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何処 迄も何処 迄も続く、石階
雲海の如く生い茂る巨大な森を俯瞰する
朝露に佇む「闇」の森は陽光を受けても何の其の「闇」のままだった
到底「神狐」には見えない
全身 黒尽くめの、パンクファッションを着 熟す
黒狐に抱き抱えれ 此の世のものではない速度で辿り着く
(今)再び 此処に降り立つ
意外にも(あ?←黒狐)紳士的な態度で
自分を運ぶ 黒狐に礼を述べる
すずめは先に(到着して)いる是又「神狐」とは思えぬ
金髪の長髪にブレイズヘアを施す金狐と白装束姿のひばりと共に見遣る
丸で 時代劇に出てくる武家屋敷の棟門のような
立派な門扉
思えば 彼の時も
今も辿り着いた安心感等、ない
此の時の心理は何なのだろう
怖い反面、興味本位で覗いて見たくなる
仰ぐ如く視線を上げた其処には
森に囲まれた底の抜けた、空
終わりではない
背後の森は屋敷を呑み込み、延延に続いている
此処は森の中だ
黒目勝ちの、やや切れ長の目
肌の色素が少ない為、映える薄紅色の唇は口数は少ないが
大人しい印象とは裏腹に、ふとした瞬間に見せる
やんちゃそうな笑顔
幾分、細身のしなやかな肢体が颯爽と歩く度
少し癖のある黒緑色の髪が優雅に跳ねる
容姿端麗
勉強も運動も上位の彼は
誰もが遠く誰もが憧れる存在
知らず知らずの内に彼の姿を探し求め追い掛ける
喧騒の校内
同級生達と他愛無い会話をする、休み時間の廊下
窓辺に佇む彼は丸で一枚の絵画のようだった
寄り掛かる窓枠を額縁に
窓硝子に架かる中庭の木木を背景に
其処だけ、彼だけ、全てが止まっている感覚
そんな時間の中で彼は一体、何を思っていたのだろうか
此処は永永、森の中だ
鯔の詰まり孤独だ、と 眉を寄せる
其の瞼を伏せる すずめの後ろから黒狐が呟やく
「、気配が全くねえぞ(?)」
おどろおどろしい形の割には
「狐鬼」の「こ」の字も感じられない雰囲気に一歩、退く也
我が身の前面と背後の森をぐるりと見回す
当然(は?←黒狐) 黒狐の感想等 無視する
金狐は 眼前の門扉に手を翳すも触れる直前、薄ら牙を剥き微笑う
「成程」
「「門」は「門」だ」
徐に人差し指を突き立て 軽く押せば
吃驚する程、容易く開く 門扉の向こう
「紛う方ない 闇の「門」だ」
遠く 茜色に染まる夕空を眺めた、中庭
風鈴の舌に下がる 短冊が奏でる音色に耳を傾けた、離れ家
然して
白狐が(咆哮で)破壊した、屋敷跡
其の 全てがない
広がる森
否、森の姿をした「闇」
何処迄も
何処迄も続く伽藍堂の如く「闇」に果て 等、見えない
目を見張ったまま固まる
すずめを尻目に 此の「闇」を抜けたであろう
ひばりも改めて息を呑むも不意に気付いたのか、微かに首を振る
自分は抜けていない
自分は「一人で」此の「闇」を抜けていない
釣られるように差し伸べる、自らの左手が覚えている
自分を見送る 背後の少年
自分を見送り振る 其の手はつい先程 迄、繋いでいた手だ
此の「門」の前 迄、自分と繋いでいた手だ
何故?
何故?
震える右手で握り締める
左手が覚えている
「孤鬼」とは 一体?
と、何時から見られていたのか?
犇犇と伝わる 金孤の視線を感じ取る
ひばりが素知らぬ顔で身を翻す
何故?
何故?
彼の 金孤は
「巫女」でもない自分を覗こうとするのか?
否、既に覗かれているような気がするのか?
すずめと同じく、違和感を覚える ひばりだったが
すずめと違い、不思議と不快ではない
寧ろ心地良い等、有り得ない
(自分)自身、戸惑う感情を悟られるよう
ひばりは努めて内心を「無」にする
一方、振(避け)られた結果
面白くない金狐の視線は腹癒せの如く黒狐へ向かう(おい!←黒狐)
「此処に 在りながら」
「此処に 無い」
ならば 何処に在るのか?
と 問われれば答えは「一つ」しか 無い
「狐鬼」のみが君臨、支配する
「闇」のみだ
「神狐と雖も」
「此処に踏み入る事、踏み止まる事も難しいだろう」
沁沁、所感を述べる
金孤(兄)の言葉に突如、黒狐は両の手で後頭部を掻き乱す
「戻ってくる気もねえし」
「帰ってくる気もねえし、そーゆーこった」
然う、すずめ相手に放った自身(黒狐)の言葉に対して
何とも軽軽しい
何とも重重しい
何とも苦苦しい思いで奥歯を噛み締める
黒狐を尻目に掛ける金狐が口元を歪ませ止めを刺す
「お前(黒狐)如き」
「巫女 (すずめ)付きになろうが無謀極まりない」
「闇」を眼の前にして十分、理解した
(理解した)が金狐は止まらない
「長老狐達の鼻を明かすのは構わないが」
「生憎、お前(黒狐)は捨て駒だ」
引き攣り、吊り上がる
黒狐の唇の隙間から不穏な音を鳴らす牙が姿を表わす
「彼の、狸爺 共めえ」
元より逆立つ黒髪が更に逆立つ
が 直様、黒狐は重大な事柄に気が付いて金狐を仰ぐ
相手(黒狐)の視線に其の眼を眇める
相手(金狐)は確かに言った
踏み入る事も
踏み止まる事も出来ない、と
反芻する頭を抱えて黒狐が聞き返えす
「じゃあ!」
「じゃあ 如何やって潜 (る)んだよ?!」
待ってたぜェ、この瞬間をよォ
と、ばかり此の上ない嘲笑を浮かべる 兄(金狐)が弟(黒狐)に答える
「俺とお前とでは、次元が違うんだよ」
其れは「答え」なのか?
其れは「答え」ではないような「?(はてな)」顔をする
黒狐を余所に金狐は強大な「闇」を望む
「然し潜れた所で」
「さ狐、お前は独りで潜る気はあるか?」
「みや狐殿のように」
彼等の頭上は疎か
天上すら覆うような強大な森を莞爾する余裕を見せる
金狐だが軈て琥珀色の眼を伏せる也、吐き捨てる
「俺は御免だ」
つい先程、次元が違うと宣った
兄(金狐)の到底、らしくもない弱気な?台詞に声を失う
黒狐は金狐の横顔を穴の開くほど見詰めるも
当の本人(金狐)は取り合う気がないのか、其の名前を呼ぶ
「すずめ(!)」
途端、芝居 掛る声でお呼びがかかる
すずめが弾かれたように声の主である金狐に向き直る
「みや狐殿に会いに参ろうか(!)」
ずいっと!
突き出される手の平を、すずめは凝視する
ずずいっと!
更に突き出される手の平を、すずめは(仕方なく)握り締める
(す)(唯でさえ筒抜けなのに)
(触れたりしたら…)
(金)(だだ漏れ)
自身の懐を表すかのように、にっこりと点頭する
金狐がもう一方の空の手を、ひばりに差し出す
「差し出す」時点で、すずめとは違う
ひばりには恭しく頭を垂れて、お願いする(えぇ…、←すずめ)
「巫女殿」
「一時、俺の「巫女」となり「力」を貸してくれないか」
蕾ながらも咲笑う
躊躇いなく互いの手の平を重ね合わせる、ひばりが呟やく
「(はつね特製)お稲荷さん、美味しかった」
彼女 (すずめ)が、お土産に呉れた
「豆乳紅茶ラテ」も美味しかった
金狐に向けて
物(金狐)越し、すずめに向けて健気に宣言する
「又、食べたいです(!)」
(ひばりの)宣言を受けて、すずめも思う
又、みや狐と一緒に…、と其処迄、考えて傍らの金狐を振り仰ぐ
金狐は視線こそ合わせないが明らかに其の目尻が下がっている
脊髄反射 宜しく
繋いだ手を解こうとするも当然、放す訳がない
然うして両 (の)手に巫女を携える
金狐が眼の前の門扉を潜るべく一歩、足を踏む
瞬間、当たり前と言えば当たり前だが置いてきぼりを食らう
黒狐が背後で大声を上げる
「、お、おいおいおい!」
「、俺は?!、俺はどーすんだよ?!」
自分(黒狐)で言っていて
自分(黒狐)が情けない
十分、解っているが
此の兄(金狐)は何処迄も自分(黒狐)に冷たい
そりゃ、長老狐達にも冷たいが
「弟」の俺が其奴等と同列に扱われるのは可笑しいだろ?
可笑しいが
可笑しいが此の兄(金狐)は矢張り何処迄も自分(黒狐)に冷たい
水を差される形で歩みを止める
金狐は振り向きもせず一言、冷淡に返えす
「知るか」
失笑を堪える事すら出来ない
顔を伏せる黒狐に、此の兄(金狐)は更なる追い討ちを掛ける
「寧ろ教えてくれ」
「お前は何の役に立つのか?」
馬路で此の兄(金狐)にとって
自分(黒狐)は幾つになろうが出来の悪るい「弟」でしかない
畏敬と畏怖
此の兄(金狐)を前に抱く念は此の二つの何方かだ
何奴も此奴も同じ態度を取る
何奴も此奴も「弟」の自分にも同じ態度を取りやがる
詰まらねえ
詰まらねえよ
糞詰まらねえ繰り返えしの中
何時の間にか兄(金狐)と笑う
何時の間にか自分(黒狐)と笑う
差し込む光で濃淡が変わる
其の翡翠色の眼を細めて笑う、みや狐が隣にいた
延延、愛でる
彼の眼は自分(黒狐)が延延、求める「眼」だ
「、だから」
思わず零すも
脈絡がない会話は黒狐以外、理解出来ないだろう
其れでも続ける
「、俺は」
「、俺は、みや狐の役に立ちたい」
「、唯、其れだけだよ」
何ら具体的でもない
自分の返答に黒狐は益益、凹む
徐徐に項垂れる
黒狐を何時しか立ち止まる金狐が振り返える
「さ狐」
即座に顔を上げる
黒狐の紫黒色の眼と搗ち合う、金狐の琥珀色の眼が据わる
「俺に隠れて(←此処、大事)勝手な真似をするな」
「長老狐達の口車に乗るな」
「二度はない」
冷ややかだが「お兄ちゃんは怒っているんだぞ!」という
金狐の怒気を含んだ声に黒狐は承知して頷く
「、二度としない」
弟(黒狐)との約束に
兄(金狐)が満足げな表情で若気る
「そうか」
「なら、みや狐殿の役に立ってもらおう」
刹那、喜色満面にあふれんばかり
三人の元に駆け寄る黒狐が金狐の肩に手を掛ける
「!!(役に)立ってやらあ!!」
其の部屋は
漆黒の空間に箱庭の如く存在する
天蓋付き寝台の上には微睡み横たわる
少年の指が傍らの黒い物体の額を嫋やかに撫でていた
少年同様
微睡む第三眼が突然、眼を見開く也 笑い声を発する
「 おいおい! 」
「 門を潜った奴がいるぞ! 」
興味津津
燥ぎ廻る第三眼に瞼を開ける少年が口を開く
「、彼の「狐」だよ」
勢い良く上半身を起こす
少年が黒目勝ちの眼を輝かせる
巫女は思った以上に仕事をしたようだ
「僕の「半身」とも言える」
「彼の「珠」を持つ「狐」だから「門」を潜れたんだよ(!)」
同意を求めるかの如く
気配もなく佇立する「影」に向き合うも声なき声が告げる
「狐が、?」
其処で途切れる
少年の言葉を引き継ぐ第三眼が騒ぎ立てる
「 二匹?! 」
「 二匹って、馬路で言ってんのか?! 」
彼の狐?!
何の狐?!うけけ!と巫山戯る第三眼等、眼中にない少年が聞き返えす
「、どういう事?」
残念ながら「影」の返事は望めない
分からないのか
分からない振りをしているのか、相変わらず「影」は理解不能だ
まあいい
「其れよりも化かされたら洒落にならないな」
第三眼の哄笑が響く中
ぴくりとも反応しない黒い物体を抱き抱える少年が微笑む
鼻と鼻をくっ付ければ
微かな温もりを感じる気もするが、馬鹿馬鹿しい
「お客様の相手はお前に任せるよ」
「影」ではない
「影」の背後に控える漆黒の双眸が少年の言葉を受けて鈍鈍しくひかめく
コロナ、ダメ、ゼッタイ!