第百六話「あっちが黒い雷なら俺たちは赤い稲妻だ!」
俺が感じたのは浮遊感と、横に引っ張られて下に行くというもの。
クロキリンが身体を持ち上げて地面を蹴った。
「さぁて」
「あっ……」
目の前のヒハナが空中に落ちていた。いや違う。
「横に落ちてる! いや正常な上下に戻ってるんだ!」
俺は叫びながら、木につかまって落ちるのを防ぐ。
他の奴らも把握したみたいで、近くの根を張った木にぶら下がる。
龍の角は上へ歩くことのできる特殊な空間だ。
クロキリンはどうやってか、その法則を元に戻した。
「フルール……っ!」
「あぶないあぶない」
全員がその事実に気づくのに遅れた。
対応こそできたが、それをする間にキリン種たちは攻勢に出る。
誰よりも狙われたのがヒハナだった。
「ひとをつらぬくのはきもちいいね」
「ヒハナ姉さん!」
ヒハナは誰よりも対応が早かったが、その隙で全キリン種が攻め立てた。
他の人間が襲われているのを横目に助けていたのもいけない。
クロキリンの大きな角が、ヒハナの脇腹に突き刺さっている。
「ヒハナさん今……っ!」
「させないさ」
クロキリンが大きく首を振って角からヒハナを抜く。
ヒハナは空中に放り出されて、そのまま下へと落ちていった。
「きみたちはつよいよ。全員がたばになったらかてないとおもうさ」
キリン種だけは、今まで通り地面に足をつけて歩いていた。
クロキリンの黒い雷は地面に流れ続けている。
「でもね、こうやってよこに落としちゃえば。かんたんさ」
奴は俺を見ていた。
ヒハナが一番に庇った相手を狙っているのだろう。
「さよならだ」
「ご主人様!」
「グラビラ!」
俺はクロキリンの注意を引き付けながら、地を走って逃げた。
「あれ……? きみもじばをあやつれるのかな」
「いいやもっと偉大な重力様だよ!」
「まー!」
俺はグラビラの重力で龍の角を正常な状態で活動できる。
とはいえ俺一人分が精いっぱいだし、片手も塞がれる。
鞭をベルトから取り出して、指でベルトのキーリに触れる。
「シャドウ!」
キーリは出現すれば予想通り地面を走ってくれる。
「その黒い雷は磁力かなんかなのか?」
「うーん、やっぱりそれなりにやるんだねぇきみ」
クロキリンも警戒してキリン種を呼び集め指示を与える。
どうやら他のキリン種たちは狙いを分散させた。
木につかまって身動きの取れない味方に稲光や蹄が迫る。
「さて、ひはなは彼らを守ってしんだわけだけど、きみはむだにするのかな」
「コウォル! なめんなよ」
「スマァアッシュ!」
俺は他のメンバーを気にかけない。
そんなに善人ぶる気はないし。
「そもそも、ここにいる奴らは俺と違ってプロなんだよ! コウォル!」
俺がいなくとも彼らは戦ってきたのだ。
世界が横向きになったところで瓦解する戦力じゃない。
目の前のクロキリンに集中する。
だが、クロキリンがふいに止まった。
「どうしたよ」
「いや、ちょくせつ刺せないのはざんねんだなぁ」
地鳴りがする。
それは元の重力に戻るわけでも、誰かのスキルでもない。
もっと単純な自然の摂理だ。
「じゃあね」
クロキリンが逃げていった。
俺は右を見る。
そして俺以外は、真上の空を見た。
落ちてきているのは大量のモンスターだった。
「龍の角全体に効いてるのかよこれ!」
見るとキリン種が何体か混じっている。
俺たちに落ちるようモンスターをトレインしていたわけだ。
木にしがみ付いている仲間たちは逃げられない。
「見捨てて逃げてもいいけど、やっぱ目覚めが悪いよなうん」
俺たち程度が何をしなくとも生き残るかもしれないが。
恩を売るのもありだ。そうそんな利己的なものだ。
「アヤメ! あっちが黒い雷なら俺たちは赤い稲妻だ!」
「はいっ!」
アヤメは既に地面に足をつけていた。
キーリの背に乗って、稲光をさらに帯電させる。
より濃い色となった雷は熱を帯びて赤く染まる。
背中にマラクを隠し、引き溜めを続けてさらに強く輝いた。
「マラク!」
アヤメが目を見開いて正面に一文字を描く。
赤い稲妻はそのまま周辺の木へ感電し、落ちるモンスターにも電導する。
感電したものが赤く稲妻のヒビを作り、割れたと同時に爆発した。
*
二日目の夜の龍の角は、メドゥたちと一緒になった。
アヤメと一緒に焚火に温まりながら、今日の事を思い出し合う。
結果だけを見ると敗北だろう。
俺たちは聖器を奪われたままクロキリンに逃走を許した。
「ヒハナ姉さんは、まあ生きていると思われますよ。お腹に風穴を開けたまま落とされた程度ですから」
「死んでないという信頼はある」
キナワの遠征隊は少ない被害で二番目の宝珠までたどり着いた。
クロキリンによって歪められた重力は数分で元に戻っている。
今は遠征隊で野営を行って夜食の準備をしているころだ。
「すまない。ギリの部隊では君たちに助けられたと聞いたよ」
「俺がいなくても何とかしたでしょプロの人は」
メドゥが俺たちのテントに近づいてきた。
というか隣で野営するつもりらしい。
レウスたちをもっと頼れ正式部隊だろうが。
「あ、ちょっとお肉をもらうよ」
「今更そういう礼儀があるんだな」
「いやいや、君たちがアイテムを持っていることがここまで頼もしいとは。補給物資は君たちがナンバーワンだよ」
メドゥは少し目に疲れが残っている。
すましているが何度も一緒に風呂入っていないのだ。
俺はもちろん容赦しないぞ。
「今回の遠征について色々話してもらうぞ。いやなら明日でもいい」
「いや、今話すよ。こうなるならもっと先に相談しておけばよかったね」
焚火のはじける音がした。
俺たちは待つ。
メドゥはしばらく黙り込んでいたが、唇をぎゅっと閉じてから囁く。
「私たちは三国会議の他にもある議題を抱えていた。聖器の性能確認と、聖地への郵送だ。その聖器の名前は、魍魎開門」
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