第百十九話「お前は俺と地獄に付き合えるな!」
俺はまずクルス兄さんに駆け寄った。
ウキョウの兵たちは全員マムートと戦っているが、クルスは例外だ。
天候杖により遠方から援護をしていたのでわかりやすく後ろにいた。
「クルス兄さん!」
「お前に兄と呼ばれる筋合いはない」
クルスは早速俺とアヤメを見つけて杖をこちらに向ける。
「クールースー!」
「…………おい!」
「クルスお兄さまー!」
「おい!」
イルカとローザが手を振っていることに気が付いたらしい。
俺はずるくも二人を盾にして交渉の場に持ち込む。
「クルス。あなたに頼みがあってここに来た。俺をマムートの中心まで連れて行ってくれ」
「交渉の余地は」
「あるでしょ! こんな時にクルスは意地はらないの」
「だが……」
「だがじゃない!」
ローザがいい感じに発破をかけてくれる。
会話にならなかったクルスに言葉が通じるようになった。
アヤメはじっと兄の姿をみて、目を合わせた。
「クルスお兄様。お願いします、私たち全員が生き残るためにはこれしかありません」
「クルス兄さん。俺からもお願いします!」
「ぱっと見だけど、これクルスじゃ何ともならないって感じだよね」
マムートは聖地へ向かって浮遊を続けている。
速度が弱まったりせず順調すぎた。
このままの状況を続ければ俺たちの死は確実だ。
「…………」
クルスは右目元をピクリとさせる。納得していない。
だがここはいち軍団の主として、冷静に判断してくれるはずだ。
俺はそう思って作戦内容をまくしたてる。
「あのマムートの中には俺の隷属しているモンスターが囚われています。そいつの位置はだいたい把握しているので、救出するつもりです」
「何の意味がある」
「キャンはそのモンスター、マーチャンを取り込むことを作戦の一つにしていました。より強力なマムートのため俺の隷属モンスターを使ったんです」
「ご主人様がマーチャンを奪還すれば、少なくとも大きな弱体化が見込めます。うまくすればマムート自体を崩壊することもできるかと」
「根拠が憶測ばかりだ、却下――」
「クルス、他にやれることあるの?」
ローザがクルスの会心の一撃を遮る。
その所作は慣れっこというか、得意気な女房みたいだった。
俺たちにウインクまでしてる。
「どうせならやってみればいいじゃない。どうせ死ぬとしてもこのアヤメとユイなんだし」
「……拡声魔法を」
「スピーク!」
クルスの傍にいた護衛の一人が魔法を放つ。
彼の喉にともった光は、言葉通り彼の声を広げた。
「この場にいるもの全員に告げる! 我が愛ローザの暗殺者アヤメとユイ! こいつら二人に協力し、マムートの中心に向かう気があるものはこの雲に続け!」
クルスの天候杖が、ひとつの道を作った。
細長いがクルスが援護をしてくれるという言外の提示だった。
俺とアヤメは迷わずその雲の道に足を乗せて、マムートへ走る。
「道は作ったからあとは何とかしろって感じか」
「主様!」
「イチは来い! ニィとサンはそこで自分を守れ!」
「っ! はい、はいっ主様!」
イチが俺たちの後ろを走り出す。
ニィとサンは命令されて足踏みをしてしまう。
「ご主人様、魔法力はどうですか?」
「まあぼちぼち。アヤメこそどうするんだよ」
「命の使い方は心得ているつもりですので」
「二人とも、そういう所はそっくりなのね」
「ヒハナさん!」
ヒハナが俺たちの道に乗って待っていた。
最後に会った時とは服装も違ってお腹の布が無くなっている。
クロキリンにやられた傷は塞がっていてへそが見えていた。
「生きていて驚いたかしら?」
「ヒハナお姉さまが死にはしませんよ」
「あら酷い」
ヒハナは俺たちの前を走り出す。
マムートにどんどんと近づいていく。
「いやね、ユイくんたちには驚かされるよ。これでも気を使ったつもりなんだけどねぇ」
「メドゥはそういういらんことするのが駄目なんだよ」
メドゥも、迷宮探索者の傭兵たちも何人かだが乗ってくれる。
数はそこまで多くない。
だが満足のいくメンバーたちが揃った。
「マムート!」
俺は聞こえているかもわからないマムートに向かって叫ぶ。
それに気づいたのか知らないが、円盤上の脚が俺たちに向いた。
雨雲は霧散しながらも再生成され、不安定ながら足場もある。
「ユイご一行のお通り、中央へのデッドヒートだ。道は作ってくれよ!」
「フルール!」
先頭にいるヒハナが花びらで払いつつ前進する。
「ノビル!」
イチが俺のすぐそばで槍を振り回す。
アヤメは俺の隣を走っていた。
「ご主人様! まだキーリはだめです!」
キーリはまだ呼んではいけない。
確かに最速で中央へと向かえるが護衛の仲間を引き離してしまう。
それに魔法力の足りない今じゃ数秒続くかもわからない。
「ギリギリまで護衛を頼む!」
「マカブル! ほんと二人は世話が焼けるね!」
「メドゥ様これ以上は許されません!」
メドゥが鉄扇を振って脚たちを払ってくれる。
だが最低限逃げられる範囲での援護だ。
仮にも副盟主が死ぬわけにはいかないだろう。
俺は精一杯のサムズアップで感謝を示す。
「イチ、お前は俺と地獄に付き合えるな!」
「はいっ! 僕は地獄の沙汰だって下僕やってられます!」
「ボルト!」
アヤメとイチが、俺の左右を守るように位置どる。
目標まであとどれくらいだろうか。
目に見える銀色の地平線は脚の森に囲まれて先が見えない。
だが確実に、この先にマーチャンがいることはわかっているのだ。
「マーチャンを迎えに行くからな、気合入れろユイ一家!」
「私もいるのだけれどね」
マムートは意識こそないが、俺たちを敵と見なしていた。
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