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第百二十四話「仕方ないから、今回は許してあげます」


 ローグとマムートの身体が崩壊していく。

 ぱらぱらと銀色の雪がまたたき、浮遊する物質なのか天へ昇る。

 龍の角を出ていき夕暮れ空に撒かれ、リヴァイアスの世界に溶けていった。


「やっと……ひと段落ってこと」


 俺はマーチャンの上で大の字に倒れる。

 マーチャンはゆっくりと地上へ降りていく。


「マー」

「戻らないっぽいな」

「どうするのですか? これではマーチャンがおうちに入れません」


 アヤメがクルスの雨雲からマーチャンの身体に飛び乗っていく。

 クルス兄さんは顔を合わせることなくローザのいる地上へ一直線だ。


「せっかくマイホームがもらえるのにな」

「どうせなら改装いたしましょう。もう私たちの家ですので」

「お風呂だけは残してほしい」

「主様ーっ!」


 地上で手を振っているのはイチだ。

 ニィとサンもその後ろで俺たちに手を振っている。

 マーチャンは三人の近くに降り立って羽をたたみ、頬ずりする。


「ユイ様」


 イルカが、一歩引いた場所から俺たちに声をかけてきた。

 俺はマーチャンから降りて、最初に笑いかけてやる。


「まあ色々あったけど、今回は助かったよ。困ったときはお互いさまってやつだな」

「ご主人様が言う台詞ではございません。そ、れ、に!」

「アヤメ姉さまお許しください!」

「仕方ないから、今回は許してあげます」


 アヤメが俺にウインクかまして得意気な表情をしていた。

 俺も余裕ができて、改めて周りを見回す。


「ローグは消え、キャンはブランカが捕まえた。メドゥも無事だし、ヒハナ姉さんがまだここに残っていることが気がかりだけど、任務はほぼ完了ってとこだな」

 

 最初はどうなるかと思ったが終わって爆弾処理後のような倦怠感がある。

 もちろん中にはまだ油断せず警戒している兵もいるし、聖地はまだだ。


「というか、もうこれ以上働くの無理」

「ご主人様、あと――」

「あと一息ですよ」


 ふと、涼風のように透き通る声が届いた。

 アヤメがきょとんとした瞳で俺の背後を見ている。

 他の全員も、どうしてか俺に視線が集中していた。

 俺は後ろを振り返る。


「皆さんどうもお疲れ様です。私自ら、あなたたちを聖地にお迎えにあがっちゃいました」

「聖女様だ……」


 イルカがぼそりとつぶやく。

 聖女様。

 そう呼ばれた女性は背の高いモデルみたいなスタイルをしていた。

 大人びていて落ち着きのある人と思えた。

 声を聴いているだけで、まるで母親と話をしているみたいな気分にさせる。


「はい、聖女です。カイドウの聖地にてお待ちしておりました。お迎えが遅くなって申し訳ありません」


 聖女はまるでお手本のようなお辞儀をする。

 というか何故俺の後ろから現れた。

 近くにマーチャンというぱっと見モンスターがいるのに無警戒すぎる。


「これは聖女様、お久しぶりでございます。わざわざ私どものためにここまでご足労頂くなんて」

「たまには運動もしないと侍女に怒られてしまいますので」


 メドゥが俺とすれ違って聖女の対応をする。あのメドゥが緊張していた。

 聖女は鈴を鳴らすように笑って、その一言が全員の緊張をほぐす。

 アヤメやクルスのカリスマも相当だが、彼女は更にランクが違う。


「私が来たからにはもう安心ですよ。みなさま付いてきてください。護衛の者が案内いたしますので」

「ご主人様」

「ん、ああ聖女について詳しく。ざっくり聞いてはいたけど」


 俺とアヤメは聖女様から距離を取って説明に入る。

 

「ご主人様、聖女は現存する唯一の聖職者であり、聖職者の中でも受け継ぎがある特殊なものです」

「歴代のカイドウの指導者に与えられるジョブなんだろ」

「そうです。そして現存する修道士の管理者でもあります。カイドウは世界にあるすべての生命石を管理し、聖地には数多くの歴史や知識に関する文献も集結しているという話です」

「よほど偉くないとその辺を確認もできないんだっけか」


 カイドウがこの世界の宗教や過去に深く関わりがあり、それの指導者。

 ウキョウも勇者という絶対の存在から人を集め。

 キナワがダンジョンという宝物庫で人を誘う。

 三大王国それぞれの途方もなさの一つが彼女だ。


「侍女である彼女たちが先導しますので、逸れないようにいたしてください」


 聖女の言葉通りに話は進んでいく。

 反対するものはもちろんいない。

 とはいえいきなり来て集団の中心になるのはなんとも。


「ユイ様ですね」

「ぅおっ……はい」

 

 また俺の背後から聖女が声をかけてきた。

 聖女のにこやかな表情はこちらの警戒心を削がれる。

 透き通りすぎた瞳が、ふるさとを眺める子供の気分だ。


「そしてこの子がマーチャンですか」

「もちろん危害を加えたりはしませんが、その」

「大丈夫ですよ。何があっても怒ったりしません」


 聖女はためらいもなくマーチャンに手を触れる。

 マーチャンは胸元のほわほわを撫でられて不思議そうに首を傾げ、


「うぉ聖女様!」


 胸元の毛玉に聖女が入ってしまった。

 俺は慌てて駆け寄るが、


「ふわ……とても素敵な入口ですね」


 聖女は毛玉から顔を出して笑った。

 俺の叫びに駆け寄ってきたイチが、そのまま毛玉に突撃する。


「あ、主様! この毛玉は入れます!」

「いや飛び込まないで、すいません聖女様」

「いいえ、そう思ったから近づいただけですから」


 何だこの、ちょっと愉快な人なのかな。

 聖女は毛玉から出てくるのにも上品な立ち振る舞いを感じる。

 俺は毛玉に入ったイチを引っこ抜いてやった。


「不思議なものですね。私もカイドウにずっといましたがこのような方とは始めてお会いします」

「マーチャンが珍しいですか」


 俺は緊張しつつ言葉を選ぶ。

 というのも、俺はあまり関わりたくなかったからだ。

 聖女は愉快で美しい人であることは認める。いい人なのだろう。


 だがおそらく、真チュート教の人間でもあると確信していた。


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