13
「元元さ」
ログハウス喫茶店店内
食卓席に置くだけ置いた、お冷の杯を片付けながら
はつねがぽつりぽつり話し始める
手伝う白狐もすずめも
此れは「くろじ」に充てた言葉だと察して無言で接する
「閑古鳥が鳴く、店だしさ」
「下手したら屋根裏で飼ってるもかも知れないしさ(笑)」
抑、夏場以外は
地元客相手に細細と営業している商売だ
気にするといえば気にする
気にしないといえば気にしない、其の程度だ
だから、と振り返える
「!落ち込まないでよ!」
カウンターテーブルの隅で
小さく蹲ったままのくろじに向けて上半身を仰け反らし笑い出す
美美しい見た目からは想像もつかない
豪快な笑い方に釣られてすずめも微笑うが其 (すずめ)の様子を窺う
白狐の目と合う也、口脇を下げる
(白狐の)視線から逃げるように
カウンターテーブルの隅、くろじに視線を逸らす
「一肌作戦」は失敗(?)した
目を落とす自身の足元
くろじは人差し指で延延、「の」の字を書き続ける
「女(子)って怖い」
「女(子)って怖い」
然う聞き取れる言葉にすずめは心の底から同意する
そうだ
女(子)は怖いのだ
自分は「花」組織委員会で辟易する程、思い知った
然して
当たり前の事だが
「花精神」も
「花」組織委員会も「学校」の中でしか通用しない
「学校」という集団生活の「外」では
其の「花」が枯れてしまおうが
其の「花」を手折るのだ
愈愈、(カウンターテーブルの)隅迄、迎えに来る
はつねにくろじがぼそぼそ言う
「、駐車場が「満車」になってたのにぃ」
「、開店(業)以来なかったのにぃ」
「失礼ね!」
「一回?、くらいはあったわよ!」
「、一回?(くらい)」
「そう!、開店(業)初日!」
途端、頭を抱えるくろじの背中を叩くはつねが続ける
「大体、地元客は散歩がてら歩いて来るし」
「駐車場は遠方(一見)のお客さん専用でしょう?、(満車には)ならないならない」
夏場にしても浜辺の海水浴客が「海の家」宜しく気軽に寄るのだから
駐車場を利用する客は然う然ういない
「、そうなの?」
「そうなの!」
自分の言い分を一刀両断する
はつねの顔を上目遣いに見詰めるくろじの口元が心做しか綻ぶ
ログハウス喫茶店店内
食卓席に置くだけ置いた、お冷の杯を片付ける
手を止めるすずめが視線を動かす
先程と相も変わらず杯回収作業を黙黙とこなす
涼しい横顔を見せる白狐と向き合う
そうだ
女(子)は怖いのだ
そうだ
女(子)である自分だって怖いのだ
「二度と思わないでください」
角立つ声に振り返える
白狐は「当然だ、議論の余地 等ない」とばかり頷くも
女(子)である(笑)すずめは止まらない
「二度と「働こう」なんて思わないでください」
其の言様に内容に
はつねもくろじも吃驚した顔で立ち上がる
心配げに
此方を窺う二人には申し訳ないが
すずめ自身、退く訳にはいかない
白狐相手だからこそ退く訳にはいけない
「二度と認めない」
「一度」だって認めるつもりはなかったのに、と唇を噛む
すずめは怒っている
すずめは白狐の行動に怒っている
其れ以上に
伊達眼鏡越し翡翠色の目を伏せる
白狐に自分の気持ちは筒抜けなのだと嫌になる程、実感する
到頭、押し黙るすずめよりも
以前、押し黙ったままの白狐を不憫に思ったはつねが助け舟を出す
「すずめ、ごめんね」
「私がみやちゃんにお願いしたの、ごめんね」
すずめに駆け寄るはつねが
其の手を取る
其の手が震えていた事に驚ろく
(自分の)お節介の果
俯向くすずめを前に罪悪感が半端ない
どうしよ泣きそうだ
はつね自身、知らず知らずの内に鼻を啜る
「だから、みやちゃんは悪るくないの」
はつねの言葉に
すずめが頭を左右に振りながら答える
「分かってる」
「分かってる」
はつねの言う通り
「みやちゃんが悪るくないの」くらいは分かってる
何故なら
「みや狐は立派な人(?)だから」
然う言い切る
すずめを前にはつねは目が点になる
(無職の)何が?!
(博打打ちの)何処が?!
思い切り心の中で突っ込んだ結果
胸が詰まる(思いの)はつねが背後のくろじを振り返える
飽く迄、傍観する気だった
くろじが慌てて満面の笑みで親指を立てるや
「すずめちゃん」
仕方なく
本当に仕方なくすずめに声を掛ける
「俺はね」
「立派な人は」
「立派に働くと思うよ」
「なんてったって立派なんだから(笑)」
「立派」「立派」って言ってて阿呆らしい
「立派」等、人間相手に使う言葉じゃねえな
だとすると
みやちゃんは「何」になるんだ?
埒も無い事を考える
くろじを余所に辛抱 堪らんはつねが声を上げる
「立派に働いて!」
「立派に守りたいから!」
「すずめを!」
お節介も
極めれば「善意」になるのだろう
すずめの手を取る
はつねが自己満足 此の上なく開き直り強く握り締める
瞬間、すずめが顔一杯に髪を振り乱す
「分かってる」
みや狐は此れ以上ないくらい
自分を守ってくれてる
分かってる
分かってるの
「分かってるから、「ちどり」」
其の手の温もりに不覚にも涙が出た
其の手の温もりに不覚にも其の名前を呼んだ
知らない名前を口にする
すずめの顔を墨墨と見詰める
「はつね」は似ていない
「歳」も違う
「顔」も違う
「声」も違う
「何」も違う
然う思えば思う程、「はつね」は似ていない
「ちどり」の名前を口にする
本人が一番、驚いたのか
一粒
溢れた涙を手の平で拭い「ごめんなさい」と頭を下げる
すずめがログハウス喫茶店を足早に出て行く
突然の出来事に茫然と立つ
はつねだったが喫茶店の木製出入口扉の閉まる音に
遅れ馳せながら反応する
然し
追い掛け駆け出す
はつねの目の前に立ちはだかる白狐に依って(阻)止められる
「?!みやちゃん?!」
勢い余って
白狐の胸元に飛び込むはつねの頭突きを食らったのか
伊達眼鏡が喫茶店の床に転がる
「ごめん!」
「ああ、ごめん!」
流石に「めんごめんご」と茶化す事なく
伊達眼鏡を探して床に這い蹲るが見当たらない
「此方」
足元に転がって当たった
伊達眼鏡を拾い上げるくろじが大人しく待つ白狐へと手渡す
「すまん」
感謝だか
謝罪だか何方付かずの礼を述べる
白狐を揶揄う気満満(何故?)で相手の顔を覗き込むが其の思考は一瞬で吹っ飛ぶ
黒髪の隙間から
真っ直ぐ見詰める翡翠色の目に自分の意思とは関係なく見入る
くろじに掴まり立ち上がる、はつねも漏れなく翡翠色の目に見入る
此れって、天然?
脳裏に浮かぶ
「外(国)人」説が愈愈、濃厚になり二人が顔を見合わせる(何故?)中
当の本人は受け取る伊達眼鏡を上着の襟元に引っ掛ける
白狐自身、此(伊達眼鏡)れに関しては
此の二人に偽る事が馬鹿馬鹿しくなったのかも知れない
「俺が行く」
朗朗と宣言する
白狐に対して「了解」とだけ頷く二人が其の背中を見送る
然うして
何れ程、経ったのだろう
其れ程、経っていないような気もする
くろじが不図、閃いた
下衆な考えに下衆な笑みを浮かべる
此のログハウス喫茶店には屋外席があり
屋外の階段を下りた先は砂浜だ
一人 (すずめ)は
ログハウス喫茶店の木製出入口扉から出て行った
一人 (白狐)は
ログハウス喫茶店、屋外席木製両開き扉から出て行った
すずめの後を追う
白狐が此方(砂浜)側の木製両開き扉を選んだ理由は
くろじには分からない
嗚呼、分からねえが
迷う事なく「二番手」の食卓席に向かった理由と
迷う事なく屋外席木製両開き扉に向かった理由は同じ(筈)だ
其処にすずめ(「二番手」)がいるからだ(笑)
「扨扨」とばかり手を擦る
くろじが木製両開き扉の硝子越し、二人の行方を探し始める
「ねえ?」
突如、背中に声を掛ける
はつねを振り返えるくろじが肩を竦めて返事をする
「?!はい?!」
二人の事を大事にしている、はつねの事だ
二人の事を邪魔する(ような)行為は許さない(筈)だ
「みっともない真似しない!」
等と怒られるのを覚悟するくろじの予想に反して
目の前に佇む
はつねは消え入りそうな声で語り始める
「ねえ?」
「きっと、私…」
「きっと、「ちどり」って娘に似てるのね…」
『彼の時 (も)』
『理由は(今も)分からないけど』
『みやちゃんの隣で、すずめは泣きそうな顔をしていたの』
理由が分かった「今」如何すればいいのか
はつねには分からない
分からないから、はつねはくろじに訊ねるのだ
屋外席木製両開き扉に背 凭れる
腕組みするくろじが向かい合うはつねの目を見詰めたまま答える
「だな」
頗る軽い返事だが
はつねは絶望 等しない
絶望するのは此れからだ、と知っている
「きっと、「ちどり」はもういないのね…」
一瞬
本の一瞬、息を呑む
くろじが是又、頗る軽い返事で答える
「だな」
到頭、哀哭は疎か慟哭の声を上げる
はつねが両手で顔を覆って其の場に蹲る
「!!うわああんあああんああああん!!」
口をあんぐりして直様、外方を向く
くろじが吐き捨てる
「泣くなよ」
何時にもなく
素気無く吐き捨てられた所で
はつねは溢れ出る涙を止める事が出来ない
「だってえ!」
「だってええ!!」
身体を震わせて
咽喉を震わせて
「!!すずめがかわいそうじゃなあい!!」
遂には噦り泣く
はつねの引いて飲み込む様に可笑しいやら
否、可笑しいという感情しか抱かないくろじが噴き出す
「え?!」
途轍もなく間の抜けた顔でくろじを見つめ返えす
はつねの反応は当たり前だ
くろじも「悪かった」と首を垂れるが
如何にも笑いが止まらない
其れでも
「可哀想じゃないだろう?」
「え?」
「みやちゃんがいるんだろう?」
「その為にみやちゃんがいるんだろう?」
『彼れは身構えてたの』
『すずめを守れるように身構えてたの』
「お前の台詞だよ、忘れたの?」
然う、言うくろじの言葉に
自分の言葉を思い出すはつねが歯を食いしばり何度も頷く
屋外席木製両開き扉から背を起こす
くろじがはつねと向かい合い緩緩、蹲み込む
「「ちどり」だっていたんだ」
「「ちどり」だっていたんだからすずめは可哀想じゃないんだ」
打明、「ちどり」がどんな娘なのか知らねえけど
お前 (はつね)に似てるんだ
嘸かし、お前に似て忘れたくない娘なんだろう
嘸かし、お前に似て出会えて良かったと思える娘なんだろう
「そうだろう?」
然うして額を小突かれても
はつねは頷く事しか出来ない
如何してだろう
妙に感傷的な事を口にする
思わず
「くろじ(ぇぐ)、らしくない」
相手 (くろじ)の胸元に顔を埋めるはつねが呟やく
相手 (はつね)の頭頂部に顎を乗せるくろじが唇を尖らし反論する
「そりゃあ俺だって」
「はつねが泣いてたら本気出すわ」
「本気 (ぇぐ)?」
本気を出した結果が感傷的対応?
其れは其れで気になるも
其れ以上に気になる事が頭を過ぎる
「七 (ぇぐ)、年前は?」
七年前の出来事は
くろじにとって「本気」を出す場面ではなかったのか?
「七年前は」
相手 (くろじ)の返答に依っては
相手 (はつね)は般若にもなるが(返答は)如何に?
「お前、泣く所か」
「怒り狂ってたじゃん」
(え?)
相槌さえ打てない
はつねの頭を抱えながらくろじはくろじで考える
泣き噦る女 (はつね)の相手は出来るが
怒り狂う女 (はつね)の相手は出来ないのが自分の本音だ
其れこそ何が地雷になるか分からない
其れなら全集中して相手 (はつね)の心中を察すればいいのだろうが
生憎、其の能力(呼吸)はない
姉三人末っ子長男の自分が歳を重ねて学んだ事は
月に一回(実質三回)ある「女の子の日」には何があっても逆らうな、のみだ
唯、己の不甲斐なさを棚に上げて
唯唯、逃げるのは性に合わないので受け止める
本気で受け止めるから
気の利いた事一つ言えないのは勘弁して欲しい
当然、相手 (くろじ)の心の声は
当然、相手 (はつね)には聞こえない声だ
聞こえない声だが
自分を抱き寄せるくろじの温もりにはつねは目を閉じて頷いた
「やる気」はないそうです
「やる気」を出すには
「やる事」をやり始めると「やり気」になるそうです
なので先延ばした瞬間、「やる気」にはならないという事ですな(?)