2
何故、此の場所を選んだのかは分からない
『空と海の境界線』
『水平線の遥か、ストロボの様な夕日が沈む』
『白白しい』
『白紙の世界』
海に臨む、国道沿い
二階建ての賃貸集合住宅に暮らし始めて数週間
夏の観光地は秋の訪れに海も街も人影は疎らだ
真新な砂浜に足を取られながらも海際迄、辿り着く
波 飛沫を巻く潮風が頬を濡らす
其れ以前に彼女の頬が濡れていたのは気の所為か
然うして漂い流れ着いた流木に腰掛け
打ち寄せる波が立てる淡い泡を何とは無しに眺めていた
背後を談笑交じり通り過ぎる
ウエットスーツに身を包み、小脇にサーフボードを抱えた男性達
其の内の一人が引き返す也、声を掛けた
帰路の途中、砂浜へと下りる階段
偶然にも軟派?現場を目撃した白狐だが
然程、眼中にないのか朗朗と彼女の名前を呼ぶ
「すずめ」
其の声に振り返る
其の様子に男性は彼女から離れて行く
「未だ、いるのか?」
若干、小走りで駆け付けた
彼女の傍ら流木に腰を下ろす白狐が訊ねる
何れ程の時間、此処にいたのか
自分が行った直ぐ後なのか
自分が戻った本の少し前なのか
何れにせよ、取った手が冷たい
「帰らないか?」
彼女の冷えた左手を温める様に両手で包み込む
白狐の問い掛けに彼女は頷く
頷くも未だ視線は綿津見に注がれたままだ
溜息すら出ない
仕方なく彼女の左手 事、上着の右 衣嚢に手を突っ込む
此処に来てから延延、此の調子だ
気が付けば砂浜に佇んでは「海」を眺めて過ごす日日
眺めているのは「海」なのか、「何」なのか
彼の日
全ての「記憶」を消した彼の日以前に思いを馳せているのだろうか
『思えば中学時代、修学旅行時に購入した旅行用鞄』
『集団生活をする上で自身の持ち物には名前』
『旅行時の持ち物には連絡先を明記するのは必須だ』
『必須というより、強制だ』
『旅行用鞄も例に漏れず』
『個人情報管理に危機感がない、といえば然うなのだろうが』
『今回は此の名札の御陰で自分の身元が証明された』
『其の為に白狐が旅行用鞄から捥ぎ取ったのだろう』
然うして母親から差し出された「名札」
「彼れ何処だろ?」等、呟きながら「立つ鳥跡を濁さず」
整理した自室を見回したが思い至る
抑、受け取った記憶がない
名札が取れたまんまの旅行用鞄を抱えて門扉の外で待つ
白狐の側へと急いだが矢張り、其の短髪の黒髪の姿には慣れない
其れでも翡翠色の眼が
其れでも「変わらないモノ」がある事を教えてくれる
然して白狐と一緒に歩き出すも背後から吠え声がした
吃驚して振り返れば
満面の笑み(表情)を浮かべたしゃこが駆け寄る
遙遙、引き綱を引き摺りやって来た
しゃこは如何やら連れである母親の手から脱走してきた様子だ
思わず隣りの白狐を見上げる
自分の視線に「気付かれた様だ」と、説明してくれた
取り敢えず両手を広げて、しゃこを迎い入れる
抱き上げた途端、顔面舐め捲られるのは御約束だ
何時もは遠慮して欲しい行為も今日は特別
「しゃこ(獣)は例外だ」
多少、苦苦しく宣う白狐に向かって身を乗り出す
遊ぶ気満満のしゃこの名前を呼ぶ母親の声が近くなる
「しゃこー、しゃこー」
小走りで此方に来る母親の姿にしゃこが「!!わん!!」と、返事をした
「嗚呼」
「如何も済みません」
余所行きの笑顔で会釈する母親を前に言葉が出ない
分かっていた
分かっていたのに「心」の整理が付かない
動けずにいれば、腕の中のしゃこを白狐の手が引き剥がす
其の時、しゃこは何かを感じ取ったのかも知れない
御礼を述べて受け取る母親に抱き抱えながら延延、吠え続ける
「如何したの?」
「今日は御散歩、もう少し後にしようか?」
しゃこを宥めつつ門扉に手を掛ける母親を見送る
不図、指先に触れた白狐の指を掴んだ
然うでもしなければ今 直ぐにでも帰ってしまいそうだった
何れ程、其処にいたのだろう
何れ程、其処で泣いていたのだろう
漸く行き過ぎる人の視線が恥ずかしくなり
洟を啜る、鼻を袖口で(ぉい?)拭って気が付いた
掴んだ白狐の手が、自分の手を掴んでいる事に気が付いた
振り仰ぐ白狐の翡翠色の眼が教えてくれる
「何も変わらない」
「何も変わらない」と、信じたい