33
何の位、経ったのだろう
夕陽が差し込む
部屋の中、ひばりは 其の黒紅色の目を開いて 目覚める
見詰める天井
天蓋ではない 見詰める天井に此(今)の状況を思い出す
眠っていた
何時の間にか深く深く 眠っていた
軋む 寝台から
軋む 身体を起こして(寝台の端に)座ったまま 仰ぐ
掃き出し窓の 向こう
秋暮に染まる 空に今宵の月が透ける
此の景色に
掃き出し窓を開けて露台へと 降り立つ
遠く 遠く迄、広がる
海原に臨む ひばりは彼の夜の事を思い浮かべる
如何、詫びようか?
みや狐に
みや狐の「巫女」である、すずめに
堪らず 項垂れる
ひばりの頭上から何とも 感情のない声が降り掛かる
「起きて、いいのか?」
(其の)声に振り仰げば
二階建て賃貸集合住宅の部屋に 金狐の姿があった
(其の)獣姿の 金狐に、ひばりは息を呑む
彼れは、「獣」だ
其れでも「獣」にしては尋常じゃない、大きさだ
琥珀色の毛皮を秋光に透かす、「獣」が
琥珀色の眼を剥いて、大口を開けている
其の 真っ赤な口内から伸びた、鋭く尖った牙
或る者は 一目散に逃げ
或る者は 小便を垂れ流し脱兎の如く駆け出す
或る 者は まあ、皆逃げるのだろう
だが、ひばりは違う
金色の毛皮が潮風に靡き、夕日色に煌めく
其の(当たり前だが)神神しい姿に 思う
何時から いたのだろう
何時から 側にいたのだろう
然うして
自身の頬を伝う「もの」を慌てて 拭う
ひばりが 含羞み微笑む
「、何故だろ?」
「、貴方(金狐)の姿が、」
迚も 懐かしい
寝間着の胸元を握り締める
ひばりが つっかえつっかえ震える声で 言う
「、胸が、」
「、胸が苦しくて、」
途轍もなく 懐かしい
瞼を閉じても
溢れる涙が止まらない
胸を抑えても
溢れる思いが止まらない
ひばりの言葉に
金色の獣は 何を言うでもなく
琥珀色の眼を細めるだけ
何の位、経ったのだろう
「、みや狐から」
「、みや狐から 聞いた事があります」
不図、思い出したように
ひばりが 口を開く
朱い鳥居の 稲荷神社
日本庭園の 森の奥深くある、社
「彼の社は、自分の社ではない」
「友である 神狐が戻る迄、自分は留守を守っているのだ と」
金狐は唯、頭を垂れる
白狐の思いに唯唯、頭を垂れる
「、みや狐の為に」
「闇」から解放され
其れでも「闇」の森を走り抜けながら 絶えず呼び掛けていた
みや狐が留守を守る「社」の 神狐様に届くように
「、みや狐の為に 来てくれたんですね、」
其処 迄言うと 声にならない
感謝の言葉を述べる ひばりは到頭、其の場に蹲る
直様(笑)、頬を撫で下ろす
綿菓子のような 感触(毛皮)に顔を上げる、ひばりの前に金狐が佇む
「我が 巫女よ」
「巫女の助けも 必要だ」
誰もいない
もう誰もいない
彼の家で
自分だけ生きていくのは何より恐ろしい
母親に会いたい
双子に会いたい
(信者の)皆んなに会いたい、然して父親にも会いたい
其れは「今」も変わらない
其れは「今」も変わらないけど「今」で なくてもいい
嘘 でもいい
建前 でもいい
「我が 巫女よ」
其の言葉が
自分が「今」を生きる 理由だ
顔をくしゃくしゃにして 幾度も頷く
ひばりが是又、思い出したように口を開く
「、あの」
「、お願いがあるんです」
「闇」の中で
でも、いい
でも、いいか
貴方(影)が
彼の人のように自分を見送ってくれる
「闇」の中で唯一
此 (ひばり)の身を委ね、受容した「影」の存在
「、あの「闇」から」
「、あの「闇」から 救いたい人(?)がいるのです」
白狐同様
彼の「闇」に置き去りにする訳にはいかない、と ばかり
内なる闘志を静かに 燃やす
ひばりを横目に見る也「然うか」と 返事をするも何処か余所余所しい
金狐の様子を見止める、ひばりが何と無く 付け加える
「、其の人(?)」
「、女の方ですよ(多分)」
途端、琥珀色の眼を爛爛とさせ、にっこりと破顔する
「然う、か(!)」
獣姿 故「笑う犬」の如く
何とも屈託ない笑顔に釣られて、ひばりも にっこりと笑う