第百十五話「魍魎開門が開いた……」
キャンの開闢という言葉を皮切りに、開いた。
彼女の足回りにだけ四角い亀裂が産まれ落ちていく。
周りにいた兵も流石にその中まで追うことを躊躇い、立ち止まった。
「魍魎開門が開いた……」
誰かがつぶやく。
この地面に空いた穴が魍魎開門の能力なのだろう。
俺たちで考えつく用途だと落とし穴だが違うはず。
「キャンとクロキリン、龍のコケラも落ちていきました」
俺たちが行動を躊躇っている間に状況は動く。
開いた門が閉じたのだ。
最初からそこに何もなかったようにただの地面に戻る。
「アヤメはどう見る。俺は魍魎開門なんて言うから、モンスターが無限に沸く召喚魔法陣とか思ってた」
「見た目のイメージからですと、あの中に落ちた者に何かを与えるものかと」
「違うよ」
声がした。
俺たちはきょろきょろと見渡すが、出てきたのは元居た場所だった。
キャン一人だけが開いた空間の扉から顔を出して、ひょっこり現れる。
「魍魎開門は簡単に言えばアイテムボックスなんだよ」
ウキョウ兵の誰かが、隙をついてキャンに矢を放った。
なのにいつの間にかその矢はどこかに吸い込まれてなくなる。
「アイテムボックスは生命石を入れられない。容量に制限があったりするんだけど、これにはそれがないの」
「攻撃をアイテムボックスにしまったのか……」
「そしてこんな何でもできちゃうアイテムボックスに、かつての魔王様は何を収めていたと思うかな?」
ズンと、大きな地響きが伝わる。
魍魎開門の向こうにあるそれが、次元の壁を越えてプレッシャーを放つ。
空気が震え、ピリピリとした痛みが肌に伝わる。
「第三の龍マムート、その力の半分をこのアイテムボックスにしまっておいたの」
「キャン」
クルスの冷たい囁きが、その空気に負けない声音で放たれる。
「なにかなクルス兄さん」
「何の意味があって俺に逆らう?」
「別にキャンは逆らってないよ。みんな勘違いしてるけど真チュート教は世界を滅ぼす集団じゃないの」
キャンの微笑みが、クルス以上の圧を持って返された。
「ただ気にならない? 三種の龍が私たちに何をしてほしくてこの世界で産まれたのか。本人に聞けるんだから。あとちょっとでね」
キャンは人差し指を口に当ててから、魍魎開門の向こうへ消える。
代わりに空が割れて出てきたのは、おそらく龍だ。
「でかい」
マムートと呼べばいいのだろうか。
それは一言で表すなら大きな円盤だった。
鈍い銀色のUFOみたいなそれは、空の扉からゆっくりと降りてきた。
大きさは空にあるのであまり正確じゃないが50メートルは越えている。
知性は感じない。
「キャンは好奇心こそ強い子でしたが、ここまですることがあるんですね」
「アヤメお嬢サマと悪辣スケールを張り合ったんじゃないですかい?」
ブランカが観察しながらクルスたち全体を見渡していた。
全員は驚いてこそいるが慌てている様子はない。
俺だってそうだ。
「こいつが何をするんだ?」
世界を滅ぼしかけた魔王が保存していた龍のコケラ。
威圧感こそあれど俺たちに敵対する感じもなく。
「動くぞ!」
マムートは翼を広げる。
円盤の両端から生物的な鶴翼を生やし、遅れて風を巻き起こした。
「なんで飛んでるのに翼なんて……」
「ユイくん!」
「ご主人様キーリを!」
「え、あ、シャドウ」
俺は状況を理解していなかったがアヤメの言うとおりキーリを呼ぶ。
アヤメはすぐに飛び乗って俺も続き、更にはメドゥも乗せた。
手綱を握って、マムートから離れた。
「な、なにがあったんだ」
「鶴翼から何かが撒かれました。メドゥがその瞬間にご主人様を呼んだので意図を読み取ってご主人様に伝えただけです」
「いやいや助かる。私は眼がいいからね。あの手のがどういうのか大体察せるんだ」
他の勘がいい遠征隊も、ギリたちも走り出した。
マムートが、一度だけ羽ばたきをする。
それは風に乗って何かが押し込まれて、マムートの下にいた命が消えた。
「うぉおおっ!」
俺はその様子を目の当たりにして悲鳴をあげる。
逃げ遅れた人間が、風に吹かれたように消えたのだ。
つむじ風が神隠しをしたかのように、ふっといなくなった。
「何が起きたんだ!」
「あれは力を回収している。私たちが息を吸うみたいな話だ」
「息を吸うって……」
マムートはゆっくりとだが動き出す。
聖地のある、正面の空に向かって。
「ふぃー」
「ブランカ! ちゃっかり乗ってる」
ブランカはいつの間にかキーリの尻にしがみ付いていたようだ。
他にも、盟主ギリがすんでのところで護衛に押し出され助かっている。
クルス兄さんも判断は遅かったが天候杖の雲を使って逃げられたようだ。
「半分くらいかな、ユイくんはあれをどう思う?」
「……意志がない。メドゥの言うとおり息を吸っただけだ。元々自分のものだった力を吸い取って人間を消した」
龍の角内部は特に変わっていない。
翼で舞った埃くらいで、大きな風に揺られた木々もそれだけで無事だ。
生命石を持つ命だけが粉のようにして消えてしまう。
「俺の意思疎通はそいつを見ると大体だけど伝わってくるものがあるんだ。マーチャンほどじゃないけどそいつを使って戦ったりもしてる」
「じゃあ意志のないマムートは何をしていると考察する?」
マムートは俺たちから離れている。
文字通り俺たちは眼中にないのだろう。
「あれは聖地に向かっていますねぇ」
「ブランカ?」
「ユイくん、マムートはおそらくだけど下にあるものを吸っているだけの生態だ。意識がないというよりもまだ足りないのだろう。目を覚ますことなくただ寝息を立てているだけ」
「オレたちは無視されたんじゃなくて、どうせなら上から一気に吸う気なんじゃねぇのってことさ」
「聖地に着いたら……」
マムートが聖地に着けば、重力が戻りカイドウの上空を漂うだろう。
もし下にいるものを無差別に吸収できる能力を持っているのだとして。
聖地ほどの高さに位置しているマムートは。
「下というのが真下なのか、上に行けばさらに広がるかはわかりません。しかし」
「俺たち龍の角内にいる命は確実に吸い取れるってわけだな。しかもそっからどんどん上に昇られでもしたら、誰も届かなくなる」
ゆっくりとだが、確実に俺たちを殺しに来ていた。
ただの羽の生えた円盤は、龍ではなく死神というわけだ。
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