28
海を臨む
国道沿い二階建ての賃貸集合住宅
問答無用で はつね(と、くろじ)の部屋に連行された
すずめは寝台で横になる、ひばりの顔を唯唯 見詰めている
微かな 寝息
微かな 頬の赤み
固く絞る手拭いで額の汗を拭う
仄かに熱くも其の温もりに すずめは安堵する
幻じゃない
幻じゃなくて 存在している
以前より 窶れて見えるが
其の巫女の、お人形のような愛らしさに遜色はない
睫毛 なが〜い
涙袋 かわい〜い
等と 此の状況にそぐわない
不謹慎な感情を直様、追い出すように頭を振った
寝室の引き違い窓の 凹部分に腰掛ける
金狐が 其の様子を尻目に見遣る
ダボダボシャツの胸ポケットに黒眼鏡を仕舞い込みながら 独り言つ
「綺麗な 巫女 だ」
他の神狐すら魅了する程
「綺麗な巫女」ならば
「俺が望むモノは何時如何なる時も巫女、唯一人だ」
白狐が然う、宣う(笑)のも当然だ
現に すずめ自身も
目の前の少女の 顔面を飽きる事なく眺めている
眺めているが 此れは紛れもない羨望の眼差しなのだ
つと、琥珀色の眼を窓外に向ける
金狐が付け足す
「「珠」が」
見事に 止めを刺された
「顔」も「魂」も崇高では 凡人の自分は逆立ちしても敵わない
抑、同じ舞台にすら立てない
如何にも「自分下げ」が止まらない
すずめは泣きそうな気持ちを堪えて ひばりの白装束を手に取る
自分も袖を通した 此の白装束
矢張り巫女である 少女が其の身に纏う姿は 別格だ
其れでも
はつねの手を借りて
二人掛かりで(はつねの)寝間着に着替えさせた 此の姿も似合っている
同年か若干、年下か
年相応の格好をすれば 年相応に可愛いのだ
年相応の、以前の自分同様
年相応の人生を歩んでいたら、ひばりの「今」は違っていたのか
分からない
分からないけど一つだけ 分かる事がある
其の人生は
ひばりの望んだ 人生ではない、という事
泥塗れの ぼろぼろの白装束を抱えて如何にも切なくなる
白狐の為に ひばりはこうも頑張れるのだ
邪魔 等 しない
邪魔 等 したくない
彼の日の
彼の病室での 彼の考えを思い出す
幸い林檎兎は二羽、いる
半分こに出来るモノならいい
半分こに出来ないモノなら如何すればいい?
然うして又
「負」のループに陥り掛けた瞬間、金狐が其の名前を口にする
「すずめ」
当然 予想だにしない
結果 背筋を伸ばし「はい!」と、返事をするも
慌てて口元を押さえる すずめが寝台の上の、ひばりの様子を窺う
大丈夫
微動だにしない(其れは其れで 心配だけど)
然し 驚くのも当たり前だ
自分は 名乗った覚えはない
何が何やらとばかり金狐を振り返える
すずめの様子に寝室の、引き戸の控え壁に凭れて腰を下ろす
黒狐が面白がるように 若気る
金狐は金狐で
至極、素知らぬ顔で前髪を掻き上げながら再度、名前を呼んだ
「すずめ」
「もう少し(だけ)、貪欲になるがいい」
唐突に悟し出す
相手の言葉に すずめは不思議そうな顔を向けるが
金狐は止まらない
「「珠」は幾らでも」
「思う存分、磨ける事を忘れないで欲しい」
琥珀色の眼差しが すずめを捉えて逸らさない
「高尚な「珠」に顔 等不要だ」
多少、ドヤ顔で言い切る
金狐を見詰める すずめは「うんうん、成る程成る程」とはならず
段段、其の頭を擡げる
何か 変じゃない?
頭の中を覗かれたような、感じじゃない?
いやいや 有り得ない
みや狐じゃないし?
触れられてもいないし?
其れでも肩を竦めて身構える
すずめに案の定、琥珀色の眼を泳がす金狐が申し訳なさそうに 笑う
「すまん」
「鼻も良いが 耳も良くてな」
「事 人間に於いては 触れなくとも筒抜けなのだ」
最早「媒体」の有無も関係なく、だ
一言一句、聞き漏らさず理解した
すずめは無言で立ち上がるや否や寝室の引き戸(の取手)に手を掛ける
控え壁に凭れる
黒狐が身を起こした途端、一気に引き戸が引かれる
瞬間
寝台を整えた際に交換したであろう
寝具類を抱き抱えたままの はつねが勢い良く後方に飛び退く
如何やら はつねは寝室の引き戸の前で耳を立てていたようで
扉の影から顔を覗かせる 黒狐と眼(目)が合う也
非常に見下す視線を受けた(怒←はつね)
「、ごめんなさい」
「、はつねさん」
はつねの 心配も分かる
其れでも はつねに話す事も出来ずに すずめは一目散、寝室から(遠く)離れる
「、す、ずめ?!」
すずめの姿を追う
はつねの姿を眼で追う、黒狐が「けっ」と 吐き出す
此の間にも耳に届く
すずめの声に金狐は場都合悪く 眉尻を指爪で引っ掻く
、犯罪だわ!
、許し難い 犯罪だわ!!
に しても良く聞こえる
金狐は気を散らせるように寝台の 巫女の姿に眼を落とす
「俺の「巫女」にしたいくらいだ」
露骨に友達相手に横恋慕宣言する
兄(金狐)の発言に弟(黒狐)は迷う事なく 友達を選ぶ
「其の「巫女」さんは」
「みや狐の「巫女」さんだぜ」
黒狐の言葉に
小さく笑う 金狐が「そうだな」と、同意する
「其れに「巫女」なんて 好ましくないぜ」
言い逃げのように 外方を向く
黒狐に半目を呉れる 金狐が溜息混じりに質す(る)
「お前は「巫女」の存在を軽んじている」
「「巫女」は 神狐を崇める」
「結果、神狐の神力を高める 其の者だ」
毎度お決まりの
金狐の主張に巫山戯て頷く 黒狐が辟易しながら言い返えす
「分からねえもんは 分からねえよ(!)」
「やれやれ」と 謐く金狐が呆れる
「其れは お前がガキだからだ」
思わず立ち上がる
黒狐が背中を向けて 吐き捨てる
「ガキで結構(!)」
此の 兄(金狐)は
一時「下(此処)」で 過ごしていた
俺は 反対したのに
母親も
父親も 兄(金狐)を止めてはくれなかった
俺は彼れ程、反対したのに
苛苛しさに八重歯を がちがち鳴らす
黒狐の握る拳に力が篭もる
昔の事だが
今尚 理解する気はない
今尚 許す気はない
到頭、堪え切れず
目の前の引き戸の扉目掛け 拳を殴り付ける
本人は十分(?)、加減したつもりだった
が、衝撃音と共に凹んだ箇所に眼を剥く 黒狐が言葉を失う
スナチベ顔を浮かべる
金狐の耳に大急ぎで駆け付ける、すずめとはつねの足音が聞こえる
知らね、とばかり 視線を向ける
寝台に横たわる ひばりが薄っすらと瞼を開く
其の顔を眺めて 眼を細める金狐が破顔う
「お手柄だな、さ狐」