第百十七話「こんな状況なのにここについてきちまったのか!」
やかましい大声で主様と俺を呼ぶ声は誰かすぐにわかった。
龍の角の森から飛び出した少年の姿に、俺とアヤメは眼を見開く。
「イチ!」
「主様! それにアヤメ様も!」
「どうしてここにいるんだよ!」
俺は突っ込まずにはいられなかった。
マムートが聖地へ向かい、緊迫した戦闘が空で続いている中の乱入だ。
イチは息切れしつつも元気な姿で駆けよってくる。
「もちろんここに来ました!」
「いやそうじゃない。どうやってここに来たんだよイチお前はぁ!」
俺は先ほどまでの湿っぽい雰囲気を壊されてイチの頭を掴む。
アヤメはどこか上の空で別の方向を見て瞬きを忘れている。
「痛いです主様っ! ここに来たのはあの、そのですね」
「僕が連れてきました、はぁ、はぁ、イチ、先走るのはどうにも……」
「え……イルカ!?」
森の中からもう一人の少年、イルカが飛び出してきた。
クルス兄弟の末っ子にしてアヤメの弟、俺が最初に出会った異世界人だ。
イルカは少しだけ伸びた背で俺の前に立ち、お辞儀をする。
「お久しぶりです!」
「あ、あぁ」
「実はお手紙を渡したあとこっそり訪問したんです」
「バーチの仕事はどうしたのですか。忙しくて来れないと手紙に書いてありましたよね」
「あのその、アヤメ姉さん、大丈夫です! いたたたた!」
アヤメがイルカの頭を掴んで握る。
こんな状況なのにどこかおちゃらけていて、どこかスッキリしてしまう。
「イチお前ほんとこんな状況なのにここについてきちまったのか! カイドウには来ちゃ駄目だって言っただろ!」
「ごめんなさいごめんなさい!」
「あの、それって何かいたたた!」
「イルカは知らされていないのですね、イチは黙っていたと」
「あぁああ゛あああっ!」
「主さま!」
「あるじさま!」
森からはそれに続いてニィとサンまで現れる。
俺は頭が痛くなって、どこか嬉しくなってしまってまた痛くなる。
「つまりはだ、イルカが俺の家をこっそり訪問してきて、いなかったからカイドウまでこっそり追ってきたってことだな」
「はい……そうで……すぅ! いたいです!」
「しかもイチ、ニィ、サンまで連れてきて、さらに言えば龍の角の内部まで追いかけてきて、ほんとこんな状況でよ!」
「な、なにがあったのですか!」
イチは俺に頭を掴まれたまま詰め寄ってくる。
話題を変えるつもりなのだろう。見え見えだ。
とはいえ、こんなことしている場合じゃないのは確かだ。
「サン、あなたまでどうして。家はどうしたのですか」
「アンさまとヤアさまが付いていてくれると……はい、ごめんなさい」
「とりあえず言うと今ピンチだ。本当にこんなことしている場合じゃないんだよ」
俺は空にいるマムートを指さした。
円盤は尚も輝きを放って進行を止める気配はない。
あれだけの実力者と敵対しながら、歯牙にもかけていないのだ。
「簡単に言うとあれの下にいると死ぬ。あれが上に行こうとしてる。つまり上に行かれたら俺たちは死ぬわけだ」
「あぁだからヒハナ様は」
「ヒハナもいるのか!」
「はい、ヒハナさまがわたしたちをここまで運んでくれたんです。駆け足ではとても追いつけませんでした」
確かにヒハナなら移動能力も持ってそうだけど。
マムートの方で花びらが見える。既に戦線に参加しているのだ。
「主様! 棚上げするようで申し訳ないのですが何故主様は参戦せずここでほったっておられるのですか!」
「あとマーチャンさまが見当たりません……」
「マーチャンはあの円盤……マムートに取り込まれた」
「え! じゃあ助けなきゃ駄目じゃないですか!」
イチはまっすぐに俺に詰め寄ってきた。
素直すぎるからこそ眩しくてちょっと胸が痛い。
「出来たらやってる。でも取り込まれて……生きているのかも」
「主さま、それではニィめにおみせしてくださいまし」
「おぉわぁ!」
ニィは突然俺の服をまくり上げて、へそに触れてきた。
ユイ ♂ 18歳
魔法戦士Lv17 操獣士Lv20
*能力
技術(鞭/杖/手綱/剣/槍)
魔法(火/風/水/土/氷/契)
精神耐性
意思疎通
隷属契約
隷属能力強化
隷属成長強化
*スキル
ドレイン(吸気の黒鞭)
マシルド(土守りの杖)
コウォル(氷壁の杖)
シャドウ(ブリン・イノリ・キーリ)
スラッシュ(裁断の閃剣)
アイテム(金櫃の指輪)
グラビラ(斥杖ナーガ)
*隷属者
アヤメ
マーチャン
イチ
サン
ニィ
ニィが触れたことにより俺のステータスが久しぶりに顔を出す。
「ほら……」
「ほらって」
「あるじさま、隷属者の中にまだマーチャンがいます。だからマーチャンは無事です」
サンがニィの言いたいことを代弁するように前に出た。
「隷属者とあるじさまには理によるつながりがあります。例え遠く離れていても、何処にいるのか把握することができる」
「……あ!」
そうだ、隷属者は離れていても位置を特定できる能力があるのだ。
逃走防止というよりも、逸れたままにならないようにするための権能。
俺はここまで隷属者という特性を戦闘以外でほとんど使ってこなかった。
つまり俺が意識してマーチャンを探せば、
「いる……マーチャンがまだマムートの中で生きてる……」
俺は今まの確実性のない生存願望が、希望に変わる。
まだ間に合う。
どんな状況にマーチャンがいるのかまでは分からない。
でも生きているのならどうにでもなる。
「マーチャンを助けに行きましょう! 僕も協力します!」
俺の頭からかすかな活路が光をともし、線をつなぐ。
もしイチたちだけじゃなく、クルス兄さんも……
「……」
ふいにアヤメを見てしまう。
アヤメもそれで察したのか、眼を逸らして歯噛みしていた。
未だに俺たちはクルスと和解していない。
「この条件の交渉で俺たちと協力してくれるかどうか……」
「あー! もうやっと追いついた」
ふと、俺が聞いたことのない声を聴いた。
声の主は妙齢の女性で、人懐っこい顔は龍の角に入るような感じではない。
ちょっと平凡な感じの、可愛い子だった。走って息切れしている。
「ローザ様! すみません置いていってしまいました!」
「もー酷いよー。ヒハナさんもどっかに行っちゃうし、私はインドアなんじゃーい!」
「ローザお姉さん」
イルカがお姉さんとつぶやく。
ん、どういうことだ。アヤメの兄妹はもう全員出ている。
それなのにお姉さんって、単に年上に対する呼び方なのか?
「あ……あぁ……」
「久しぶり、アヤメ」
ローザという名の女の子は、アヤメに笑いかける。
アヤメは口を震わせて、俺の手を強く握って逃げそうだった。
俺はそれで、この人が何なのかを察した。
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