第百十三話「キャンはね、もっと先が見てみたい」
真チュート教の老師。
キャンは自分のことをそう名乗りながら得意気に俺たちを見る。
アヤメに至っては唖然としていた。
「キャン! それがどういうことかお分かりですか!」
「なにお姉ちゃん? 誰だって生きていく進路は自由でしょ。奴隷になってなんだかんだで楽しんでるお姉ちゃんに言われたくありませーん」
俺は眉をハの字にして情報を整理していた。
段々とだが、今が危機的状況だという事を理解する。
「なんで今出てきた。ローグは良いのか?」
「ローグは最低限の仕事をしたかな。もちろん運が悪かったし責めたりしないから安心して。キャンの目的は果たせそうなので」
「だから出てきたのか」
キャンには勝算がある。だから出てきた。
俺もアヤメもかなり疲弊しているし、ここは、
「マーチャン!」
「マー!」
マーチャンが翼を広げて飛び立った。
逃げるという意味ではこのマーチャンに追いつける存在はいない。
「ご主人様!」
「ここは逃げるしかないだろ」
「いえキャンが!」
アヤメが指さす先には、遠くになったキャンの姿がある。
キャンは胸元から何か球体の……生物を取り出して呟いた。
口の動きでわかる、エボルトと。
「マーチャン! 逃げるぞ!」
「ふふーん。ムーチャンが逃がしませんよ」
キャンが見たこともないドラゴンに乗って飛翔していた。
ムーチャンと呼ばれたそれは、全身に鋭利な鱗でおおわれた龍だ。
刃の翼を広げ、鋭い牙が大口に装着されている。
「マー!」
「ムァアアアアッ!」
お互いの身体が横ばいにぶつかる。
障壁同士が合わさったときに障壁は消える。
魔列車と同じだ。マーチャンと同じタイプのそいつは攻撃できる。
「真っ黒なマーチャンってわけかよ!」
「実はキャンもエボルトは知らなかったのです。情報として伝わっていたんだけど、どうすればこうなるのかなって」
「だからずっと見てたのか! パクりやがって」
マーチャンとムーチャンのチェイスが始まる。
お互いにぶつかりながら体を削り、上空へ飛翔をつづけた。
やがて龍の角を抜けて聖地も超え、空で二体の龍が相対する。
「マァアアアッ!」
「ムァアアアッ!」
上空で螺旋を描きながら落ちていく二体は何度も衝突する。
景色が早すぎてこの二体以外に何も見えないのが俺たちの現状だ。
「ご、ご主人様! このままですと」
「考えてる……」
ムーチャンは得意気な表情のキャンを背中に乗せている。
マーチャンは俺とアヤメを二人乗せているし、疲労困憊だ。
ただ分が悪いと言うとそうでもなく、マーチャンが上手く立ち回っていた。
「マー!」
「戦闘経験はこっちにあるが……」
おそらくキャンは俺たちが下りるタイミングを見失った瞬間を狙った。
ローグによって疲弊し、出せるだけの手段をさらけ出された。
「ふふん、ムーチャンも頑張りますよ」
「うちの子が一番だよ!」
キャンはあんな顔こそしているが、行動のひとつひとつが上手だ。
マーチャンはフェイントをかまし、直線的なムーチャンをさばく。
「んーやっぱりお姉ちゃんたちの方が強いね。仕方ないよね、こっちはババフライ様が製造してから保存してただけだもん。人格すらまともに育ってない赤ん坊未満でしかない子なんだけどっと」
「シュート!」
「ホントお姉ちゃん容赦なくキャンを狙うなー」
二体の障壁があるせいで魔法の援護はできない。
アヤメの打った矢はムーチャンが接近する瞬間を狙うが、
「どっちも速すぎる!」
龍たちにとってそれは止まっているようなものだった。
何せ矢よりも自分たちが飛ぶ速度の方が上だ。
「何か援護できることがあれば……」
「いや、できることはある。あるんだが……」
マーチャンの羽がにぶく震える。
ムーチャンは直線的だが体力でごり押しをしてくる。
「シャドウ! イノリ頼む」
俺はそれしかなかった。
イノリの影を呼びマーチャンの体力を回復させる。
だがそれは、
「ヒールオール」
「キャンが回復魔法を……!」
キャンが持っていた小さな杖をムーチャンの背中に当ててスキルを唱えた。
『キャンは私たち兄妹の中で最も頭のいい子です。それ故に修道士の適正もあってカイドウの学園に招待されていました』
アヤメがかつて言ったことを思い出す。
ムーチャンはより力強く翼を広げて、俺たちに向かってくる。
「ったく! 操獣士じゃねぇのかよこの女は!」
「ユイお兄ちゃん。契魔法とはマムートとの契約を意味します。つまり魔力そのものを契り根底を覆す力なの」
マーチャンの身体が衝突を受けて硬直する。
「これはリヴァイアス大陸における支配者と接触し契約した証でもあるの。もちろん普通じゃその力の扱い方もわからなくてどうしようもないんだけど。ユイお兄ちゃんみたいにその言語を理解して活用できる人もいる。エボルトとかね」
マーチャンの身体から光が漏れて、龍の身体が崩れていった。
俺とアヤメは空中に投げ出され。
元の毛玉の姿になったマーチャンが露になった。
「キャンはね、もっと先が見てみたい」
ムーチャンが大口を開けて、バクリとマーチャンを飲み込んだ。
「マーチャン!」
俺が手を伸ばす時間もないままにマーチャンが奪われる。
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