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分かっていた
分かっていたけれど
「さよなら」すら言えないとは思ってもいなかった
唯唯、其れが悲しい
唯唯、其れが泣き叫ぶ程、悲しい
すずめの 其の声は(自室)部屋の外
くろじの手前、二の足を踏む はつねの耳にも届いた
直様、目の前のドアノブに飛び付く
はつねよりも素早く 玄関扉を開ける、くろじの前を走り抜ける
泣き噦る女 (はつね)の相手は出来るが
泣き噦る妹 (すずめ)擬きの相手が出来るかは 微妙だ
微妙だが
腹を決めて 後を追う
くろじが玄関土間に上がり掛けて不図、止まる
(アパートの)外廊下に転がる
脱ぎっぱなしの、はつねの履物を拾い上げて 顔を上げれば
隣の(自分達の部屋)玄関扉から神妙な面持ちで顔を覗かせる
古着屋店主と、目と目が搗ち合う
そりゃ そうだ
あんな(泣き)声が聞こえれば、はつねじゃなくても心配になる
だが 打明
自分 等の心配 等 微妙だろう
小さく息を吐き ドアノブに手を掛ける
くろじは、其のまま上がる事なく玄関扉を閉じた
以降、当然ながら
すずめは、はつねの監視下に置かれる
ログハウス喫茶店
屋外席、木製両開き扉の 硝子を覗き込む
浜辺に佇む すずめの姿を、はつねは遣る方無い気持ちで眺める
彼の 二人の「糸」は
今は(?)「赤」ではないが別の「色」で結ばれているのだろう
そう 感じたのは「今」も変わらない
互いには
互いしかいない そんな二人に
懐かしくも幼ない
懐かしくも切ない 自身の「青」を「春」を感じたのは 変わらない
途端、近場の食卓に布巾を叩き付け 吐き捨てる
「もう!」
「みやちゃん 何処、行っちゃったのよ!」
機械的に 開店準備を終える
はつねは足取り重くも「営業中」の 札を店先に吊り下げに向かう
抑、夏場以外は
地元客相手に細細と営業している商売だ
此の 緊急事態に
休業する選択肢もなくはないが
自身 (はつね)の精神衛生上、頗る 宜しくない
日日
忌忌しさに腑が煮え繰り返える
日日
未だに「みやちゃん効果」なのか
頓と 閑古鳥が影を潜める
ログハウス喫茶店は 程程に繁盛していた
お陰で 気が紛れる
お陰で すずめの様子を気に掛ける暇がない
と、木製出入口扉を閉める、はつねが「定期」とばかり
再度、屋外席 木製両開き扉の 硝子越し覗き込んだ瞬間
有ろう事か
すずめに掴み掛かる
危険人物(黒狐)の姿を目撃する
次の瞬間
蹴破る勢いで 屋外席、木製両開き扉から飛び出る
猛ダッシュで(事件)現場に駆け付ける途中、視界の端に捉える 板切れを引っ掴む
前傾姿勢で突き進む、はつねの目前
すずめに声を掛けるや否や 流木を足場に危険人物(黒狐)目掛け 飛び掛かる
結果
ひょいと、はつねの攻撃を躱す次いでに 相手の身体を肩に担ぐ
黒狐が 硝子玉のような眼を眇めて、すずめを見下ろす
「願いを 言え」
「みや狐の代わりに 何でも叶えてやる」
「神狐」様様、お決まりの台詞
すずめは すずめで余りの事に腰を抜かしたのか
其の場にへたり込む
「、みやこ?!」
「、みやこ、って「みやちゃん」の事?!」
途端、黒狐の腕の中で力の限り 暴れていた
はつねが(其の)身体を起こし 其の 端正な顔を墨墨と見詰める
気怠そうに 鼻を鳴らす
黒狐も紫黒色の硝子玉の如く 眼で睨み返えすも
如何いう訳か
鼻を突き合わせる はつねは全然、動じる様子がない
すずめは分かる
すずめは「腐っても「巫女」」だ
然し 目の前の此奴 (はつね)は
と、違和感を覚える 黒狐自身、珍しく「喧嘩上等!」で 退かない
暫し 見つめ合う事、数秒
突如、(黒狐の)横っ面に張り手を嚼ます
はつねが見事、黒狐の拘束から逃れて すずめの元へと這い寄る
兎にも角にも
此の全身、黒尽くめの
此の全身、パンクファッションの
「、誰?、この子?」
声を落として すずめに訊ねる
はつねは確かに 此の少年の口から「みやこ」と、聞いた
聞いたが
女(子ども)相手に掴み掛かる等、言語道断
すずめを庇い 身構える
視線は、声すら出ず顔面を抱えて しゃがみ込む
黒狐にロックオンしたままだ
激痛に歯を剥く
黒狐は完璧に油断した
略、初期動作なく 繰り出された
はつねの張り手は 恐ろしい程の威力を発揮していた
苦悶する 黒狐を前に
華麗なる はつねの身体能力に色色、驚きを隠せない
すずめだったが取り敢えず厳戒態勢を解除してもらい 説明する
「、みや狐の、「知り合い」です」
何故かしら「友達」とは 紹介したくなかった(うらぁ!←黒狐)
渋渋、合点を得る
板切れを(はつね)自身の背後に放る、はつねを見留めて
すずめが 黒狐に謝罪する
「、ごめんなさい」
お前の事か?!
其れとも 此の女の事か?!
思う節に噛み付かんばかりの形相で 顔を上げる
黒狐に すずめは直様、頭を下げる
「、私の事も」
「、はつねさんの事も」
「「はつね」?」
「此の女「はつね」って 言うのか?」
眼も合わせず指を差す 立ち上がり掛ける
黒狐の (はつね)自身を指差す手を叩き落とす はつねが素早く仁王立つ
「気安く 他人を指 差さない」
「気安く 他人を呼び捨てにしない」
「人」であれば至極、当然の事だろう
生憎「神狐」である 黒狐には当たり前の事ではない
況してや「二度」も 叩かれる等、如何かしている
俺も
お前 (はつね)も
刹那、すずめの耳に
黒狐が奥歯を噛み締める 不穏な音を届いた
「ごめ、!」
せめて 自分が平身低頭に謝って
其の場を収めようとする すずめの思いとは裏腹
はつねの 喧嘩腰な態度は止まらない
「貴方は?」
「貴方は なんて名前なのよ?」
名乗りません、此の「神狐」!
名乗らないんです、「神狐」だから!
一度、抜けた腰は如何にも 力が入らず
はつねの足に縋り付き はらはらする、すずめを余所に
怒髪天を衝く黒狐は、つんつん頭の毛先 迄 震わせて唾を飛ばす
「「さ狐」だ!」
「俺の 名は「さ狐」だ!」
名乗るんかーい!
と 突っ込む すずめが心做し 脱力する頭上で
黒狐と対峙する無表情の はつねが嘘のように、にっこりと頬笑む
「「さこ」ちゃんね」
「「さこ」ちゃん」
「女の子には 優しくしてね」
直後、眼ん玉を引ん剥き
何とも言うにも言えず 顎が外れる程、口を開ける
黒狐が、どっかと腰を下ろす
然うして 胡座を掻く
膝に 頬杖を突く黒狐は 面倒臭くなったのか、すずめを促がす
「、で?」
二人を見下ろす はつねも
一人で突っ立ってるのもなんなので、と
二人の傍らに 人魚座りする
小じんまり円座する 三人
不意に場都合が悪そうに
はつね側の膝に突く肘を 自分 (すずめ)側の膝に移動する
黒狐の様子を すずめは不思議に思いながらも(促された)話を続ける
「「嫌です」なんて言って ごめんなさい」
自分の為 だと言えればいいが
自分以外の為 だと言えればいいが
結局、「始まり」は「終わり」にしなくてはいけないんだ
其の 透いた肌の白さといい
其の 人並み外れた顔立ちといい
其の 光すら断つ 紫黒色の眼が硝子玉の如く 映る
黒狐の 果てのような眼差しを受け止める
すずめが小さく息を吐く
覗いたら 覗かれる
覗いたら 魅入られる
だが もう魅入られる事はない
自分は「巫女」なのだ
「行きます」
狐鬼 の元へ
ううん、たかの元へ
「(貴方と)一緒に 行きます」
踏ん切り言い切る すずめを見返しながら
はつねが「「行きます」って、何処に?」と 慌て始める
「答え」を求めて
黒狐を見遣れば溜息混じり 後頭部を両手で掻き上げる
笑みで歪める 其の口元から八重歯が姿を現わす
然うして、何と言うのか
すずめは勿論 はつねも待ち受ける 次の瞬間、淡淡と感情のない声が響き渡る
「殆、呆れる」
同時に(声のする) 大海原を振り仰ぐ
其処には 琥珀色の長髪にブレイズヘアを施す
黒眼鏡姿の 男性が佇んでいた
「お前は 本気で」
「「門」を潜れると思っているのか?、さ狐」
然う 言いながら下方に擦れる
黒眼鏡から覗かせる 琥珀色の狐目が、すずめを見詰める
其れは 映っているのか
其れは 映っていないのか
すずめには 映っていない
黒狐相手にout of 眼中を決める(をい!←黒狐)
はつねでさえも無視出来ない程の 此の世の枠の外の 風貌を湛える
男性の姿は、すずめには 映っていない
すずめの目は
男性の腕に抱き抱えられている 少女の姿に釘付けだった
寝間着姿に羽織る 白装束の裾が
腰 迄ある 黒紅色の髪が、潮風に帯のように靡く
其れは紛れもない「ひばり」の姿だった
何故?
何故?
然うした思いの すずめとは逆に
「ひばり」の事 等、我関せず
自分の名前を呼ぶ 眼の前の男性相手に口を尖らす黒狐が 問う
「り狐が なんで此処に?」
「り狐」と 呼ばれる
男性が 感情の読み取れない声で 質問に答える
「お前の 匂いを追って来たんだよ」
然うして
弟(さ狐)の真似なのか 軽く鼻を鳴らした
え?、え?
コンスタンティン、帰ってくるの?!