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開店前のログハウス喫茶店にて
改めてくろじからの(アルバイト)申し出に白狐と共に耳を傾ける
すずめは一も二もなく受ける
歩くしかない
然う決めた以上、歩いて行くと決めた
唯
白狐の労働を禁止した結果
自身 (すずめ)の労働も禁止された手前、場都合が悪るい
心許なく隣に腰掛ける白狐の顔色を窺う
すずめの様子にカウンター越し、はつねが助け舟を出す
「私は(すずめがアルバイトする事)賛成」
「みやちゃんも…、」
「みやちゃんは賛成だよな?」
はつねの言葉を遮り
はつねのように白狐を「みやちゃん」呼びする
くろじが此処ぞとばかり言い切る
何や彼や「あま(甘)ーい」はつねの事だ
どうせ「みやちゃんも賛成して欲しい」等と
言葉を選ぶつもりだったんだろうが生憎、俺は甘くない(笑)
次いで「御前(白狐)も働けや」迄は面倒なのか
口にはしないが其 (くろじ)の目は明らかに言っていた
遂に(不満ながらも)大人しく話を聞いていた白狐が立ち上がる
慌ててすずめも立ち上がる
読めない白狐の(此の後の)行動にはらはらする
すずめを余所にはつねは(何故か)笑いを堪えているようで
くろじはくろじで大人の、男性故の余裕(笑)からどんと構える
当然、其 (すずめ)の思考から
此の結論は分かっていた事だが白狐は何とも不満だ
俺(白狐)に言わせれば
御前 (くろじ)等、赤子も同然だが
すずめに言わせれば
俺(の年齢)は自分 (すずめ)と大して変わらなく見えるらしい
故に何も知らぬ
御前が俺を下位に見るのは致し方ない
致し方ないが
御前の其の(余裕綽綽な)感情は、俺を物凄く腹立たせる
柄にもなく全裸(笑)で優位を取る(は?)程に、俺を腹立たせる
刹那、奥歯を噛むも
激しく今朝の(マウント)行為を後悔する
白狐は「まあいい」と、捨て置き当面の問題に向き合う
然うだ、すずめだ
然う、すずめが決めたのなら俺は何も言うつもりはない
然うして
有ろう事か
(踏ん反り返る)くろじに対して頭を下げる
「すずめを(くろじに)任せる」
自身(白狐)の心緒とは裏腹
朗朗とした口調で御願いする白狐(の態度)にすずめ所か
(御令息様と疑わない)はつねも吃驚して言葉が出ない
なのに止せばいいのに案の定、くろじは調子に乗る
「大丈夫大丈夫」
「俺」
「女の子には優しいから」
間 髪容れず般若の如く(能)面で
カウンターテーブルを打っ叩くはつねに
カウンターテーブルに(身体を)寄り掛かるくろじは跳び上がる
丸で寸劇の一場面を演じる
二人 (はつねとくろじ)の耳に不図、不穏な音が響き始める
「一体、何事か?」
と、音の発信源を探そうと(周囲を)見回す二人とは別に
白狐を見詰めるすずめだけは其れが何の音なのか知っていた
(くろじに)頭を下げたままの白狐が奥歯を噛み締め(音を)鳴らしているのだ
漸く二人も
(音の発信源に)辿り着くが
数秒なのか
数分なのか
身動ぎすら出来ず
白狐の歯の音を聞かされ(続け)るくろじが到頭、耐え切れなくなったのか
是又、寸劇の如く仰仰しく手を打ち付ける
「早、早速!」
「今日から(アルバイト)してもらおうかあ!」
一目散、ログハウス喫茶店の木製出入口扉に向かう
(すずめを)手招きするくろじにはつねも
「然う然う!」
「「思い立ったが吉日」って言うものね!」
カウンターから出て来るや
白狐の隣で立ち尽くす、すずめの腕を取る
(の)前に(頭を下げたままの)其(白狐)の短髪の黒髪を撫で回した後
一足先に(木製出入口扉で)待つくろじの元へと促がす
と、足を止め振り返えるすずめが白狐に声を掛ける
「、行って来ます」
其 (すずめ)の心苦しそうな声に顔を上げる
実際、心中も苦しい相手 (すずめ)に白狐が意地で微笑う
「行って来い」
途端、破顔して首肯く
(何度も首肯く)すずめの肩を抱きながらはつねが
「行ってらっしゃい!」
と、送り出す
光景を伊達眼鏡越しに眺める白狐が翡翠色の目を伏せる
御前は俺の「巫女」だ
然う、すずめが決めたのなら俺は何も言うつもりはない
然う、思うに思ったが
何度も言う
御前は俺の「巫女」だ
故に
御前の言う事
御前の遣る事には逆らえないんだ
然うして
自嘲気味に自身の唇を歪める
白狐に向き合うはつねが意味有り気に問い掛ける
「で、みやちゃんは如何する?」
御留守番を言い付けられた
(子)犬みたいに拗ねるのも(可愛いから)いいけど(笑)
「如何する?」とは此れ如何に?
と、眉根を寄せる白狐の目の前ではつねは(近場の)椅子に座り込む
「最近、私ってば疲れやすいの…」
「、然うなのか?」
俄には信じ難い事を抜かす
はつねを(白狐は)不審に思うも傍らへと近寄る
昨夜は大層
御前 (はつね)も彼奴 (くろじ)も元気そうだったが?
真逆の真逆
自分達の(久し振りの)夜の営みを知られているとは露知らず
首肯くはつねの寸劇は(未だ未だ)終わらない
「然うなの…」
「此の喫茶店も」
「私一人で切り盛りするのは辛労くって…」
「、然うなのか?」
(其)の割には自分 (すずめと白狐)等以外、客もいない様子だが?
目は口ほどに物を言う
(白狐の)伊達眼鏡越し、翡翠色の目を覗き込む
はつねが察して補足する
「夏場の疲れが(今)出てるのかも…」
「成程」徐に首肯く
白狐を余所にはつねは愈愈、本題に入る
「みやちゃん」
「アルバイト料は其れ程、出せないけど」
「みやちゃんとすずめの(日日の)食事は請け負うから」
「私の店でアルバイトしない?」
はつねに言わせれば駄目 (で)元(元)だ
駄目元覚悟の上で下手な寸劇を最後 迄、演じ切ったのだ
然して当たり前だが
伊達眼鏡越し、翡翠色の目を見張る
白狐の答えは
「働けない」
だが
「巫女」である、すずめが許さない
「巫女」である、すずめが許さないが
万に一つ、はつねの言う事ならば
万に一つ、ちどりに似ているはつねの言う事ならば
「働けないが、(俺に)出来るのか?」
予想外にも遣る気を見せる
白狐の言葉に落とし掛けた肩を直様、上げる
はつねが其(白狐)の手を掴み寄せて(自分の)向かい側の椅子に座らせる
「出来る出来る!」
「屹度、すずめも見直すわよ!」
「、見直す?」
「然う然う!」
「屹度、褒めてくれるわよ!」
「、褒める?」
田舎街の無人駅
仰ぐ青天の先、朱い鳥居が揺らぐ
眼線を落とす
駅構内の荒ら屋 如き待合室の木製ベンチに腰掛け
肩から下ろす、犬用旅行鞄を置く也
上部部分を開け広げた瞬間、奴 (しゃこ)が勢い良く飛び出る
すずめの其の腕に(両)前足を置いて後ろ足のみで立つ様を
「上手上手♪」
と、褒め捲る
何時かのすずめと奴 (しゃこ)の情景が思い出される
其れ如きで褒められるのなら
御前 (すずめ)は俺を何れだけ褒めてくれるんだ?
何時かは恥じた
何時かは恥じたが
「今」は如何なのだろう