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何故、()の場所を選んだのかは分からない


『空と海の境界線』

『水平線の(はる)か、ストロボの様な夕日が沈む』


白白(しらじら)しい』

『白紙の世界』


海に(のぞ)む、国道沿い

二階建ての賃貸集合住宅(アパート)に暮らし始めて数週間


夏の観光地は秋の(おとず)れに海も街も人影は(まば)らだ


真新(まっさら)な砂浜に足を取られながらも海際迄、辿り着く

飛沫(しぶき)を巻く潮風が頬を濡らす


()れ以前に彼女の頬が濡れていたのは気の所為(せい)


()うして(ただよ)い流れ着いた流木に腰掛け

打ち寄せる波が立てる淡い(はな)を何とは無しに眺めていた


背後を談笑交じり通り過ぎる

ウエットスーツに身を包み、小脇にサーフボードを抱えた男性達

()の内の一人が引き返す(なり)、声を掛けた


帰路の途中、砂浜へと下りる階段

偶然にも軟派(ナンパ)?現場を目撃した白狐だが

然程、眼中にないのか朗朗(ろうろう)と彼女の名前を呼ぶ


「すずめ」


()の声に振り返る

()の様子に男性は彼女から離れて行く


()だ、いるのか?」


若干(じゃっかん)、小走りで駆け付けた

彼女の(かたわ)ら流木に腰を下ろす白狐が(たず)ねる


()れ程の時間、此処(ここ)にいたのか


自分が行った()ぐ後なのか

自分が戻った(ほん)の少し前なのか


(いず)れにせよ、取った手が冷たい


「帰らないか?」


彼女の冷えた左手を温める様に両手で包み込む

白狐の問い掛けに彼女は頷く


頷くも(いま)だ視線は綿津見(わたつみ)に注がれたままだ


溜息すら出ない

仕方なく彼女の左手 (ごと)、上着の右 衣嚢(ポケット)に手を突っ込む


此処(ここ)に来てから延延(えんえん)()の調子だ

気が付けば砂浜に(たたず)んでは「海」を眺めて過ごす日日(ひび)


眺めているのは「海」なのか、「何」なのか


()の日

全ての「記憶」を消した()の日以前に思いを()せているのだろうか




『思えば中学時代、修学旅行時に購入した旅行用鞄』


『集団生活をする上で自身の持ち物には名前』

『旅行時の持ち物には連絡先を明記するのは必須だ』


『必須というより、強制だ』


『旅行用鞄も例に漏れず』

『個人情報管理に危機感がない、といえば()うなのだろうが』

『今回は()の名札の御陰で自分の身元が証明された』


『其の為に白狐が旅行用鞄から()ぎ取ったのだろう』


()うして母親から差し出された「名札」

()何処(どこ)だろ?」等、(つぶや)きながら「立つ鳥跡を(にご)さず」

整理した自室を見回したが思い(いた)


(そもそも)、受け取った記憶がない


名札が取れたまんまの旅行用鞄を抱えて門扉(もんぴ)の外で待つ

白狐の側へと急いだが矢張(やは)り、()の短髪の黒髪の姿には慣れない


()れでも翡翠(ひすい)色の眼が

()れでも「変わらないモノ」がある事を教えてくれる


()して白狐と一緒に歩き出すも背後から吠え声がした


吃驚(びっくり)して振り返れば

満面の笑み(表情)を浮かべたしゃこが駆け寄る


遙遙(はるばる)、引き綱を引き()りやって来た

しゃこは如何(どう)やら連れである母親の手から脱走してきた様子だ


思わず隣りの白狐を見上げる

自分の視線に「気付かれた様だ」と、説明してくれた


取り()えず両手を広げて、しゃこを迎い入れる

抱き上げた途端(とたん)顔面(がんめん)()(まく)られるのは御約束だ


何時(いつ)もは遠慮して欲しい行為(こうい)も今日は特別


「しゃこ(獣)は例外だ」


多少、苦苦(にがにが)しく(のたま)う白狐に向かって身を乗り出す

遊ぶ気満満のしゃこの名前を呼ぶ母親の声が近くなる


「しゃこー、しゃこー」


小走りで此方(こちら)に来る母親の姿にしゃこが「!!わん!!」と、返事をした


嗚呼(ああ)

如何(どう)()みません」


余所(よそ)行きの笑顔で会釈(えしゃく)する母親を前に言葉が出ない


分かっていた

分かっていたのに「心」の整理が付かない


動けずにいれば、腕の中のしゃこを白狐の手が引き()がす

()の時、しゃこは何かを感じ取ったのかも知れない

御礼(おれい)を述べて受け取る母親に抱き抱えながら延延(えんえん)、吠え続ける


如何(どう)したの?」

「今日は御散歩、もう少し後にしようか?」


しゃこを(なだ)めつつ門扉(もんぴ)に手を掛ける母親を見送る


不図(ふと)、指先に触れた白狐の指を掴んだ

()うでもしなければ今 ()ぐにでも帰ってしまいそうだった


()れ程、其処(そこ)にいたのだろう

()れ程、其処(そこ)で泣いていたのだろう


(ようや)く行き過ぎる人の視線が恥ずかしくなり

(はな)(すす)る、鼻を袖口で(ぉい?)(ぬぐ)って気が付いた


掴んだ白狐の手が、自分の手を掴んでいる事に気が付いた

振り(あお)ぐ白狐の翡翠(ひすい)色の眼が教えてくれる


「何も変わらない」

「何も変わらない」と、信じたい

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