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「老耄は老耄らしく」
「大人しく、お飾りでいる事も出来ないのか?、老狐 等よ」
「愚策を弄する等、笑止千万」
ゴロゴロ、と
咽喉を鳴らす金狐は機嫌が良いのか、如何なのか
撓やかに伸びた髭がピンピン弾む様子に一か八か
(横座から見て)右の老狐が苦し紛れに言い訳をする
「、何!」
「、何を根拠に…!」
皆 迄、言わせる気がない
金狐の、其の口元が笑うように裂けていく
瞬時に後悔する
(横座から見て)右の老狐が
(横座から見て)正面の老狐を介抱する
(横座から見て)左の老狐の背後へと脱兎の勢いで身(体)を隠す
然うして空いた
(横座から見て)右の席にちゃっかり陣取る金狐が気怠そうに答える
「「さ狐」の匂いがする」
即座に場が凍り付くも
金狐は目も呉れず腹の中で若気つく
抑、あたふたするのは己の役割ではない
己の役割は此の糞爺 等に延延、付けを払わせてやる事だ
「俺は「鼻」がいいんだ」
「此の役立たずの「眼」と引き換えに得た代物だ」
「此れでもか!」と、自身の瞼を見開く
琥珀色の眼玉を横座の主である、長老狐の面前に突き付ける
「全く 見えてない訳ではないが」
正直、相手(金狐)への対応に困まる
長老狐の、大分 濁る眼を見入る金狐が付け加える
「万に一つ」
「其処 等の「獣」と間違えて…、」
思わず頭を振る
否否、鼻は上等の筈だろ、と 突っ込みたい気持ちを堪えて
長老狐が言い聞かせる口調で宥める
「御前さんは」
「御前さんは親父殿とは違う筈だ、り狐」
途端、外方を向いて
「詰まらん」と、吐き捨てる金狐に長老狐も黙るしかない
其れでも癪 故
心中で「此の子狐がぁ!」吐く悪態が聞こえたのか
外方を向いたまま、金狐が問う
「俺は「子狐」か?」
真逆、(心中を)読まれた!と、驚き盛大に咽せ返る
横座の主である、長老狐を尻目に金狐が生洒洒と吐かす
「ああ違う」
「俺は「位」のない神狐か?」
此の「社」で円座する際
「位」の有る神狐 等は同席を求められる
殆どが年の功を誇る、老神狐 等だ
其処で異彩を放つのが
若少ながらも「位」の有る神狐、金狐の存在だ
が、今の今 迄
金狐の存在 等、すっかり忘れたかのように
老神狐 等は円座していたのだ
「勘のいいガキは嫌いだよ」とでも言いたげに
其の眼を眇める長老狐が尚も咽せながら嗄れる声で質す
「応えなかったのは、御前さんだ」
此れには思い当たる節があるのか
若干、眼が泳ぐ金狐を見留めると此処ぞとばかり捲し立てる
「儂 等の声に」
「弟である「黒狐」の声に応えなかったのは」
「他でもない、御前さんだ」
金狐は金狐で
外方を向いたまま(得意の)スナチベ顔になるが
其(金狐)の鼻先に迄、首を伸ばす長老狐は止まらない
「ん?(煽)」
更に外方を向く
「んん?(煽)」
更に更に外方を(略)
「んんん?(煽)」
更に更に更に外方を(略)
「?!豈夫、寝ていたとでも吐かすか?!」
青天霹靂ではないが予想だにしない
横座の主である、長老狐が落とす雷に揃って硬直する
(横座から見て)右 (だった)の老狐と左の老狐が口にこそ出さないが
「逆切れぞ 逆切れ」
眴し合う中
長老狐が(脊髄反射で)耳を伏せる金狐の頭上に怒声を浴びせる
「此の寝坊助(狐)がぁ!」
「抑」
「「寝る」等という芸当、御前さんにしか出来んわ!」
果てに「御仕舞」とばかり
今度は口を引き垂る長老狐が外方を向く
其の様子に金狐は琥珀色の身を伏せる
(横座から見て)右 (だった)の老狐も左の老狐も度肝を抜かれたのは当然
横座の主である、長老狐さえも噯にも出さないが心底、驚いた
然うして
反省しつつ(?)
長老狐に敬意を表する金狐自身、思う
抑「芸当」とは思ってはいない
鼻同様
「耳」が良過ぎるのも考え物だ
聞かれたくない
聞きたくない「声」を聞く
見られたくない
見たくない「記憶」を見る
小狐が小狐 也に頭を拈った結果
思い付いたのが「遮断」事
既に制御出来る能力だとしても
昔 得た「習慣」が すっかり「習性」になっただけの話しだ、と思う
有ろう事か
今 此の場でも船を漕ぎそうになる、金狐が矗と立ち上がる
「扨扨、(弟の)後を追うか」
其の鼻を ひくひく動かす
金狐の様子に(横座から見て)右 (だった)の老狐が問い掛ける
「、行って… くれるか?」
琥珀色の眼を伏せて頷く
(横座から見て)右の席をちゃっかり陣取っていた金狐が、退く
「兎にも角にも 小細工は無用」
「さ狐が絡むと余計に厄介事が増える」
(前足)を上げて立ち上がる
金狐の後ろ足が「人形」の「脚」に変わる
「(巻き込まれる)みや狐 殿が心配だ」
琥珀色の毛皮から掏り替える
着流しの衿を正す 金狐が甚だ現実離れした顔面に
憂いの表情を浮かべながら 零す
相も変わらず
外方を向いたままの長老狐も此処にきて
漸く 己の老耄加減を認めざるを得ない
確かに 策を弄せずとも
御前さんと、白狐は「社」を譲渡る程の間柄なのだ
(黒狐 否、白狐の元へ)向かっただろう
だが!
だがな!
「どんどん性悪になっていくな!」
早早に座敷内を後にする
(自身の)背中に向かって放たれた
長老狐の言葉に金狐は振り返えりもせず 呑気に繰り返えす
「「性悪」?」
「此の俺が「性悪」?」
其の姿を見た瞬間から
其の名を呼んだ瞬間から分かっていた
何故か
目の前の、此の「神狐」は如何にも儘ならないと分かっていた
誰の台詞だ?
誰の台詞かは分からないが腹の底から 同感だ
「ああ、性悪だ」
吐き捨てる
何故か 幼き日の御河童頭の「子狐」の姿に思いを馳せる
横座の主である 長老狐の懐古を余所に
格子扉を押し開ける
腕を袖手しながら徐に振り返える
金狐が(肩から)随分と伸びた 琥珀色の髪を流して微笑んだ
そうか
そうか
バレては仕方が無い
「性悪で結構」
自分は「笑ってはいけないシリーズ」の
御河童頭の、浜ちゃんに思いを馳せています