麗……」
傍にいたサンがつぶやいていた。
月明かりしかなかった夜にその光は眩しく、大聖堂をより神秘で包む。
やがてゆっくりと、線香花火が消えるみたいに光は沈んでいく。
アヤメ ♀ 18歳
閃光戦士Lv43
*能力
技術(剣/斧/弓/柔)
魔法(火/雷)
審美眼
帯電
騎乗
聞き分け
引き溜め
集中
*スキル
シュート(赤木の弓)
マラク(宝剣マラク)
ボルト(雷装の腕輪)
パーティクルオーバー
「これで終わりです。隷属契約は解消されました」
「ありがとうございます……」
「あの、ご主人様?」
「ちょっと来てくれ」
俺はアヤメの手を握って離さないまま、大聖堂を出て行った。
聖女は俺たちに興味があまりないのか、それを眺めてすぐに飽きている。
「マーチャン」
「マー?」
俺は外にいるマーチャンにお願いして背中に乗せてもらう。
アヤメも怪訝な顔で俺に手を引かれてマーチャンの背に乗った。
「飛んでくれマーチャン」
「マー!」
マーチャンは気前よく翼を広げて聖地から飛び上がった。
地面からちょっと持ち上がると、ゆっくりと上昇して身体を翻す。
大聖堂を一周して螺旋を描きながら、聖地よりさらに上空へ。
「何処に行くのですかご主人様?」
「もうご主人様じゃないよ」
俺ははっきりと言ってから、その世界を眺めた。
月明かりに照らされた夜の空だ。
星空と、カイドウの輝き、上下二つの瞬きに囲まれたそれは星海だった。
「もしかしたら大聖堂での契約破棄の方が綺麗だったのかもしれないけど。やっぱりこっちの方がもっと綺麗な場所だと俺は思う」
「…………」
アヤメは隷属を破棄したことに関して言及してこなかった。
俺のしたいことがわかっていたのだろう。
黙って付いてきて、待っていてくれたことに感謝している。
「アヤメはさ、追放されて奴隷になっちゃったけどいつか自由になりたかったんだよな」
「はい」
「アヤメはもう俺の奴隷じゃない。それにウキョウに帰りたいって言えばローザさんが何とかしてくれると思う。バーチに帰ったっていい。だからこれは俺があげられるアヤメが一番欲しかったものだと、思う」
俺は出会ったときのアヤメの台詞がずっと頭に残っていた。
『自由が欲しいからです。このままだと、私は家族から逃げられない』
家族なんて自由から一番遠い存在だ。俺も知っている。
異世界に来たことが今とは違う環境を求めた延長線なのもそうだ。
そこまでやってようやく、俺は前に進める。
「覚えていたのですね」
アヤメは申し訳なさそうにうつむいて目を背ける。
そして広大な星空の大地を二人で眺めていた。
「アヤメが欲しがっていたものが自由だってずっと知ってた。だから俺はそんなアヤメの願いはちゃんと叶えたかった」
「……」
「でも好きで……俺はアヤメのことが好きなんだ」
俺は今アヤメに告白をした。
自由を求めていると知ったうえで、そこから遠い言葉を使う。
そこでようやく、俺の中で初めてアヤメがどうなるのかわかるからだ。
「…………そう、ですか」
「アヤメ?」
「ずるい、ですよね」
アヤメは星空を見たままこちらを見ない。
俺は緊張で震えそうになる。マーチャンの背中で倒れそうだ。
「自由を与えるなんて言っておきながら、それを言うんですね。そのくせに契約破棄をしてから一度も手を放しませんし、私が逃げられないようにマーチャンの背中の上に乗ったんじゃないですか」
「えっと、それは……」
「どこが自由ですか。だからずるいんです」
風が吹く。
アヤメの長い髪が揺れて、そのまま星空が攫ってしまいそうだった。
俺は言われた通りずるい奴だ。
ずっと離さなかったアヤメとの手を、ゆっくりと放す。
また風が吹き、俺は目を瞑った。
「でも好き」
アヤメの消え入りそうな声だった。
俺ははっきりとその小さな言葉を受け取って、目を開く。
目が逢った。
「ユイは頑固で変なところに拘りがあって、私とは趣向もちょっとズレてて、情けないところもいっぱい知っています。これまでの旅でたくさん知れました」
「……っ、俺とずっと一緒にいてください!」
「私の全部、あなたと一緒にいてあげます」
風がやんで、静かになる。
俺の心臓の音が聞こえてきそうで、恥ずかしくて、耐えられなくて。
アヤメも、顔を真っ赤にして悶えた。
「~っ!」
「わ、わぁ……!」
「に、ニィ! どこ!」
なのに、そんな空気をぶち壊すのはニィの声だった。
「マァ~」
マーチャンがしょうがねぇみたいな顔で胸元の毛玉をモコモコする。
ひょっこりと、そこからニィとヒハナがにょっきした。
「ヒハナ姉さんまで、なにしてるんですか!」
「その、ね……?」
「ねじゃありません!」
アヤメが顔を真っ赤にしてヒハナとニィに詰め寄っている。
俺はそんな様子がおかしくて、決まらなくて思わず笑ってしまった。
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