第百一話「聖器をもっていたな。あれはよくない」
龍の角は朝日が昇ると地上から光があふれ出す。
頂上から降り注がれる輝きを地面が受け取って輝きだすのだ。
「おはようございます」
アヤメが早くに起きている。つまりそういう事だ。
俺も寝袋から這いずり、アヤメの見る方を覗く。
「お迎えか?」
「そのようです」
アヤメはふと何でもない場所まで歩いて足をあげると。
パァンと、衝撃の花びらの大きな音を踏み鳴らす。
「うぅ……」
「ヒハナ姉さん、準備をしてください。歯磨きと顔を洗って」
ヒハナが瞼を閉じたまま起き上がってくる。
手であくびを隠していたが、何かに気づいて目を凝らす。
「見たことないモンスターね」
「キリン種ですよ。ご主人様ブラシをお願いします」
「ん」
「ま~」
マーチャンは最初に気づいたのだろう、警戒していない。
朝の準備をそこそこに終えて、食事も軽く。
「アイテムやっぱり便利ね。ユイくんそれ」
「あげませんよ」
「待たせているようですので」
俺たちが立ち上がると、森の奥からようやく姿を現した。
角の付いたでかい馬のような四足の体躯に、白い鬣が靡く。
キリン種は俺たちを一瞥すると尻を向けて歩き出した。
「ついて来いってことかな。キーリに似てるが角がある」
「あの白いタイプはそのままキリンと言うそうですよ。色がついて名前が変わります」
「まぁキーリからして賢かったからな、どっかで接触してくるとは思ってたけど、あえて俺たちを選ぶあたりやっぱ……」
キリンたちはキナワの遠征隊に襲撃をかけた。
とはいえ被害もなく、まだ交渉できる段階である。
あえてキリンたちは力を見せるために襲撃をしたと考えるのが妥当だ。
「違うと思うわよ。モンスターは戦いが好きなの。これ何処に連れていくつもりなのかしらね」
「えぇ……」
ヒハナが先頭を歩いていたが、やがて立ち止まる。
茂みの音を鳴らしながら、数体のキリン種たちがひょっこり顔出す。
動物園かな。
「ヒハナさん、俺一応意思疎通があるんで聞いてみますよ」
「あ~みなさまようきました」
しがれた低めの声がした。
俺はアヤメとヒハナを見るが首を振る。むしろ勘違いされるなら俺か。
声の主は、正面に現れた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「……喋ってる」
キリン種だった。
体毛が真っ黒なのが他とは違うが角の付いた馬である。
そいつは俺たちにゆっくりと近づいて……動かない。
んン?
「ユイくんちょっとどいて、先に生命石に触れます」
「え、あ」
「生命石に触れることを許すのはモンスターにとって戦闘をしないという意思の表れなの、知らなかったの?」
「なんで姉さんは知っているんですか……」
「前にもあったのよ、オオイワヌシとか、オオガミネコとか」
ヒハナが黒いキリンに触れて頷き、俺たちを見る。
アヤメもそれに続く。
俺も意を決して触れた。
クロキリン ♂ 170歳
Lv68
「あぁ、そちらはかまいませんので。心眼がおありなので」
「あらそう?」
ヒハナが服をまくり上げようとしてやめる。
クロキリンはよく見ると瞳がほんのり白く、高齢なのが見て取れた。
「はてさて、こたびはうちのものどもが粗相をおかしたようですね。とはいえモンスターとはそういうもの」
「知っています。モンスターは基本人と共存しないもの」
ヒハナが俺たちを見ながら代弁する。
モンスターはそもそもが人に敵対する性質があり、例外は少ない。
「理解していただけてうれしい。ひとは龍にことばをもらい、モンスターにはほとんどあたえんかった。隔絶した関係なのはいわずもがな」
「だから攻撃したの?」
「ああ、そうした方がてっとりばやいと思った個体がけっこういた」
マジで喧嘩っ早いんだなモンスターは。
俺が仲間を持っていたからそんな印象がなかっただけなのだろうけど。
「じゃあこうやって話ができるんだ。どうして攻撃したのか訳を教えてくれ」
「聖器をもっていたな。あれはよくない」
「よくないって、他の人間だって聖器を持ってるじゃないか」
「あれは例外だ。つかえるひとがいるのならなおさら」
「話が読めない。つまりキナワがもってきた聖器が危険なもので、それを使える人間がいるから駄目なのか?」
「いや、つかえるひとにわたったらいけないのだ。きなわなるものが持っているだけならなにも言わない」
クロキリンは名詞に興味が無いというか、主語がふわふわしている。
「わしたちは聖者との盟約でかのじょに連なるものに干渉しない。だからきなわを狙った」
「俺たちから聖器を奪えば手っ取り早いと思ったけど、それができなかったから事情を話すことにしたってことでいいのか?」
周りにいるキリン種に睨まれた。
もちろん悪気はないが、ことばを選べばよかった。
クロキリンは気にしてない。
「いや、やろうと思えばわしもうごくよ。だけど注意にとどめることにした。わし個人はそこまでしてまもる必要もかんじなくなってきたからね」
「じゃあ聞かせてほしい。使える奴に渡さなきゃ安全なんだな?」
「そうだよ」
「それは聖地……上に住んでる人間なのか?」
「ちがうよ」
「じゃあ誰がその聖器を使えるんだ」
「んーだれといわれても、使えるひとと聖器がちかづいているくらい。でもすぐにとりに来るよ。ほら」
ほらと言われても。
何処を見渡しても新しい人なんていないし、キナワの兵も見えない。
「まー! まー!」
ただマーチャンの毛が逆立ち、どこか知らぬ向こうに鳴きだした。
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