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何だろ
暫くこんな感じです
漸う漸う落ち着いたのか
薄焼き卵を巻く昔ながらのオムライスを頬張るすずめを眺めて
稲荷寿司を食らう白狐が不図、長角皿の端に乗っかってる
新生姜の甘酢漬けに気が付いて訊ねる
「何だ此れは?」
「え?、「ガリ」?」
「え?、今迄、付いてなかった?」
聞き返されて遡る
「記憶にない」
カウンター越し、二人の会話を聞いていたはつねが付け足す
「然うなの然うなの」
「今迄、すっかり忘れてたのよね」
其れで売れ行きが良くなかったのかしら?、とは思うが撤回する
此のログハウス喫茶店に「和風」は似合わない
先述通り、稲荷寿司は既に品書にない
是又、品書にない「モノ」を手に此方へやって来る
「御寿司には「ガリ」然して、「アガリ」」
「アガリ」?と、首を傾げる
白狐の前に熱めの粉茶を注いだ湯吞茶碗を置いた
「然う、「アガリ」」
満足顔で頷き踵を返すはつねを見遣り
其れとなく鼻を寄せる何とも茶の色の濃い香りには馴染みがある
其れならば
取り敢えず馴染みのない「ガリ」とやらを食ってみるか
一纏めの「ガリ」を摘まむ也、一気に口の中に放り込む
ヨーグルト(紙容器 事)然り
キウイフルーツ(皮 事)然り、丸ごと吞み込む獣姿の白狐と重なる
すずめが「あ、」と声を上げた瞬間、白狐が無言で立ち上がる
流石?に駆け込む事はしないが
急ぎ足で御手洗を目指す白狐がはつねの前を通り過ぎる
「え?、え?、如何したの?」
鼻歌交じりサラダボウル片手に問い掛ける彼女にすずめが答えた
「「ガリ」の一気食い」
「弟」擬きの背中を目を真ん丸くして見送る
然うして御手洗の木製片開き扉が閉まるのを確認した後
はつねは上半身を仰け反らし笑い出す
迚も美美しい見た目からは想像もつかない
豪快な笑い方に吃驚したすずめだったが
何時しか釣られて笑っていた
此のログハウス喫茶店には屋外席があり
屋外の階段を下りた先は砂浜だ
木製両開き扉の硝子越し、宵の海が凪ぎる
不意に足音に気付いて目線を向ける窓外、「人影」がいた
『母親を捨てて』
『父親を捨てて』
『此の場所を捨てて、一人で生きていこう』
自分は「たか」との指切りを守った筈
『約束してくれたら此れ以上、殺さないよ』
『誰も』
『誰もね』
「たか」も自分との指切りを守ってくれる筈
其れでも息が震えた
其れでも身体が震えた
「たか」ではないと確信した今も動悸が止まらない
当然、「人影」自体は可笑しい事ではない
唯、夏場を終えた今、砂浜からやって来るかは疑問だ
実際、屋外席の屋外外灯は消えたままだ
「人影」は小脇に抱えた「何」かを階段の手摺りに立て掛ける
其の様子を注視していると突如、はつねが叫ぶ
「嫌!」
「止めて!!」
「入って来ないで!!!」
徒ならぬ発言に振り返れば
カウンターから慌てて飛び出して来るはつねの姿が飛び込む
「何だ何だ」と、再び目を戻す
木製両開き扉が齣送り映像の如く、ゆっくりと開いていく
件の「人影」が一歩、店内に足を踏み入れる
咄嗟に固唾を呑む中、はつねの悲鳴が上がった
「砂!、砂ぁ!!、砂ぁあ!!!」
次の瞬間、「人影」の何処かから大量の「砂」が零れる
「悪りぃ、はつね」
然う謝罪するウエットスーツ姿の男性が眉を「八」の字にして笑う
然うして蟀谷を掻く其処からも「砂」が零れた
「!あ!、あはは、は、は」
到頭、目を剥くはつねが無言のままカウンターへと引き返す
多分、奥の物置に掃除道具を取りに行ったのだろう
男性も察したのか
場都合が悪そうに蹲み込むと足元の砂を両手で掻き集める
当然、手伝おうと走り寄るが
「ああ、平気平気」と片手を振りながら男性が顔を上げた
御互い、顔を見合わせて気が付く
人だ!
砂浜で声を掛けた<
女の子だ!
一層、場都合が悪そうな顔をする男性を余所に
はつねが右手に箒、左手に塵取を持って「現場」に駆け付ける
「御免ね、すずめ」
「御飯中なのに」と、詫びながら
床を掃き始めるはつねに気付かれない様に
矗と立ち上がる男性が口元に人差し指を当てて「しー」と、御願いした
疚しい事等ないが
疚しい事だと、はつねに誤解されるのは嫌なので頷く
心做し胸を撫で下ろした様子の男性が
いそいそと御手伝いをしようとはつねの持つ塵取を受け取ろうとするも
はつねははつねは物凄い勢いで振り払う(笑)
男性は手持ち 無沙汰カウンターテーブルの椅子に
「砂」だらけのウエットスーツで腰掛け更にはつねの怒りに火を付けた
結果、はつねが小休憩に使用する
木製の丸椅子を借りる事になった男性は「くろじ」と、名乗る
「はつね」と「くろじ」の関係は言わずもがな
はつねの手前、二人は素知らぬ振りで初対面の挨拶を交わす
「幼馴染の腐れ縁」
と、カウンターテーブルに手にした御冷を置きながら付け足すはつねが
同棲相手である、くろじの紹介が遅れた理由を述べた
くろじは街側で親子代代、サーフショップを経営しているが
夏場は休業して海外の海でサーフィン三昧だったらしい
出発も行き成り
帰着も行き成り、の此の状況である
「良い御身分よねえ」
頗る半目で嫌味を口にする、はつねにくろじが言い返す
「馬鹿たれ!」
「「野宿」に毛が生えた程度の極貧旅行だっつーの!」
言い返すも直ぐ様、首を垂れる
「!!悪かった!!」
多少、勢いに押される感はあるが此れ以上
痴話喧嘩を続けるのも何なのではつねもすんなり矛を収めた
抑、くろじの性格は物心が付く頃から知っている
必要な事も
不要な事も言わずにはいられない
良く言えば「正直」
悪く言えば「馬鹿正直」
其処が好き
其処が好きで側にいるのだから、其れで良いのだ
「で帰国早早、乗った地元の「波」は如何?」
ウエットスーツ姿なのは然ういう事なのだろう
自分との再会よりも「海」を選ぶ、サーフィン馬鹿だが仕方ない
馬鹿相手に惚れた自分が悪い
「!!最高!!」
上機嫌に親指を立てて返す馬鹿相手にはつねも何気なく続けた
「で旅行の御供の御友達は?」
『談笑交じり通り過ぎる』
『ウエットスーツに身を包み、小脇にサーフボードを抱えた男性達』
はつねの言葉にすずめも「御友達」の存在を思い浮かべる
途端
親指を立てたまま
満面の笑みを貼り付けたまま硬直するくろじが吃り出す
「ぅあ?、ああ、帰ったんじゃね?」
『良く言えば「正直」』
『悪く言えば「馬鹿正直」』
「嘘」を吐けない
「嘘」を吐いた所で暴れ暴れだが癪に障る
「ふん?」
「其れ程、私に会うのが嫌なんだ?」
「御前、怒るじゃん、って違ーう!」
自らの発言を
自ら否定するも時 既に遅し、はつねが噛み付く
「?!何が違うのよ?!」
日焼けした狐色の頭髪を掻き毟るくろじが丸椅子から立ち上がる
「ああもう!」
「俺、誘ったよな?!、でも断ったのははつねだよな?!」
吐き捨てる也
身を翻すくろじの背中目掛けはつねが叫ぶ
「何処の誰が!」
「『「野宿」に毛が生えた程度の極貧旅行』に行きたがるのよ!」
「?!然も穢苦しいサーファー仲間引き連れて?!」
『穢苦しい』発言にくろじが勢い良く振り返る
「御前、彼奴等泣くぞ?!」
「!泣けばいい!」
「!!泣き叫べばいい!!」
何なら然う宣うはつねの方が泣きそうだ
くろじも
くろじで本の少しだけ泣きたくなってきた
事実、自分の周辺にはサーファー仲間が絶えない
「商売柄」と言えば然うだが、サーフィンに興味がない
はつねが蚊帳の外になる事も多い
故の「同棲」だ
一分一秒を惜しんだ故の「同棲」だった
殆、笑うよなあ
『幼馴染の腐れ縁』なのに何れ程、一緒にいたいんだか
自分の人生に於いて
「はつね」も
「サーファー仲間」も切れない「モノ」だ
其れを今、此の場で告白しようが
其れが何だ?、と一蹴されるのは目に見えている
毎度毎度の「喧嘩」だ
何奴も此奴も揶揄する犬も食わぬ「喧嘩」だ
然して仕舞いにははつねが退くのが自分達の「喧嘩」だ
なのに、此の状況は極めて可笑しい
退く所か突き進んで来るはつね相手に如何すれば良いのか
退いた事がない自分には「退き際」が分からない(笑)
愈愈、自分達を遠巻きに見遣るすずめを盗み見る
勘の良いはつねの事だ
常常、自分の「嘘」を見破るはつねの事だ
若しかしたら自分の浅はかな行為を勘付いているのかも?
若しかしたら自分の浅はかな行為を「目撃」していたのかも知れない
『疚しい事等ないが』
『疚しい事だと、はつねに誤解されるのは嫌なので』くろじは覚悟を決める
「はつね!、俺が声を!!(掛けたのは・・・)」
「馬鹿みたい!」
「御客さんは夏場にしか来ないのに!」
「御店、潰れたら如何するのよ?!」
被せるはつねの言葉
其れは見事にくろじの「地雷」を踏む
神妙な「覚悟」等 何処へやら
「俺はねえ、はつね」
「俺は「素人」相手に商売はしねえの」
肩を怒らすくろじが講釈を垂れ始める
「「大事」な板、売ってんのよ」
「「大事」にしねえって分かってる奴 等には売れっこねえのよ」
「ふん?、何で「大事」にしないって分かるのよ?」
問いながらも耳に届いた「物音」に
木製両開き扉に顔を向けるはつねを余所にくろじは言い捨てた
「夏に板、買いに来る奴 等は碌なもんじゃねえ」
サーフィンに興味がない、はつねには甚だ意味が分からない
唯唯、くろじの「独断」と「偏見」だ
然う思うのは
はつねの勝手だが実際、サーフィンの季節は「秋」らしい
九月~十一月迄の三か月間は最適な条件が数多く揃う時期なのだ
其れを理解した上でのくろじの「講釈」なのかは怪しいが
兎にも角にも言いたい事を言い切ったのか
カウンターテーブルに置かれた
御冷を満足げに呷るくろじを眺めるはつねがにやにやする
「御高説、素晴らしいわあ」
然うして
屋外席を指差すと先程、目撃した光景を嬉嬉として教えた
「其の「大事」な板、階段から転がり落ちてったわよお」
間髪容れず御冷の杯を搗ち割る勢いで
カウンターテーブルに置くくろじがはつねの指差す先を恐る恐る見遣る
釣られたのか
すずめも怖怖、木製両開き扉に目を向けた
はつねの言葉通りくろじが階段の手摺りに立て掛けた筈の「板」がない
「風が出て来たみたいねえ!、あっはっは!」
態とらしく馬鹿笑うはつねに
くろじが一目散に駆け付ける木製両開き扉を開きながら怒鳴った
「性格悪りぃぞ!、はつね!!」
くろじの言葉に「あかんべえ」と、舌を出すはつねが溜息を吐いた後
すずめに向き直るや否や深深と頭を下げる
「御免ね、すずめ」
「他人の喧嘩なんか胸糞悪いだけだよね、本当に御免」
「ううん、面白かった」
「、え?」
はらはらしたのも本心だ
だが、ほのぼのしたのも本心だ
すずめ自身、何処から目線なのか分からないが
「二人は大丈夫」然う思えた
其の気持ちを素直に言葉にした結果
「面白かった」の返事なのだが可也の失言なのでは?
気が付いたすずめが慌てて「否、彼の、其の」と、取り繕うが
突然、はつねの手が彼女の媚茶色のボブヘアをくしゃくしゃする
「?!すずめえええ?!(笑)」
「!御免!」
「!御免なさい!」
繰り返すもはつねは「攻撃」を止める気はない、らしい
到頭、すずめも笑い出す