第百四話「静粛に、これはお墓参りよ。彼らと、彼らの」
ヒガンバナジュウニヒトエ。
ヒハナのオリジナルスキルが放たれる。
幾重にも重ねられた和服を着こみ、この戦闘の中心になった。
しかもサクラジュウニヒトエじゃない。
「ヒハナさんってオリジナルスキル二つ持ってるのかよ」
「ヒハナ姉さん」
アヤメと俺はヒハナに言われた通り彼女に近づく。
モンスターたちはヒハナのおめかしに何かを感じて動かなかった。
だがそれもすぐに雪崩となって押し寄せる。
「ヒハナ姉さん!」
「静粛に、これはお墓参りよ。彼らと、彼らの」
ヒハナは刀を振袖から抜き取る。
その刀の刀身は腰ほどの長さがあったが、錆びついていた。
刃も欠けたそれにヒハナは地面に向けて、柄の上で手のひらを開く。
「手を合わせなさい。アヤメ、ユイくん、これを握って」
「は、はい」
俺たちはさび付いた刃を握る。
ボロボロで、俺たちが触れたとこれで切れはしない。
ヒハナはゆっくりと手のひらを下へ、
「墓標」
刀を地面に差し込んだ。墓標。
辺りが突如、ほの暗くなった気がした。
ひたひたと、音がする。
「な、地面が……水浸しに」
俺たちだけじゃない、見える範囲全てが水溜りになった。
それはゴブリンたちの足裏を浸すくらいしかないが、濃い。
透明なはずなのに底が見えない水溜りの中から。
すぅ……と。
「花?」
「いいえ」
花のように見えたそれは、骸骨の赤い手だった。
彼岸花のように細く丸まって広がった赤い骨の手。
から、からと。
子供が空き缶を鳴らして遊ぶような音が骨から鳴る。
そんな彼岸花が、視界いっぱい埋め尽くされ花開いた。
「マーチャン」
「ま……ぁ」
ヒハナの声でマーチャンが慌てて錆びた刀に触れた。
骨の擦れる音がどんどんと外へ広がり、それは合唱に変わる。
まるで世界が赤ん坊になって笑っているみたいだった。
「ギ、ア……」
ゴブリンたちは金縛りにあったように動かない。
骨の花がゆっくりとゴブリンたちの足元を握り、引きずり込む。
浅瀬もない深さの水溜りに沈んでいった。
「ア、アァアア……」
叫びはない。
ゴブリンの誰かが手を伸ばせばその手を握り返す赤の手がひとつ。
口を開けたとたんに口の中から骨の手が花を咲かせる。
「……」
俺はこのスキルの詳細が気になったが、聞くことは躊躇われた。
静粛に。
あの赤い手がそれを望んでいる。
ヒハナさんは刀を押し込んだまま、空いた手で人差し指を口に立てる。
「ギァ……」
暴れだそうとした奴から、赤い手に連れていかれる。
戦闘中なのに、誰もが声を殺して動かなかった。
ゆっくりとだが大量の手が彼らを引きずり込んでいく。
「ひっ……」
アヤメの顔が青ざめている。
足元にもいくつかの赤い手の骨花が咲き始めていたからだ。
ヒハナがアヤメの手を重ねて、刀から手を離さないよう促す。
「……」
俺はローグを探していた。
この状況はかなり厄介だが、それでもあいつはまだ生きているはずだ。
「あっ……」
ローグはオウゴブリンの身体の上にいた。
「それが鍵か、興味深いが……」
「ガァボゴボォオオッ!」
オウゴブリンが赤い手に寄生された身体を動かしてローグを投げてきた。
狙いはおそらく俺たちが握っている刀だ。
「それを抜いてもらお……っ! マシルド!」
ローグの身体が空中で止まる。
伸びあがった大量の手が、ローグを捕らえようと花を広げる。
「無粋ね」
「ちぃっ! ウィンクロス!」
ローグの身体が風の気流で持ち上げられる。
赤い手はから、と手招きをしつつも、木よりも高くは上がらない。
「ギガァー!」
ローグはそのまま空を飛ぶゴブリンに捕まって逃げて行った。
スカイゴブリンとかいうの、確かダンジョンにもいた個体だ。
「あら」
「ギァアッ…………ァ!」
統率を失ったゴブリンたちがパニックに陥る。
だが叫びになる前にどんどんと赤い手に抱きしめられ、寄生され。
「……」
どれくらい時間がたったのかもわからない。
実際には数分もなかったと思う。
から、という音が遠くなり聞こえなくなった。
音のしない世界で、ようやく水溜りが無くなっていることに気づき。
「……ぷはぁっ!」
俺は緊張の糸と元に息を吐き出した。
見るとほの暗くなっていた世界も元の色を取り戻している。
それどころか、モンスターの痕跡すらない。
「最初から何もなかったみたいだ」
「なんにもなくなったのよ。この辺りにいた誰かはね」
ヒハナさんのもっていた刀から刃が消えていた。
枯れた花が散るように着物が崩れ落ちて地面に溶けていく。
俺はそこで気づく。
「アヤメ! アヤメしっかり!」
「ご主人様……」
アヤメが俺の手を握って震えていた。
自分が生きていたことに今気づいたみたいな、か細い姿だった。
「ユイくんはそういう所頑丈なのね。精神耐性持っていたりする?」
「ヒハナさん、これ」
「このオリジナルスキルはね、周りにいる生き物全てをどこかに連れて行っちゃう手を出すの。墓標に触れている子以外はほぼいなくなるのよ」
ヒハナはしれっとした表情で解説を続ける。
俺もふてぇやつという自覚もあるが、流石にドン引きしてしまう。
「解除方法は墓標を抜くか、触れている以外の誰もいなくなった時ね」
「そういうのあるなら教えてくださいよ……」
「これ空を飛ばれると厄介なのが困るわね。ローグって人はひとめで攻略を編み出されたし、次は通用しない気もするけれど」
「ヒハナさんもしかして大丈夫じゃなかったりしますか?」
マーチャンもいつになく身体が硬い。
アヤメに至っては手が冷たくて、俺の身体で暖を取っているくらいだ。
「ちょっとだけね」
「リスクがないなんて思っちゃってすみませんでした」
思えばサクラジュウニヒトエもちょっと振れば何でも切れる剣だ。
事故率の高さがヒハナの弱点なのだろう。
俺のオリジナルスキルに関しての認識は甘かったと言える。
こんなの劇薬だよ。