18
際限無い、深い霧の中
朱い鳥居に朱い提灯
檜細工の格子宮が薄ら浮かび上がる
丸で神棚の稲荷社
奥行きの無い、外観とは違い
格子宮の内部は座敷が止め処なく広がる
入口の格子扉は固く閉じられていて
時折、其の奥からは幾つかの声が漏れてくる
「彼の気配は」
「彼の気配は」
「紛うことなき(闇の)「門」だった」
各各の声の主は意見を求めている口調ではない
唯、事実を報告したに過ぎない
其れでも他の声が吐き捨てる
「「門」に向かう「みや狐」の姿を見た者がおる」
人里離れた山奥
其の社の主は「門」の気配に仰向く
朝空の向こう
「門」を目指すのか
白毛の神狐が遥か彼方迄、跳んでいく姿があった
囲炉裏を囲み長座する
幾つかの、声の主達は当然の事ながら騒めく
聞き取れない
其れ等の声は獣の「其れ」なのだろうか
軈て、横座に陣取る声が「其れ」を制する
「「こ孤」、だ」
其の「名」に更に喧喧となる空気の中、一同が口口に言う
「「こ孤」は」
「「こ孤」は未だ「珠」を?」
「其の通り」
「彼のような「珠」」
「皆迄、言うな」
「彼のような「珠」」
そして一旦、押し黙る
此の場にいる、誰も彼もが
同様の恐れを抱き、拭い去れない不安を感じていた
軈て、耐え切れぬ声が横座の主に問う
「「みや狐」が「門」を潜るのは「運命」か?」
大分、濁る眼を細める
横座の主が其の口元を微笑むように歯茎を剥いた
「「運命」なのだろう」
そうして咽喉を唸らせる
「刻も守れないのか?」
横座の主である
長老狐の場違いな指摘に(他の)老狐 等が、鋭い眼を走らせる
見れば
何時しか
固く閉じている筈の入り口の格子扉が開いている
然うして
格子扉の、貫に肘を掛け頬杖を突く
殆、だらしなく突っ立つ
黒髪の後頭部を上手い具合に逆立てる「少年」の姿があった
途端、(横座から見て)右の老狐が声を荒げる
「なんだ!」
「其の人形の姿は!」
鎌の如く爪で「少年」を指差す
「黒狐よ!」
物理的には届かないが
心理的には見事、「少年」の胸元を突刺す
老狐の(瞞しの)指先を片手で払うと怠そうに答える
「嫌なんだよ、獣臭くて(笑)」
紫黒色の硝子玉のような目の玉を転がす
細い眼を更に細めて鼻笑う
今も尚、格子扉を閉めずに
開けっ放しの理由も同様なのだろう
察する、(横座から見て)左の老狐の牙を剥く様子に
横座の老狐が炉縁を軽く叩いて宥める
「無礼だな、「さ狐」」
地を這うがように低い
絶妙な掠れ具合の声は神神しいというよりは禍禍しい
だが、其の長老狐を前にしても
恐れ知らずの(馬鹿)黒狐は何処吹く風とばかり耳穴を掻っ穿る
(横座から見て)正面の老狐が
憤怒で暴走する前に横座の老狐が笑い声を上げる
当然、鳩が豆鉄砲を食らったような顔を向ける
一同(老狐等)に「止せ止せ」と、尻尾(の一つ)を振り振り制す
横座の老狐が問う
「して、親父殿とは会えたのか?」
黒狐はあっさりと首を振る
「無理だね」
「此処ん所、音沙汰ねえし」
「「兄貴」は「兄貴」で昼寝で忙しいみてえだし?」
「兄貴」に関しては
自分(黒狐)よりも御宅(老狐)等の方が詳しいだろう、的に(ウザ)絡むが
横座の老狐は濁る眼を伏せるのみだ
肩透かしを食らう
唇を尖らせる黒狐は逆立つ後頭部を掻き上げ、提案する
「俺が行くぜ?」
其の発言に
今度は黒狐の顔を穴の開く程、見詰める老狐等が
暫くして…
「戯け!」
「お主のような若造がなにを!」
「血迷ったか!」
一斉に咎めるが
当の本人(黒狐)は老狐等の叱責にも動じず唯唯、長老孤の言葉を待つ
徐に眇める
眼光鋭く「黒狐」を射竦める長老孤が静かに訊ねる
「見事、「白狐」を連れ戻せると?」
「然う謳うか?、「さ狐」よ」
(煽る)長老孤の狡猾そうな
渦を巻きのような眼を睨み返えす「黒狐」がにやりと笑う
其の笑みの裏には
此の(老害)老狐等の鼻を明かす、思いがあったのは否めない
「見事、連れ戻してやらあ!」
然うして
付け足す言葉が本心だ
「「白狐」は「友達」なんでな!」
秋の夜長に「月見モンブランパフェ」が食べたいのですが
近場に「びっくりドンキー」がないとです