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小小、手狭な
台所の片隅で 珈琲を啜る
はつねは(黒狐の所業が無惨にも残る)
閉じられた寝室の引き戸に恨めしそうな視線を 注ぐ
今迄 起きた事
今から 起きる事を自分にも教えて欲しい
然う 思う
はつねだったが
目を覚ました少女の為
すずめと 愉快な仲間達(金狐 & 黒狐)の為
無難という理由で用意した
麦茶を載せる 盆を受け取る、すずめは早口で礼を述べた後
有無を言わせず(寝室の)引き戸を固く閉ざす
「、くすん(涙)」
零しながらも
待つしかない
(すずめが)話すのを待つしかない、と 自身を納得させる
其れでも 顔面をくしゃくしゃにしながら嘆き悲しむ
はつねが 台所の天板に突っ伏して吐き捨てる
「彼奴(黒狐)〜」
「絶対、修繕費 請求してやる〜(!)」
冷茶碗を引き寄せ
麦茶を一口、口内に含む
唯、其れだけの所作だけでも 少女は「凛」と している
乾き切った身体に 潤いを取り戻す
ひばりが(冷茶碗の)縁を親指の腹で拭うと 頭を下げる
「、ありがとう」
「、ありがとうございます」
然うして 笑顔を向ける
ひばりの 花が咲くような笑みに、すずめは ときめきが止まらない
「いいの、いいの」
と、高速で手を振り 俯くすずめを前に ひばりは思う
此の「ありがとう」は
此の 今だけに限った事では ない
覚えている
彼の 夜
彼の 屋敷での出会いを 朧げながらに覚えている
貴女だった
確かに 貴女だった
ひばりの 其の視線に
顔を伏せる すずめも何かを感じたのか、面を上げる
途端、引き戸に凭れたまま立て膝を突く
黒狐が八重歯を剥き出し 言い放つ
「そんで?!」
「そんで、みや狐は 置き去りかよ?!」
誰も彼もが 憚られる事柄を最も容易く(なのか?)
情況、感情フル無視で 口にする
呆れるが稍、使いようがある奴
怒れる黒狐の前に寝台から這い出る
ひばりが止める間もなく 板床に額を擦り付けて土下座した
「、ごめんなさい」
「、私の所為です、ごめんなさい」
余りにも 細い
ひばりの両肩に手を置く
すずめが其の身体を抱き起こしながら 何度も頭を振る
其れは 違う
其れは 白狐が自分勝手に決めた事だ
屹度、然うに違いない
喩え 然うだったとしても
後頭部を掻き上げ 外方を向く黒狐には通じない
「大した 巫女「様」だな」
慇懃無礼な「様」付けに 逆上する
すずめが手元の(空の)盆を手にするや黒狐目掛け 打ん投げる
当然?、不意を突かれたのか
見事に自身の 側頭部に命中した瞬間、黒狐は悶絶寸前 のた打つ
「?あれ?」
「?あれれ?」
仕出かして置いて
仕出かした結果に 慌てふためく
すずめの隣で ひばりも黒紅色の目を ぱちくりさせる
修羅場の中
一部始終を傍観する
金狐の 琥珀色の眼が愉快そうに弓なる
「!!!何しやがんだあ、おらあ!!!」
復活した 黒狐が
床に転がる盆を引っ掴み 直様、振り被る也
すずめ目掛け 襲い掛かる
「!ごめんなさい!」
「!!ごめんなさい!!」
「!!!ごめんなさい!!!」
怒涛の 土下座を繰り返えす
すずめ自身、何が何やら分からないのが 本音だ
自分 以外の「声」といい
自分 以外の「行動」といい、如何なってしまったのだろう
不安 此の上ないが 今は 其れ処ではない
其の 歯が砕けるのではないか、と 心配になる程
不穏な音を立て続ける 黒狐に平身低頭に謝罪するのが 先だ
(何故か ひばりも土下座する)
「!でも!」
「!!でも!!」
他でもない 自分には言って置きたい事がある
「、みや狐の」
「、みや狐の「大事」な 相手なの」
暮泥む日本庭園
天高く跳ねる鯉が 水飛沫を散らす
着物の川に浮かぶ
仰向けで寝転がる 自分に躙り寄る、みや狐は何と言った?
何度でも
何度でも 思い出せる
一言一句 違わず 思い出せる
「俺が望むモノは何時 如何なる時も巫女、唯一人だ」
「、みや狐が」
「、みや狐が そう言った相手なの」
酷い事を言わないで
酷い事を言って ひばりを、みや狐を傷付けないで
仕舞いには dis(respect)る
「!!!其れが分からないなら 貴方(黒狐)は「ガキ」だと思います!!!」
金狐は いざ知らず
すずめにまで ガキ扱いされて黒狐は、わなわなと身を震わせる
「、此れ…」
「、此れだから…、雌はよ(!)」
刹那、傍観を決め込む
金狐が 琥珀色の眼を眇めて 黒狐の 硝子玉の如く瞳孔を射貫く
「人間」嫌い
「巫女」嫌い、挙句「雌」嫌いでは救いようがない、と ばかり
鋭く 突き刺さる眼光を受けて
「怒られる!」と、瞼をぎゅっと閉じ人形の姿では有り得ないが
脊髄反射で「(架空の)耳」を 伏せる
だが、其れ以上 何もない
だが、黒狐には却って 其れが 怖い
そっと、盗み見る
兄(金狐)は先程の眼光は何処へやら 素知らぬ顔で佇んでいる
尚も 土下座を続ける
すずめ(と、ひばり)を見下ろすも、消沈したのか
黒狐は 盆を寝台に放る也、どかっと腰を下ろす
空気を読む
すずめが怖ず怖ず 顔を上げる
目と目(眼)が搗ち合う
盛大な溜息を吐く 黒狐が不本意ながらも(金狐の手前)詫びる
「、悪かったよ」
「神狐」からの謝罪に すずめは胸を撫で下ろす
然して最後の最後、勢い余って板床に額を打ち付けながら土下座した
(何故か ひばりも土下座する)
「!本当に!」
「!!すみませんでした!!」
然うして
同時に 顔を上げて
同時に 笑み零れる、すずめとひばりが肩を寄せ合う
「痛」と、若干 腫れたのか
自身の額を撫でる すずめを気遣う、ひばりが礼を口にする
「ありがとう」
其れは 礼というより
白狐と 自分 (ひばり)を擁護してくれる
すずめへの 感謝の気持ちだった
「私は平気」
「私は平気だから、みや狐の事をお願いします」
ひばりの言葉に
すずめが力強く 頷く
「行こう!」
「みや狐を 助けに行こう!」
すずめは たかの為に
ひばりは みや狐の為に
望むのなら今直ぐにでも 行こう!
愛愛しい巫女にお願いされて
神狐でなくとも俄然、遣る気スイッチが発動する
すずめの 後ろで 感情乏しい声が響く
「甘味が 食いたい」
場違い此の上ない
金狐の言葉に眉を寄せる
すずめは 背後(の金狐)を二度見するが 即座に真意を汲み取る
琥珀色の眼が ひばりだけを見詰めている
すずめも目の前のひばりを見詰めて 理解する
頗る 顔色が優れない
緊張の面持ちで返事をする
すずめが「(はつねさんの)喫茶店にでも」と、立ち上がる
其れと同時に
「行きましょう」と、ひばりも立ちあがろうとする
いやいやいや!
そりゃ、行きたいなら(無理には)止めないけど!
言葉を濁す すずめを押し退ける(あう!←すずめ)金狐が止める
「巫女には 休息が肝要だ」
淡淡な口調だが穏やかに
其れでも異議は認めぬ 物言いに、ひばりは素直に従った
ひばり自身、置いて行かれるとは思っていない
思っていないが(自分が)万全なら
すずめの言葉通り 今直ぐにでも行きたかった、だけだ
「、あの、あの!」
「、お土産 持ってくるから!」
すずめの(気遣い故の)提案に 笑顔でお願いする
ひばりが 其の手を借りて立ち上がるも突如、顔を歪める
力なく蹌踉る
ひばりの身体を支える すずめが(現状を)伝える
「、裸足だったから 傷が酷いの」
ああ、と 思い出したように零す
促されるまま寝台に腰掛ける ひばりを見遣る
すずめは 思う
(足の)痛みに気付かない程、気を張っていたのだろう
なんて 巫女なの
なんて 巫女なのだろう
包帯 (ぐるぐる)を巻く
両足を何とも言えない表情で抱え込む
ひばりを前に すずめは泣きそうになるのを堪える
其れでも油断して鼻をぐすぐす 鳴らし始める
すずめを余所に 金狐の手が其 (ひばり)の足に触れる
「、なん、ですか?」
ひばりではなく
すずめが(筒抜けを)警戒しつつ 金狐に訊ねる
(金)「「手」を 当てている」
(す)「「手」を、当てて?」
(金)「然う」
「「手」を当てて「手」当をしている」
何とも呑気な
すずめと 金狐の遣り取りを和やかに眺めている
ひばりが 徐に気が付いた
(ひ)「、痛くない」
(す)「、え?」
(ひ)「、痛くないです(!)」
不可思議な現象に
「此れぞ、神力」等と甚く、感動する
ひばりが 自身の足元に置かれた金狐の手事、自分の手で抱え込む
其 (ひばり)の手に
当時 (むかし)は飛び上がる程、辟易ろいだが
と、心中 懐かしむ金狐が 余裕の笑みで答える
「御茶の子さいさい だ」
然う 宣う金狐の言葉に
すずめの中で唐突に疑問が浮かび上がる、と 間髪容れず
非正規ルートからの「答え」が返ってくる
「大きめの 怪我や病気は流石に 無理だな」
「そうですよね」
「私、肋骨に罅が…」其処迄、言って口を噤む
向かい合う
金狐の 琥珀色の眼を見据える
圧し口をしたままの すずめに「すまん」と(金狐が)頭を下げた
瞬間、部屋の片隅で空気と化す
黒狐が此処ぞとばかり、最大アピールで噴き出す