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「朝だ」


当たり前だが

当たり前ではない「朝」だ


愛犬(しゃこ)が(自室)扉前で出待ちしない「朝」だ


根明の母親がお茶碗片手に歌う鼻歌が恋しい「朝」だ

根暗の父親が新聞紙を小脇に抱えて出勤する姿が思い浮かぶ「朝」だ


木漏れ日の下

通勤、通学する人達が行き交う

河川沿いの遊歩道を(学校へと)歩いて登校した


制服姿の学生達で是又(これまた)、行き交う

廊下を早足に歩いて教室の引き戸を引き()ければ

周囲の喧騒を余所に射し込む日溜まりの中、読書に(ふけ)る彼に会えた


其(彼)の向かいで朝練を終えた(らしい)

ちどりが前髪なしのポニーテールを揺らして自分(すずめ)に手を振っていた「朝」だ


其れが夢な訳ではない

其れが夢でない訳ではない


けれど


窓掛(カーテン)越し「秋は夕暮れ」の如く

夕陽のような朱色の(朝日)光が射し込む


吹き戻しのような(とび)の鳴声に瞼を(ひら)ければ

翡翠色の眼と目が()ち合う(なり)、「獣」姿の白狐が挨拶する


「おはよう」


(にぶ)くも

頷いて応える自分(すずめ)


歩くしかない

()う決めた以上、歩いて行くと決めた


()うして


目覚めれば

見覚えのある天井だが


見慣れない(天井の)木目模様に

寝室風景に、すずめの思考は停止する


()れでも


ゆっくりと起き上がり

ゆっくりと立ち上がり


見当たらない白狐の姿を探しつつ

(昨日の事)昨夜の事を思い出しつつ、()の寝室を後にする

すずめは台所で是又、睡気 (まなこ)珈琲(コーヒー)(すす)

起抜(おきぬき)状態の、はつねと顔を見合う


「おはよう」と、カップを挙げて挨拶する


「おはようござ…、」と頭を下げる、すずめは気が付いたのか

慌てて「はつねさん、店…!」言い掛けるが「いいのいいの」と()手を振る

はつねは昨夜(宴会)の時点で此の結果は想定範囲内だった

だから「閑古鳥が鳴くのだ」


途端「いかんいかん」(かぶり)を振る(なり)

すずめに「珈琲(コーヒー)?、紅茶?」と、(たず)ねて付け足す


「(の)前に、みやちゃんも起こしてきて」


(おもむろ)に隣室に面する壁を指で示す

はつねに対して「え?」と()ん丸くする目を向ける

すずめは「居間のラグで()の二人と共に雑魚寝しているのでは?」

(など)、思うも直ぐに「有り得ない」と瞬目(しゅんもく)する


「部屋(自室)に帰って寝たのかもね」


「ほら」

「(御令息様には)慣れてなさそうだし?(笑)」


()うして高 (いびき)を掻く

くろじを起こしに行くはつねの背中を視線で追いながら、思う


初めてかもしれない


初めて

みや狐と離れ(て寝)たのかもしれない


そんな事をまじまじ考える

すずめと目が合うはつねが突如、眉根を寄せる


「風邪、引いた?」


「え?!」


自覚(症状)はないが

一応、自己判断として咳払い(等)をし出すすずめを見止めて

起こし掛ける引っ張り途中のくろじの腕を放るや(いな)や(ぅおい…byくろじ)

(えら)い剣幕で引き返してくる

はつねが其 (すずめ)の(おでこ)に手の平を当てて声を上げる


「顔、赤いよ!」


途端、合点がいく

すずめが(全力で)否定する


「、あ!」

「、ああ違う!、これは違う!」


然うして


はつねの(心配故の)追及が始まる前に

あたふたと玄関へ移動する、すずめが取次筋斗(しどろもどろ)答える


「分かっ、りました!」

「みや狐、起こ、呼んで…、起こしてきます!」


其れこそ(自分の)靴を適当に突っ掛けて部屋を出て行く

すずめは抜ける潮風に火照る頬を冷やすように両手でぱたぱた、仰ぎ(まく)


しゃこだ、しゃこ

しゃことなんら変わらないじゃないか!


(自分)自身に言い聞かせるも

「俺は「しゃこ」か?(不服)」と、白狐に(つつ)かれるのを危惧して

(大)慌てで頭上(に浮かぶ吹き出し)を両手で振り払う


起床から此処 迄

若干、草臥(くたび)れながら一呼吸する


()して(自室)扉の取手(ドアノブ)に手を掛けるも

何故か、すずめは自身の身体を動かす事が出来ずにいる


数分

数十分、(やが)


突如、隣室の扉が(ひら)

はつねに背中を押されながらくろじが出てくる


「牛乳!」

「あとあと卵!、速攻!」


まんじりと何度か(うなず)

くろじのぼさぼさ頭を撫で付けながら胸元に財布を押し付ける

はつねが(自室)扉の前で俯向き(たたず)む、すずめの姿に声を掛ける


「あれ?」

「すず、め?」


弾かれたように顔を上げる

すずめの手は(自室)扉の取手(ドアノブ)から引くも意に反して


(ひら)き始める(自室)扉に

後退(あとずさ)るすずめの様子に駆け付けるはつねに続く

くろじが何も考えずに「名前」を呼ぶ


「みやちゃ〜ん?」


当たり前だが「名前」の(あるじ)の返事はない

まあ、自分(くろじ)が相手なら仕方ないか、とは思うが

(かたわ)らの「(すずめ)」の、此の様子は如何なのだ?


寝惚け頭を(ひね)るも埒が明かない

到頭、ぼさぼさ頭を掻き上げてくろじは玄関土間へと上がり込む


「みやちゃん?」

「おはよ、邪魔するよ?」


途端、すずめに寄り添う

はつねに腕を掴まれ止められるが


「馬鹿馬鹿しい」

「みやちゃん相手に「其れ」はない」


と、ばかり

はつねの手をそっと振り払う


(しか)し「其れ」ってなんだ?


自問するも

自答には至らない


ならば「(こたえ)」に足を踏み入れるしかない


()して吃驚(びっくり)する

(隣)室内の有り様に開いた口が(ふさ)がらない

其れでも自室と同じ間取りの(隣)室内を一瞥(いちべつ)して見て行く


一瞥(いちべつ)で十分だろ

「みやちゃん」所か、家具の一つも有りやしない


唯一の家具らしい家具は

寝室の、備え付けの衣服棚(クローゼット)のみだ


其処には


すずめの「物」らしい衣服が仕舞われている

すずめの「物」らしい旅行用鞄が地板に横たわっている


元元そうなのか

本日に限り(笑)そうなのか


何とも言えずに溜息交じり

最後の最後、便所(トイレ)と風呂場の扉を大袈裟に()ける

当然の(ごと)(から)っぽを確認した後

玄関先に立つ、すずめ(等)を振り返えるが結局、「(こたえ)」は得られない


若しかしたら

「みやちゃん」自身、存在しないのか?!」(など)、疑いたくなるが

(洗面所の)洗面台には

色違いの歯 刷子(ブラシ)が二本、洗口カップに立ててあった


なのに


何故、二人分も服もない

何故、一人分の布団もない


何故(なじぇ)何故(なじぇ)(めぐ)るも自分には多分、自分には如何にも出来ない

(いや)、絶対」と、(かぶり)を振るくろじがありあっけらかんと言う


「みやちゃん」

「取り敢えずいないみたいだけど?」


気楽に伝えようが

気重な内容に変わりないのは分かっていたが


普通に頷くすずめを見詰めて

小さく笑みを浮かべるくろじが付け足す


「若しかして…、知ってた?」


是又(これまた)、普通に頷くすずめを見詰めて

(すずめの)頭を「いい子いい子」して室内へ(うな)がす

くろじが(すずめの)後をついて行こうとする、はつねを阻止する


「?はあ?」と、素っ頓狂な声を上げた

はつねの腰を掴まえて(室外へ)連れ出すや否や、玄関扉を閉める


「?!はあ?!」


一層、大きく届く

はつねの声を聞きながらすずめは突っ掛けただけの、其れを脱靴(だっか)する


本来なら


其れでも白狐の名前を呼んで

其れでも白狐の姿を探すのだろうが、分かっている


其れでも確かめたい事がある


寝室の、備え付けの衣服棚(クローゼット)

下部分は二段の箪笥(タンス)がある


腰を下ろす(なり)

すずめは箪笥(タンス)抽斗(ひきだし)を一段一段、引き抜いていく


()うして現れる「空間」


白狐には反対されたが

「彼」の為に

「彼女」の為に

すずめはこっそり「空間(ここ)」に置いていた


やっぱり


瑠璃紺色の川を泳ぐ、赤紅色の金魚が描かれた硝子風鈴

見事に割れてしまっている、硝子風鈴


問題は「其処」じゃない

問題は「此処(べつ)」にあるんだ


共に置いていた

少女 (ひばり)の白装束、()の時の着物がなくなっている


やっぱり「神狐」相手に隠し事は出来ない


崩れるように

(うずくま)る、すずめの口元が思い掛けず笑みで(ゆが)


ああ、迎えに行ったのだ

ああ、一人で迎えに行ったのだ


自分は側にはいられない


分かっていた

分かっていたけれど


「さよなら」すら言えないとは思ってもいなかった


唯唯、其れが悲しい

唯唯、其れが泣き叫ぶ程、悲しい

「流石です!」は、褒め言葉ではなく

「其れは嫌味だ!」と、知って人生初(?)の衝撃でした


否否、自分は普通に言ってしまうんですけどね

もう二度と言いません、ええ二度と!(笑)

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