第百三話「ご主人様と同タイプの魔法指揮官です!」
ローグは長い腕をだらんと前にして猫背だ。
俺とアヤメは既に戦闘態勢に入っている。
「さて、追い詰められてしまったようだが。見逃してはもらえないかね」
「逃げるって立場じゃないだろあんた」
ローグは突っ立っているように見えるが、常に指示を出している。
マーチャンによれば、既に俺を囲う敵の気配がビンビンらしい。
俺たちは追ったというよりも、追わされたのだ。
「俺たちは聖器を持ってない」
「知ってるよ。こちらが欲しいのはコケラだ」
ローグが指さしたのはマーチャンだ。
なんとなくだが、察していた。
「コケラってなんだよ、マーチャンって言うんだぞ」
「知りたいかね?」
知りたい。
俺がキナワでちょっと調べた程度ではその情報はなかった。
ババフライも言っていたコケラという情報を持っている。
「どうだ? 知識欲は人間のもつ普遍的な欲望だ」
ローグは笑わない。神妙な顔でこちらに訪ねる。
罠だ。
「俺は仲良くもない奴のいう事は信用しないんだ。そういう奴には身体で聞くって決めた!」
「マシルド」
「シュート!」
アヤメのシュートがローグのマシルドに阻まれる。
スキルを使うモンスターだ。
「これが言葉を話せる利点だ。そこらのゴブリンとはわけが違う」
「シャドウ! コウォル! 知ってるよ!」
俺は陣地作成のためにコウォルを選択する。
ブリンに剣を持たせ、とりあえずローグに突撃だ。
「アクセル」
ローグは魔石を握ってスキルを唱えた。
ブリンの技術が込められた剣裁きを難なくかわし、
「フィスト!」
ローグはもう片方の手に握ったスキルを輝かせる。
名前の通り拳をアンダースローでブリンにかましてきた。
ブリンは咄嗟に剣を盾にしてそのスキルを防ぐ。
耳鳴りがするほどの衝撃音が鳴りひびいてブリンが飛んだ。
「頑丈だな。宝剣レベルか」
ローグは追撃せずバックステップ、その間に持っていた魔石をしまう。
両手には杖を持ち直して、
「シュート!」
「マシルド、ファイアシュート!」
俺は逆に走り出す。
アヤメのシュートが俺の耳をかすめてローグに向かい。
マシルドによってシュートが防がれた。
ファイアシュートはおそらく火の高速矢だろう。
この手のは強力だがスキル名が長い。
「まー!」
「スラッシュ!」
マーチャンの危機察知である程度読めてスキルなしで避けられる。
そもそも俺はローグに近づいたわけじゃない。
大きく横に飛んで鞭を伸ばし先っちょをブリンに掴ませる。
そのまま遠心力で振り回して、ブリンごとローグに鞭を振った。
「本当に硬い剣だ」
「言っといて防ぐなよ」
ローグは避けられずに足をちょっとだけ切る。
他のゴブリンが飛び出してローグを庇った。
「ボルト!」
既に俺とアヤメの周りにもゴブリンの群れができつつある。
「フィスト。申し訳ないが数ならこっちが上だ」
ローグはブリンを殴り飛ばす。
奪われそうになった剣はブリンによって俺の目の前に投げられた。
俺はここまでの分析でなんとなくだがローグの戦闘スタイルを把握した。
ババフライと同じで状況を味方にして戦うタイプだ。
つまり大量のゴブリンが集まっているこの状況はよろしくない。
「よろしくありませんね!」
「コウォル!」
アヤメがボルトで作った矢をそのままローグに放つ。
「マシルド」
ローグのマシルドが的確にアヤメのボルトを止める。
俺はここでやっと思い至った。
「あのローグはご主人様と同タイプの魔法指揮官です!」
アヤメも同じ結論に至ったらしい。
一番にやらなきゃいけないタイプの敵だが、倒すのが難しい。
俺が俺を倒すならば、周りからと考えるが、
「敵のゴブリンが多すぎる!」
ローグはその間にも奥へ潜み、ゴブリンを集中させる。
オウゴブリンは厄介だが、アヤメのシュートで何とかなる。
だがこれから他のタイプも増えていくだろう。
最悪マーチャンのエボルトを使って――
「やっと追いついた」
「ヒハナ姉さん!」
ヒハナがゴブリンたちを突っ切って俺たちに合流してくれた。
花びらで道を作って踊るように目の前に。
「ヒハナさん遅いです!」
「キリンたちに落とされたの」
「まぁそうだと思いましたよ! シャドウ!」
ブリンを呼んで敵を払い続けてもらう。
もうローグがどこにいるのかわからない。
「キリンども裏切るの早すぎだろ!」
「どうしたいの?」
ヒハナは状況を理解しきれていなかったがシンプルな答えを俺に求めた。
「敵を一掃したいです! キナワのみんなは先に行っちゃいました。キリン種もそれを追っている。ここにはゴブリンだけいっぱい!」
「なら、ここにいる全員を殺せばいいのね」
ローグは俺たちを狙った。
キナワの兵たちはそこまでやわじゃないはず。
俺はヒハナに頼み込む。
「はいそうです!」
「じゃあ舞います。時間稼ぎお願いね」
ヒハナは言った傍から踊りを始める。
あのサクラジュウニヒトエは攻撃力こそ高いが、範囲はどうなのだろう。
「ご主人様! ヒハナ姉さんはやると言ったらやります!」
「時間稼ぎに費やす!」
「ファイアシュート!」
「マシルド!」
俺がマシルドを撃って、ローグの魔法を止める。
「この呪文はあんたの専売特許ってわけじゃないんだぜ」
判断が早い。
ヒハナが何をするのか察する前に狙ってきた。
俺もそうすると思ったから、マシルドを手に持っていた。
「スラッシュ!」
「なかなかに聡い!」
ブリンがその隙をついて剣を振るが避けられる。
だがローグは焦りを見せた。
「数は多くないが、俺は二人分動けるんだよな」
ローグは多くの軍勢を機能的に動かせる。
俺は自分と意志の通ったブリンがいた。
アヤメは俺の心が大体読める。
「マラク!」
アヤメが蓄えておいた電撃を放出する。
地面前方を範囲攻撃できるその技は確実にローグへ届いた。
「いい感じにしびれろ!」
「アクセル!」
俺は手札が増えたことによるスイッチが上手く動いた。
ローグが麻痺した身体を動かして退避する。
「あれでもモンスターはだいたい焼けるんだがな」
「ユイくん。もう少しで着れそうだから、近づいて」
「ヒハナさん?」
あの滅茶苦茶な切れ味のある刀が来るからだろうか。
とはいえ乱戦にでもならないなら援護したほうがいい気も。
「ご主人様早く。ぼおっとしないでください!」
「まー!」
アヤメに手を引かれる。
マーチャンにまででれでれするなと怒られた。
「いっしょに墓標で溺れましょう」
ヒハナは舞いながら、周囲にいるゴブリンに囁く。
桜よりも濃い赤色がヒハナの全身を包み込んだ。
「ヒガンバナジュウニヒトエ」
ヒハナが着込んだ衣装は幾重にも重ねられ、表は真っ赤だった。
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