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ああもう大掃除、しよ?(自分)
「はつね、「ガリ」は(俺には)必要ない」
漸く御手洗から出て来た
白狐が其れは其れは苦苦しい顔で吐き捨てる
其の心身ともに草臥れた様子に吹き出す
はつねが「ちっちっち」と、律動を刻み右手人差し指を振った
「此の世に必要じゃない「モノ」なんてないのよ?、みやちゃん」
突如、したり顔で諭す
はつねに眼(目)が点になるも「成る程、深いな」と、思い至る白狐だが
当然、(俺が)食べない「モノ」は無駄でしかない
再度、虚無顔で「必要ない」と、言い切られれば仕方ないのか
はつねもはつねで立てる人差し指を親指に変えて「了解」と、返事を返した
然う斯うする内に木製両開き扉が豪快に開かれる
見れば大事な板を抱き抱えた、くろじが姿を現わした
然うして不断に木材を使用した喫茶店の壁に
板を立て掛けつつ自分への小言を並べるくろじを一瞥するも
はつねは意に介さず白狐に紹介した
「みやちゃん」
「此れ私の彼氏、宜しくね」
悪し様に「此れ」呼ばわりされた
くろじが「受けて立つぞ!」と、ばかりに顔を向けた、次の瞬間
「御前は・・・、すずめに声を掛けていた輩」
予期しない外野(白狐)から不意打ちに、くろじ所かはつねの顔も強張る
其の二人の様子に白狐の腕を引く、すずめが耳語る暇もなく
「?!はあ、あああああああ?!」
店内中に轟く、はつねの怒声に身を縮めた
「、違う、違ーう!」
「「風邪、引きますよ」って、声掛けただけだよ!、俺!」
即行、くろじは身振り手振りで否定するも
「然うだ、声を掛けていただけだ」
「何故に其れ程、狼狽える?」
知るや知らずや
素知らぬ顔で宣い半眼を呉れる白狐の傍ら
藁にも縋る思いですずめを見遣る
其の後、「温かい御茶、奢りますよ~」と、続いたが
多分、否絶対、案内したのは此のログハウス喫茶店だろう
今 漸と想像が付いたすずめも「うんうん」と、頷く
「?!本当?!」
「!!本当!!」
脊髄反射的に即答するくろじをはつねは貫禄十分、眼付ける
『良く言えば「正直」』
『悪く言えば「馬鹿正直」』
『「嘘」を吐けない』
『「嘘」を吐いた所で暴れ暴れだが癪に障る』
「眼」を真面に受け止める、くろじと睨み合った末
「・・・、分かった」
下りた審判にくろじもすずめも安堵したのも束の間
目を伏せるはつねの次の言葉に耳を疑う
「罰金、十万ね」
言い渡す也、カウンターへと踵を返すはつねの背中にくろじが叫ぶ
「全然、分かってねえじゃん!」
「其れに何時の約束だよ、罰金十万って!」
振り返るはつねが見事、返り討ちにする
「七年前!」
「未成年の分際で御酒吞んで!!」
「サーファー仲間の年上女と朝帰りした時!!!」
はつねにして見れば、「忘れた」とは言わせない
くろじにして見れば、「忘れた」とは言わないが忘れようにも其の「記憶」がない
「、彼、彼れは」
「覚えてないんだよね?」
「覚えてないから「罰金十万」で痛み分けにしたんだよね?」
誠意とは「金」だ
誠意とは鯔の詰まり「金」だ
許す気もないなら
別れる気もないなら
然う説得されて納得するしかなかった
当然、年上女は否定した
当然、くろじ自身も否定した
当然、納まらないはつねは御節介此の上ない
くろじには「救いの手」である、他のサーファー仲間が間を取り持った結果
今回は「罰金十万」
洒落にならないが今後も無きにしも非ず、との総意で
「罰金十万」の罰則が設けられた
熟、俺ってば信用ねえ
然う思う、くろじだが彼の時の事を後悔しない日日はない
後悔した所で何の意味もないが其れでも後悔しない日日はないんだ
年上女の、付き合っている「男」の相談なんかに乗るんじゃなかった
話せば話す程、深刻になった
吞めば吞む程、親密になった挙句、何も覚えていない等 御笑い種だ
我ながら馬鹿だ
馬鹿 也に考えて以来、酒は止めた
彼の時の修羅場に比べれば、とは思うが限界だ
今夜の喧嘩は何時もの喧嘩とは明白に違う
「退き際」が分からない自分には精神的も肉体的にも此処が限界だ
眠いし腹減ったし・・・、はつねといちゃいちゃしたいし(無理ゲー)
「分かった」
「分かったよ、罰金十万払うよ」
第二 戦開始かと思えば戦意喪失する
くろじの様子にはつねも小さく頷いて、カウンターへと戻って行く
先程の喧嘩とは丸で様相が異なる
心配し出すすずめに「気にしないで」と、気遣うくろじが白狐の席に腰を下ろす
他意はない
偶偶、身近な席に座ったに過ぎない(眠いし腹減ったし、略)
其れでも気色ばむ白狐をすずめは自分の隣の席へと促した
「稲荷寿司」
「、え?」
「俺の、稲荷寿司」
二人の遣り取りに気が付いたくろじが
「ああ、めんごめんご」と、はつね同様に昭和の死語で謝罪する相手に
鼻を鳴らす白狐に稲荷寿司の長角皿と湯呑茶碗を手渡す
途端、くろじの腹の虫が鳴くが白狐は涼しい顔で受け取る
自分の食べ掛けのオムライスを差し出す訳にもいかず
おろおろするすずめを余所に愈愈、くろじは食卓に突っ伏す
其のまま屋外席に続く木製両開き扉
店内を反射して映す硝子越し、カウンター内のはつねを眺めていた
「如何しよう、大事になっちゃったのかも?」
我関せず、と稲荷寿司に伸ばす腕を掴まれ前後に揺さ振られる
御預け状態に若干、唇を「ヘの字」にする白狐が渋渋、答えた
「自業自得だ、と捨て置きたいがはつねは怒っていない」
思いも寄らない内容にすずめは白狐を凝視した
此の会話にくろじも飽く迄も知らん顔で耳を攲てる
「彼れ、怒ってないの?」
然うして盗み見る
カウンター内の厨房で作業をしていたはつねの表情は明らかに険しい
「心中は別だ」
其の発言に何を思ったのか
目ん玉をひん剥くすずめが小刻みに首を左右に振るが、其れは誤解だ
当然、白狐も顔を綻ばせて頭を振る
別にはつねの「心中」を覗き見た訳ではない
抑、「巫女」以外の人間に触れずに覗く事等、自分には出来ない
其れは自分に与えられた「芸当」ではない
故に俺は「眼」が良い(笑)
人間 等には見えぬ「モノ」が自分 等には見える
唯、其れだけの事だ
然し未だ無言を貫くはつねに
居心地が悪いすずめは今一、白狐の意見に賛同出来ない
出来ないが、軈て重苦しい空気の中
何とも食欲を唆る、香ばしい匂いが立ち込める
最初に反応したのは、白狐だ
「白狐」から遅れる事数分、「匂い」を嗅ぎながらくろじが顔を上げる
然して「くろじ」から遅れる事数秒、「匂い」を辿る
すずめが八角皿を手に此方に向かって来る、はつねの姿に気が付いた
到頭、突っ伏した上半身を起こす目の前、鳴門巻き入り炒飯
自分の大好物を置かれて当然、くろじははつねを仰ぎ見る
其の悲哀に満ち溢れた
腹を空かせた子犬の様な眼差しに思わず吹き出す、はつねが言う
「御帰りの、召し上がれ」
直ぐ様、くろじは首を垂れて両手を合わせる
「只今!、の頂きます!」
手に取る散蓮華で解す
鳴門巻き入り炒飯を我武者羅に食べ始めた
笑顔満面、くろじを眺めるはつねの姿に
すずめは狐に抓まれた様な顔をして首を傾げる
隣の様子に白狐が翡翠色の眼を細めて笑う
然うして其の耳元に私語く
「理解しなくても良い」
「此の世に理解出来る「モノ」は極端に少ない」
故に思い合うのだろう
故に寄り添うのだろう
故に愛し合うのだろう
「然うだろう?」
と、問い掛ける言葉にも首を傾げたままのすずめだったが
当の白狐が「御仕舞」とばかりに稲荷寿司を食べ始めたので
自分も食べ掛けのオムライスに再度、両手を合わせて「頂きます」と、口にする
刹那、小さく呟く
「はつねさんの笑顔って素敵だよね」
『「歳」も違う』
『「顔」も違う』
『「声」も違う』
『「何」もかも違う』のに
其れでも切ない
其れでも恋しい
其れでも会いたくて仕方がない
徐徐に徐徐に込み上がる「感情」を
飲み込む様に只管、オムライスを頬張り続けるすずめに
是又、稲荷寿司を丸呑みし続ける白狐が白れっとして言う
「俺は、すずめの笑顔が好きだ」
唐突な衝撃発言
スプーンを咥えたすずめが幾分、噎せ出す
『噎せる彼女の背中を「大丈夫か?」と、擦る白狐に頷いて答える』
『「、変な事、言うから あ」』
『「俺のせいか?」』
朗朗と問われて
『伊達眼鏡越し、翡翠色の眼を覗き込む』
『何処迄も澄んだ其の眼を覗き込む』
『「、だったら如何 します?」』
と、問い返した何時かの昇降口の片隅
『此の髪型は「マッシュウルフ」と、でもいうのだろうか』
『襟足、長めの黒髪に当校の制服に身を包んだ』
『一見、問題なさそうな男子生徒だが』
『顔に掛かる前髪の隙間から覗く、翡翠色の双眸は誤魔化せない』
『「すまん」』
『思い掛けず、すんなり謝罪した』
『白狐に彼女も、ばつの悪そうな顔で謝る』
本当に然うなのか?
本当にみや狐の所為なのか?
自分自身、問い質す
『煌煌しい満月の下』
『神神しい鳥居を前に、すずめは立ち尽くす』自分の姿を思い出す
『見上げる鳥居には注連縄が張られ』
『下げた紙垂が夜風に揺れた』
『鳥居中央に扁額が掲出してある』其れを見上げる自分の姿を思い出す
「御免」
「御免、みや狐」
問い質した結果、謝罪を口にするすずめに白狐が訊ねる
「何故、謝る?」
「悪いのは「俺」だ」
「悪いのは全て「俺」だ」
然うだ
然うだった
自分の心中等、みや狐には筒抜けなのだ
耐え切れず俯く、すずめが
然うじゃない
然うじゃない、みや狐の所為じゃない
心の中で白狐に伝えた瞬間、涙が溢れる
如何してこんな目に遭うの?
如何して自分だけ、こんな目に遭うの?
ずっと然う思ってた
ずっと然う思ってたけど、然うじゃない
『目指すは、あの朱い鳥居だ』
自分の足で電車に乗らなかった
自分の足で稲荷神社の朱い鳥居を潜った
自分の足で「全て」を決めたんだ
然うして『勝手な真似をした』
然うして『馬鹿な真似をした』
其の結果、如何なった?
『着流しの肩山から先』
『露になった白い肌からは鮮血が吹き出し、腕は痙攣していた』
『「如何して助けるんですか?」』
『今だけじゃない』
『一度目も二度目も彼の言う通り、理由が分からない』
『「眼の前で死なれたら困る」』
『味も素っ気もない返答だ』
『其処には思い遣りも気遣いもない』
『唯唯、本心なのだろう』
其れは「本心」?
其れは「本心」じゃない?
其れでも、とすずめは噦り上げる声で謝り続ける
「、御免」
「、御免、なさ い」
「みや、狐は私を 私を守ってくれ た」
「そんな、そんな大事な事、私、忘れてた あ」
とんだ恩知らずだ、とばかりに白狐に頭を下げて潸潸と泣き出す
すずめの姿に向かい側の席、散蓮華片手に固まる
くろじ同様、傍らに立つ、はつねも固まっていた
「何が何だが状況が分からない」
そんな思いの二人を余所に白狐は項垂れる、すずめの頭を撫でる
上下に揺れる肩が、か細い泣き声が一瞬、止む
はつねにされて悪い気はしなかった
多分、すずめも然うだろう?と、白狐は撫でながら答える
「すずめは哀しかったのだから仕方がない」
然う無邪気に笑う、白狐の顔を見詰める
『翡翠色の眼を深く覗けば、透ける眼の奥に映り込む自分の目と合う』
今も哀しい
今も哀しいが
『此の狐は』
『何処へ逃げたとしても』
『何処へでも追い掛けて来るのだろう』
『なら、終わりにするのがいいんだ』
思っていた
思っていたのに
『此の狐は』
『何処へ逃げたとしても』
『何処へでも追い掛けて来るのだろう』
今は其れを望んでいる
「、みや狐の」
矢張り如何にも涙で詰まる
自分の言葉を待つ白狐の首元に到頭、すずめは抱き付く
伊達眼鏡越し、眼を見開いたのをはつねは見逃さなかった
「、みや狐の」
「側にいる」とは言えない
「側にいる」のは自分の役目ではないと分かっている
其れでも『「お前は俺の巫女だ」』と、みや狐が言い続けてくれるのなら
「全て」が終わる時迄
「全て」が終わる其の時迄、みや狐の「側」にいさせて欲しい
案外、思いの丈が溢れる
すずめの心の声に戸惑うも眼を伏せる、白狐が微かに頷いた
其れは伝わったのか、否か
だが、言いたい事を言い切ったすずめの「感情」は落ち着いた様子だった
然うして照れ隠しなのか
すずめは白狐の首元に抱き付く、自分の腕を大袈裟に解いた
白狐は白狐で控えめに咳払いをした後
飽く迄、平静を装いながらズレた伊達眼鏡を掛け直す
何ともぎこちないすずめと白狐の見比べる、くろじが
散蓮華を口元に当てて「恋人同士じゃねえの?」と、はつねに耳打ちしたが
はつねの答えは両手の平を上に向けて、肩を竦めた「モノ」だった