第百十四話「開闢」
俺は手を伸ばすが既に目の前にマーチャンはいない。
「マーチャン!」
「ムァアアアッ!」
敵の黒い龍が輝きを放って雄たけびをあげる。
「じゃあ行くよっ! バイバイお姉ちゃん」
キャンはそのままムーチャンを連れて飛んで行ってしまう。
マーチャンを失った俺たちに目もくれない。
「マシルド! アヤメ!」
「キャンはあちらの方向に!」
俺たちはマシルドで地面への衝撃を和らげる。
既に回転した重力が元の状態に戻っていた。
「クロキリンの効果時間が切れたか、やられたかだ」
「これで元々懸念していた話に戻るというわけです」
「キナワの兵とクロキリンが戦って、疲弊したところを真チュート教が狙う」
その本陣はローグでなくキャンだった。
相手に残された手札が一枚多かっただけ。
それでも、龍のコケラという強力な存在は俺たちが一番知っている。
「シャドウ!」
「ご主人様雨雲です。クルスお兄様が作っているあれを目印に」
キーリの影を呼び出して二人で飛び乗る。
流石に体力も魔力もかつかつだが、ここで動かないなら意味がない。
「ったく! 本当にどうしようもない」
俺とアヤメのパーティは本来燃費が悪い。
だが俺には二つのジョブを持つことでできた二倍のリソースがある。
アヤメには宝剣マラクによる吸収魔力で貯めておくことができる。
「アイテム! ポーションがぶ飲みだ。体力だけでもなんとかする」
「いただきます」
アヤメが俺からポーションを受け取って一気に飲み干す。
俺たちの強みは燃費が悪くても多大な保有魔力で戦う。
だからこそより実力のある敵に対してもアドバンテージが取れた。
「かつかつだ……」
だが今はローグを倒すのにリソースを使い果たした。
「まだ諦めていないのでしょう?」
「当たり前だ! マーチャンは取り返す……っと、冷静になるんだ」
俺は頭を押さえて今の事を考える。
敵はキャン一人だ。クロキリンはおそらく倒される。
それに加えてキナワの兵。
この事態ならウキョウの兵だって一緒に戦ってくれるだろう。
「俺たちは情報だ。マーチャンの事からわかる黒い龍のことを知ってる分だけ、キャンがペラペラ話した事情を味方に伝えて」
「落ち着いてください、まだ時間はあります」
アヤメが俺の背中をゆっくりと叩く。
疲弊しているのは俺だけじゃないからこそ、二人でここは奮起し合う。
「……少なくともマーチャン救出を他の人達が手伝ってくれるかはわからない。飲み込んだからってすぐに消化しきれるはずがないから」
「ムーチャンとやらのおなかを開けて救出ですね」
「あいつも障壁がある以上いきなり吹っ飛んだりしない、まだ……」
俺はマイナス面も併せて言い聞かせる。
ふいに、キーリの影が消えてしまう。
シャドウを使い続けるだけの魔力が無くなったのだ。
「もう少しは走る。アヤメは大丈夫か?」
「ご主人様の行くところが私のいるところです」
「よし、よし!」
二人で走り出す。
クルスの作ったであろう雨雲がもう上空に見える。
ピリピリとした戦闘の気配が肌に伝わってきた。
「マーチャンがいないと、どうなってるのか不安で前もあるけねぇや……」
思えばマーチャンとはいつだって一緒にいた。
前が安全かどうかだっていつも教えてくれたし。
異世界に来て寂しい思いをしなかったのだって、マーチャンがいたからだ。
「…………」
アヤメが俺の手を握る。
戦闘中に片手をふさぐなんてダメかもしれないが、これで行くことにする。
俺は精神的にも思ってた以上に参っているみたいだ。
「ここが……」
開けた場所に出た。
激しい戦闘があったのだろう、木々が焼けこげ、倒れた人間も見える。
中央には倒れたでかい黒毛のキリン種。
「クルスお兄様! キャンは真チュート教信者です!」
アヤメは開口一番に必要な情報を全員に伝えた。
彼女の言葉は全員の耳に届き、世界の中心を作る。
だが今はアヤメ以外に、この渦中を統治する奴がいた。
「お嬢サマ、ちいと言うのが遅かったですね」
俺たちの横にいきなりブランカが現れた。
マーチャンがいないせいで接近に気づけなかったのだ。
「ブランカ、どうなった」
「どうもなにも、クロキリンにとどめを刺したのはあの黒い龍。しかもキャンお嬢サマの飼い犬ときたもんだ」
倒れたクロキリンの上に乗っているのは、ムーチャンだ。
キャンはムーチャンの翼に隠れて何かを探している。
障壁が突破できず、更にはキャンという貴族に手を出し辛い。
「抜錨!」
クルス兄さんが叫んでようやく魔法による一斉攻撃が始まった。
トップクラスの実力者が一斉に攻撃しているが。
メドゥが俺たちを見つけて近づいてきた。
「ユイくん! あの黒いのはなんだ、マーチャンと同じ感じがするぞ」
「あれは偽物です! でも実力はマーチャンと同じ!」
ムーチャンの障壁は硬く、破られる気配はない。
「ゴールドフィストぉ!」
盟主ギリのガチガチに固めた黄金の拳が、辺り一帯を吹き飛ばす。
それによってヒビの入った障壁が割れて、ムーチャンに炸裂する。
「ムァアアッ!」
ムーチャンが悲鳴をあげる。だが繭を解かない。
自分の身体がどうなろうとその体を開放することはなかった。
「大丈夫だよムーチャン。すぐに始まるから」
キャンの声が、全員の耳を射止めた。
盟主ギリによって硝煙が吹き飛び、明確になった景色の上にいた。
ムーチャンの身体の隙間から見えるキャンが持っていたのは光る鍵。
「開闢、魍魎開門」
キャンの言葉に、誰もがおとぎ話の魔王を思い起こす。