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第百二十話「男の子でしょ!」


 俺とアヤメとイチとヒハナで円盤の中央へと走り出す。

 クルスの用意してくれた雨雲は、消えてもすぐに集まって足場を作る。


「ご主人様右です!」


 俺たちは消える足場を避けつつ、再生してすぐの場所を走る。

 イチがしんがりを務め、落ちそうになっても如意槍でひっかける。


「主様ぁぅうぉぁあああああっったぁ! ノビル!」


 イチは器用に体を捻って如意槍を支えと武器で使い分ける。

 元よりこのての悪場にイチは強い。

 木が一本でもあればそこから自在に動き回ってくれる。

 如意槍をマムートの脚に刺しては伸ばし引っ込め足場がなくとも敵を払う。


「フルール!」


 ヒハナも花弁で時に足を支えつつマムートの脚に花弁を這わせた

 マムートの多脚が連鎖的に爆発しのけぞる。

 アヤメはずっと、足元の雨雲に宝剣マラクを差し込んで充電を続ける。


「わかってたが中央ほど濃いな!」


 マムートの身体は怯みこそはするものの無傷だ。

 おそらくマーチャンと一緒で障壁がある。

 互いに攻撃を弾きあってるだけで、ダメージにはなっていない。


「ユイくん!」


 ヒハナの声で俺は前に飛ぶ。

 クルスの雨雲が薄くなって形を保てなくなっている。

 かろうじて飛んでいる花びらで落ちてないだけだ。


「マムートの円盤に足が触れたら吸い込まれるぞ!」


 俺は遠くから見ていた時に知った情報を叫ぶ。

 マムートの上に乗ればそのまま吸収されてしまう。


「ここじゃマーチャンに会えない!」

「ノビル、主様ぁ!」


 俺はそのためにイチだけを連れてきたのだ。

 足場が無くなっても継続戦闘できて、活路を見出せる技を持つ。

 イチが精いっぱい伸ばした中央への如意槍に乗る。


「綱渡りだ!」

「マラク!」

「フルール!」


 アヤメが如意槍の行き先を開くために、最後の赤い稲妻を放つ。

 ヒハナは多脚が再度集合しないよう如意槍の周りを花弁で囲う。

 俺は如意槍の上に乗って、皆が作ったトンネルを走った。


「シャドウ!」


 俺はキーリに乗って一気に加速する。

 おそらく距離にすれば十メートルもないほど近づいた。

 それなのにまだ遠い。


「くそっ!」


 魔力のスタミナがすぐに途切れて、キーリが霧散する。

 俺は何とか転ばす着地して走った。

 花びらのトンネルは徐々に狭まり、多脚の先端がこちらを見ている。


「間に合う! 間に合え!」


 だが足りない。

 あと数メートルもないはずの距離が永遠にも思える。

 俺は立ち止まらなかった。


「うぉおおおおおっ!」


 剣と魔法の世界でも最後にものをいうのは体力だった。

 どれだけレベルを上げてもそれは変わらない。

 一か八か――


「あっ……」


 駄目だ、そう思ったら助かった。

 遠距離からの無数の敏活な弾丸が閉じかけた花の道を広げる。


「ありがとう!」


 俺は一瞬の手助けに叫びながら、前方へと飛び込んだ。

 マーチャンがいるという確信が、隷属者としてのつながりを感じる場所は。

 マムートの中央真上だった。


「うっ――」


 手を伸ばせば、マーチャンがそこにいるとわかる距離まで近づいて、飛ぶ。

 俺は飛び込んだ瞬間に、どぽんと沈む感覚に支配された。



 暗い。

 目を開けているのか閉じているのかすらわからない程に何も見えない。

 例えるならほの暗い水の底に沈められた気分だろうか。


「…………!」


 俺が口を開けても声がでない。本当に口を開けているのか?

 身体はじたばたしているはずなのに進んだ気もしない。

 音もない。


「……! ……!」


 肌に伝わる感覚すらなくて、無臭という事すらわからず匂いもない。

 意識だけが俺の正気を保っていた。


 これがマムートの内部なのだろうか。

 俺は確かにマーチャンめがけてマムートの体内に飛び込んだ。

 敵に吸い込まれるのを覚悟の上だったし、届いたはずだ。


「……」


 誰かの話し声が聞こえた気がした。

 シャワーで目を瞑っているときに感じるものだ。

 目の前に何かがあるような気がするのに目を開くことが出来ない。

 

 俺は迂闊だったのだろうか。

 確かにマーチャンの命を感じて飛び込み、触れるという確信があった。

 でも、もしかしたらマムートに触れた時点で人は命を失うのではないか。

 でもそうしたら今の俺の意識はなんだ。


「…………」


 怖いほどに静かで、どうすればいいのか見当もつかない。

 そんな時にふと考えてしまうのは俺が死んだのではないかという推測だ。

 自分が死んだらどうなるのだろう。

 身体が消えてしまったら俺はこのままずっと変わらないのだろうか。

 俺が産まれる前に何があったのか知覚してないように。

 これからのことを何一つ知らずに、誰にも知られずに過ぎていく。


「……」


 吞まれそうだ。

 俺がいなくなった後も世界が続いていって。

 誰も俺のことを知らない世界はずっと続いて。

 死ぬことがとても怖く感じる。死ぬことについて考えてしまう。

 どうしてこんなことを考えてしまうのだろうか。


「…………!」


 段々と力が抜けていく。

 思考しかできない世界でやれることはほとんどなく。

 人が眠りにつくように、段々と意識がもうろうとしていく。


「……」


 どうすればいいのだろうか。

 このまま眠れば、二度と起きることがない気がした。

 自分ではどうにもできない眠気に、抗う身体がない。


 誰か、たすけて。


「ほんっと、しょうがないわね!」


 ビクリと、身体が驚きに動いた。

 いつの間にか目を瞑っていたのかもしれない。

 瞼を開いたその先に、俺に見えるものがあった。


「ユイくん! こういうときこそしゃきっとする! 男の子でしょ!」

「……イノリ?」


 イノリが俺の目の前で腕を組んで、ふんと鼻を鳴らした。


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