第百五話「ひとを嫌うのがモンスターの本能だ」
物音ひとつしなくなった森の中で俺は叫んだ。
「シャドウ!」
キーリの影を呼び出して、二人を背中に乗せる。
アヤメは少し落ち着いたようだが、まだ表情は暗い。
ヒハナは平気そうな顔こそしているが疲労がたまっているだろう。
「マーチャンすまないが道案内を頼む。たぶんあっちはあっちで戦闘になってる」
「まー……」
マーチャンは俺の頭の上で指示を出してくれる。
どうやらこの辺り一帯の命は俺たち以外沈んだようだ。
生命石のない木々だけがキーリのつむじ風に揺られる。
「ヒハナさん、オリジナルスキルってまだ打てるんですか?」
「ダメ。この子が機嫌を損ねる。それに、あなたは大丈夫でもね」
「すみません」
俺の背中でアヤメが強く抱きしめてくる。
「私は……かまいませんよ」
「やらないわよ。あの子は手で囲えるもの以外全部壊していいときだもの」
ヒガンバナジュウニヒトエに関してはもう使えないだろう。
俺以外の疲労もそうだが、友軍がいるだけで味方殺しのスキルになる。
「見えてきました! みんな連戦行けるか?」
「へいき」
「ご主人様、早く行きましょう」
「まー!」
キーリが蹄に稲光を走らせる。
俺でも敵の気配が近いことが見て取れた。
「3……2……スラッシュ!」
俺はキーリ乗ったままスキルを放つ。
裁断の閃剣は俺が使ってもかなりの威力を持ってくれる。
ただ速く走ったキーリに乗ったまま放てば、辻斬りだってできる。
「悪いな」
タイミングよく横なぎにしたおかげで、キリン種の一体が首を落とす。
ヒハナを置き捨てたのだから切り捨ててもいいラインは越えた。
「メドゥ! また会ったな!」
「ユイくん!」
メドゥは鉄扇らしき武器を振り回しながらキリン種に対応している。
「せっかく俺たちがしんがりしたのに追いつかれたのかよ」
「ユイくんが交渉できてなかったからキリン種に襲われちゃったみたいだね」
「ご主人様がなにをしようとも、最初からこうするつもりでしたよあれは」
アヤメは顔こそ強張っているが、剣を降りキーリの上で立ち上がる。
ヒハナも刀から花びらを落としだす。
「敵はどれくらい?」
「私の見立てでは八体かな。ユイくんが一体倒してくれた」
「あんまり攻撃してきてないが」
「彼らは私たちの足止めだよ。聖器を盗まれた」
キリン種たちはバチバチこそしているが、攻めあぐねている感じだ。
俺はキーリ乗ったまま、鞭を片手に構えた。
「ギリから連絡があった。どうやら敵はキリン種の中でも指折りの進化種らしいよ」
「クロキリンだろ」
「頼めるかい?」
「どうして俺たちだよ」
「キーリの機動力があって、私たちの中で一番強いんじゃないかな」
メドゥが指さすのは、一番後ろにいたヒハナだ。
ヒハナはそれ察してか、俺の肩を叩いて急かしてきた。
「行きましょうユイくん」
「大丈夫ですか? オリジナルスキルだってそう打てないだろうし」
「フルール!」
ヒハナは柄を振って花びらを散らせる。
キリン種たちの隊列が割れ、
「突撃!」
メドゥたちがその合間を縫うように道を開いてくれる。
「関係ないのよ。オリジナルスキルがあるから強い話じゃないの。強いからオリジナルスキルもあるのよ」
「君たち早く!」
「ほんと!」
俺はすぐさまキーリを駆って隙間を抜ける。
周りにいる護衛もレウスとかアルスたちなので心配はしていない。
「コォオオッ!」
「失礼しますご主人様」
他のキリン種たちが足止めに稲光を走らせる。
アヤメが前に出てそれを宝剣マラクが吸い取る。
キーリは足止めをくらうことなく森の景色を流していく。
「あーあ」
クロキリンの声がした。
キーリがたどり着いたのは数人のキナワ兵と戦うキリンたちの姿だ。
実力者も多く、メドゥたちの遠征隊よりもずっと強く頼もしい。
苦戦している様子は全くなかった。
「援軍に来ました! 誰にどうして奪われたんですか」
「クロキリンだ。あいつが何かスキルを使った」
前に出ていたごついおじさんに答えを教えてもらう。
「やっぱり彼らをあててもだめだったかぁ」
「クロキリン! あんたら裏切ったな!」
「なにをいうかと思えば。ずっと君たちのてきだったのに。ひとを嫌うのがモンスターの本能だ」
クロキリンはその四足で立つと存在感が際立つ。
夜の帳がそのまま歩いているような真っ黒な体躯がこちらを見下ろす。
「われわれはその欲望に真摯なんだ。ほしいものはうばう」
「スマッシュ!」
「ブラスト!」
クロキリンはふわりとつま先で飛ぶと、俺たちの上を飛んできた。
まるで抵抗がなく、元からあった道を進むかのよう。
「フルール!」
ヒハナがキーリから飛び上がってそれに対応する。
クロキリンは右後ろ脚を花びらに掴まれてたたらを踏む。
「おっと」
「ならこちらもそういう挨拶をさせてね」
クロキリンは少々毛を逆立てて雷魔法を迸らせる。
ヒハナはそこにひとひらの花びらを置くだけでスパークを起こす。
周りの人間もキリン種たちを追い詰め、逃げ場をふさいでいる。
「持っているのでしょう。そのふわふわの背中に隠したのかしら?」
「いいやこまった。きみたちが強いせいだ」
クロキリンの身体がさらに帯電していく。
俺とアヤメ、ヒハナや他の護衛も何かを感じ取って構えた。
何が起きようと対応できる構えだ。
「ここにいる全員がまきぞいだよ」
クロキリンの帯電が色濃く変わる。
稲光は基本的に真っ白なはずなのに、段々とほの暗い黒に染まる。
「森の子がかわいそうに」
クロキリンの黒い稲妻が放たれた。
それは俺たちに届くというよりも全体の空気に干渉した気がして。
世界が回転した。
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