第百十六話「主様」
「ブランカ!」
クルスの大声が俺たちに向けられる。
ブランカはばつの悪そうな顔で俺たちから離れてクルスの近くへ。
メドゥの元にも、生き残ったキナワ遠征隊が集まってきていた。
俺とアヤメは隅っこで会話の顛末を待っている。
「今ので半分は消えたね」
「やれそうかメドゥ?」
「私の見立てだとまあ無理だよ。盟主ギリ様もあれに少しは触れたのでは」
「触れたという感じもなかった。元々そこにあったものだ。本当に触れてしまえば俺がそのまま俺じゃなくなってしまいそうだ」
「下に居たらアウトだね」
キナワ遠征隊はとりあえず分析を続ける。
ウキョウの方は既に攻撃を試していて、雨雲がマムートを包んでいた。
「マムートの下にあるのは魔力さえあればなんでも吸い込めるんだね」
マムートの下だけは快晴だった。
ただ魔力自体が吸い込まれる性質があるのか、上にある雲も下へと向かう。
「ならなぜ真下にある木は無事だ? 全てのものには魔力が備わっている。それはどんなものであれ例外はない」
「私の推察なら、大地に根差しているものはリヴァイアス由来の魔力になっているのだと思うよ。魔力の塊である龍の角が消えていないのが何よりの証拠だ」
メドゥとギリを中心にした考察が続く。
マムートはその間も前進し、聖地に向かって浮遊を続ける。
そして聖地に着いたらタイムリミットなのだ。
「皆さんよく冷静でいられますね……」
アヤメがぼそりとつぶやく。
まあその辺はみんなわかってても取り乱さないのだろう。
一応三大国でもトップクラスの精鋭が集まっているだけある。
「結局のところ、我々もあれに攻撃して止めるくらいしか思いつかんな」
「あれを避けて上まで逃げることもできませんからね」
ウキョウの中には空を飛んでマムートの上空に向かおうとする姿がある。
「協力を仰ぎます! 流石に行動が早すぎる!」
キナワ遠征隊の一人がさっそくウキョウとの交渉に向かった。
メドゥもそれに続く。
俺たちも立ち上がろうとするが、
「君たちはダメかな。クルス殿とのことで話がややこしくなる」
肝心なところで、輪に入れなかった。
アヤメが足踏みをしてしまったことに唇をかむ。
他の遠征隊はウキョウ兵と合流するために走り出した。
「申し訳、ございません」
「いや、ここはその方がいい」
俺たちは俺たちで考える必要がある。
マーチャンを助けなければいけないのだ。
「ウキョウの兵が空を飛んで上に向かったが……あぁ……!」
マムートの円盤が、新しい動きをした。
カチカチと、丸い表面から機械のアームみたいな足がせりだした。
多脚で無数にマムートの上に生えたそれが、空を飛ぶ兵を叩き落とす。
「……」
声も出ないまま、マムートの下に落ちて名もなき兵がふっと消えた。
「あれでは、上に近づけない。なのに下はすべてを消し去って……」
「いや、上から攻撃が来たってことは上にいることは有効なんだ。問題は上にほとんどいられないことと」
クルスの呼び出した雨雲も満足にマムートの上に居られない。
多脚が振り回すと雲のような気体すら囚われて払われる。
「どこを攻撃するのがあいつに有効なのかだ」
俺も考える事だけはやめない。
仮に俺とアヤメなしで無事に勝利してもダメなんだ。
「マーチャンを助けなきゃいけないんだ……!」
俺はこのカイドウがどうなるかよりもそちらの方が気がかりだった。
もちろんどうでもいいというわけじゃない。
最悪アヤメだけでも助けてやりたいし、俺だって帰りたい。
「ご主人様はまだマーチャンを諦めてはいないんですね」
「当然だろ」
「私も同じ気持ちです」
アヤメと手を握る。
心が不思議と落ち着いてマムートの姿を観察できた。
マムートは静かに動き続け、俺たちを置いていこうとする。
「下からは無理だ。上に行く必要がある。でもそのためには……」
「ウキョウ……クルスお兄様の協力が不可欠です。私たちはあれをどうにかする算段をつけて交渉できなければいけません」
そんなことが、できるのだろうか。
クルスの兵隊はエリートで、俺たちよりも頭が回る。
「マーチャンの情報を教えるだけじゃだめだ。誰でもできるしそんな情報だけでどうにかできるとは思えない。もし天才がいてそこから活路を開いても相手は俺たちに見返りを渡す必要なんかない」
「肝心なのはマーチャンを助けることとマムートを止めることが一致することと、その根拠です」
マムートの周りにウキョウとキナワの総力が結集している。
半数を最初の一撃でやられはしたが、そこからは手堅い。
伸びる多脚を避けつつ誘導し、マムートに肉薄できないか試していた。
「あっ……吸い込まれて……」
ようやくマムートの身体に触れた誰かがいた。
そいつは泥に沈むみたいにゆっくりと、マムートに呑まれていく。
兵たちは上陸をやめて空からの攻撃にシフトする。
「……行くぞ!」
俺は耐えられなくなった。
ウキョウとキナワの兵は強い。
はた目から見ても強力な魔法を与えて、マムートを迎撃しようと動く。
現状活路はない。
そんな様子に焦燥感を覚えて、前に歩き出そうとする。
しかしその歩みが、
「まだ駄目です……ご主人様、冷静になって」
アヤメの握ったままの手が離れずに止まる。
ぎゅっと強く握る彼女の細い指が、見つめてくる大きな瞳がまっすぐと。
いつだったか思い出す。
「こんな風になったとき前にもあったな。魔列車の時だっけか」
「覚えているのなら考えついてください。マーチャンも、私も、ご主人様もみんな手に入れる方法を」
アヤメはいつもそうだった。
感情的に動きはするが、大切な時はしっかりと立ち止まって俺を見る。
「かなわないな」
「飛び出してすべて失った経験がありますので。ご主人様はおひとりですか?」
俺は強く握り返して、アヤメを引き寄せた。
アヤメは納得して笑う。
こんな戦場で、場違いなふたりきり――
「主様ぁあああっ!」
そんなアンニュイな気持ちが、大声と共に破られた。
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